短歌散文企画 砕氷船

短歌にまつわる散文を掲載いたします。短歌の週は毎週第1土曜日です。

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第7回 ムーミンではなくムミーン 西村曜

2018-04-01 11:07:07 | 短歌
 ムーミンがすきだ。厳密に言えば、去年の夏にセールで買ってきて以来うちにいるムーミンのぬいぐるみがすきだ。ほあほあの手触りにもっちりした弾力、とても愛らしい。ムーミンのぬいぐるみを愛でているうちに、このムーミンのファングッズとしてムーミングッズを買い集めるようになった。ムーミンの生い立ち(?)を知りたくて、原作も少しずつ読んでいる。
 ところでうちでは、このムーミンのぬいぐるみを「ムミーン」と呼ぶ。ムーミンを「ムミーン」と呼んだところで、とくに略しているわけでも呼びやすくなっているわけでもないし(むしろ呼びにくくなっている)あまり意味がない気もする。しかし、ムーミンという呼称がキャラクターとしてのムーミンの総称であるのに対して、「ムミーン」はいまこのうちの居間にいる、たった一匹のムーミンのぬいぐるみのことを指す。のだとおもう。「ムミーン」という語の間の抜けたかんじも、ムーミンのぬいぐるみの呆然とした顔つきに合っていて、なるほどこれは「ムミーン」だな、とおもっている。

終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて/穂村弘『シンジケート』

 そういえば、この歌だ。「〈降りますランプ〉」の正式名称は「降車ランプ」だろう。そうすれば定型にも収まる。それでもこの歌は「〈降りますランプ〉」なのだ。このふたりは降車ランプを「〈降りますランプ〉」と呼んでいたのだろうか。

ふたりだけの間で流行る言葉とか仕草とかばかみたいばかみたい/田丸まひる『硝子のボレット』


 ふたりだけの間で流行る言葉。「ムーミン」「降車ランプ」が正式名称で公の言葉なのに対し「ムミーン」「〈降りますランプ〉」はそういう言葉なのだ。恋人どうしの間だけ、家族の間でだけ流行り、伝わる言葉。そんな言葉をもつことは、その者どうしの関係を深める。関係が危うくなるときには「ムミーン」も「〈降りますランプ〉」も「ばかみたい」に聞こえてくるのだろう。

新品の靴下につくピンセットみたいなあれを集めています/蒼井杏『瀬戸際レモン』

 「新品の靴下につくピンセットみたいなあれ」の正式名称は「ソッパス」または「ソクパス」らしい。「靴下 留め具 名前」で検索して知った。しかしこの歌も「ソッパスを集めています」ではだめなのだ。「ソッパス」という正式名称が知られていないのはもちろん、「ソッパス」という名称は、ソッパスそのものの存在のボリュームに対して大げさすぎる。だから「新品の靴下につくピンセットみたいなあれ」、けっきょく「あれ」呼ばわりされているこの言い方のほうがずっとしっくりくる。

セックスをセックスと呼ぶとセックスが調子に乗るので寂しさと呼ぶ/かたゆまちゃん Twitter

 「セックス」には多くの異称、隠語がある。わたしより上の世代の人はセックスのことを「仲良し」と呼ぶようで、おもしろいなあとおもう。「セックス」は正式な呼称で、公の言葉だ。でもセックス自体がそもそも究極の私的な事柄なので、それを公の言葉である「セックス」と呼ぶとき、少し違和感が生まれる。大げさに聞こえたり、気恥ずかしかったりする。だから私的な言葉で「仲良し」と呼んだり、この人は「寂しさ」と呼んだりする。

 わたしはさいきんなんとなく、短歌は私的な言葉を探して書くものなんだろうなあとおもっている。「ムーミン」という公的な言葉では取りこぼしてしまう、いまうちの居間に転がっているたった一匹のムーミンのぬいぐるみを表すための私的な言葉として「ムミーン」と言うように。降車ランプを「〈降りますランプ〉」、ソッパスを「新品の靴下につくピンセットみたいなあれ」、セックスを「寂しさと呼ぶ」。そういやわたしはふだんセックスのことを何と呼んでいただろう。わたしがわたしの言葉でセックスを、生活を呼ぶことが、ひいてはわたしの短歌となっていくのだとおもう。
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