わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

私の好きな詩人 第212回―沖浦京子― 志賀 康

2018-09-16 11:57:16 | 詩客

 若いころに熱心に読んだ詩人というのは、その作品の真の良し悪しはもちろんだが、出会いの妙というか、出会いがしらに会ってしまったという運命的なところもあって、言ってみれば片思いのような関わりもあるのではないだろうか。私が若いころに熱中した詩人と言えば、朔太郎と、のちには吉岡実や田村隆一や石原吉郎などだが、ここで取り上げようとしている沖浦京子は、出会いがしらの詩人だったように感じられる。
 沖浦京子は、1964年、「現代詩手帖」の「今月の新人」欄の投稿者として登場し、たいへん個性的かつ構成的な作風で高評を博し、その年度の現代詩手帖賞を受賞した詩人である。清水昶の出現の2年前である。
それらの作品などをまとめて、1966年に詩集『移行』を刊行している。そのなかから、当時の私が特に衝撃を受けた作品を、やや長いが引用しておこう。

     ながら風景

     ながらの塀にもたれてひとを待つ
     ながらの塀の曲り角に背中をおしつけ
     死んだときいたひとの骨をまつ
     どんよりと曇った空に流れている煙
     そこからこぼれてくるにおい
     ながらの塀の道ぞいに
     よどんだ川に橋の手すりに
     川向うのひくい家並の屋根に
     灰色のこまかいちりがつもっている
     私はそれをみつめる そのにおいをきく
     だが私にはわからない 何故かわからない

     私は朝からじっと待っている かえってくるひとの骨をうけとるため
     じっとここでまっている
     いまあたりは夕ぐれはじめて
     何とおそいひとの骨だ
     けれども私はまつことをいやでない
     時々ながらの塀にそって塀下を正門の方へとゆく
     そして門をおしてみる 開かない門
     だが空をあおぐとそこに煙はたっているので
     私はまた塀にそって道をかえってくる
     かえってきてぼんやりとみる 色んなものを
     川向うを急ぐ人の顔にあてられたハンカチ
     のろのろとゆく小供まだかげをみない犬と猫
     だが私にはわからない 何故かわからない

     ながらの塀の道ぞいに沢山に生えている雑草
     灰色のほこりをいっぱいにかぶり 草は
     冬枯れの時にわずかに穂先をとがらし
     ねることもしないでやせている 意味もなく
     私はそれら草の葉脈をなぜてみる
     と私の手のあとに若い緑があらわれた
     おどろき私は自分の手をみつめる
     それから川におりよどんだ水に手をひたす
     すると ごらん 私の手から脂が浮いてくる
     燐―

     いまわかる いま思いだした
     いつかそれは遠い日 田舎のゴミ焼場で私はみたことがある
     もえさかる炎の扉のうちに病んだ犬をほうり込んだ人を
     そのとき犬の叫びは私の耳をおおい 私はにげまどうたが
     その頃おもちゃのない戦時下のゴミ焼場は
     私達の遊びの場だったのだ
     ある日きれいな白いおはじきに ひとしきり遊んでの帰り
     水に手をひたすと私の手から脂がういてでて
     それはいくら洗っても落ちなかったが
     何故か私にわからなかったもの
     それは叫びだったのだ
     今日ひとをまっていた ごらん ここでは何の音もきかれない
     川べりにしゃがみこんだまま顔を上げると
     煙の下で人々は忙し気に買物帰宅せんたくのとり入れ
     川向うの路地の奥の方では小供がなわとびをしている
     そして私は叫ぶことをしなかった
     そして私は何故叫ぶことをしなかったのか

     だが行為は無言劇のように
     なわとびのなわは永久にまわりつづけるもののように
     それは何とやさしい奇妙な風景だろう

 沖浦京子の詩は、こんなふうに日常から遠くの、意識の深いところを、音の無い世界、死の世界を、虚構とも幻想とも判然としないままにさまようのである。人間の業への冷えた視線を感じたり、時にはきわめて気味の悪い体験に捉われてしまう。私が何故彼女の詩に魅かれたのか、いまとなっては決して明らかには思い起こせないが、それは無常というような感覚への誘惑だったのかもしれない。
 沖浦は詩集『移行』のあとがきを、「正法眼蔵随聞記」の引用に続けて、詩のかたちで書いている。詩集の書評者として茨木のり子が、このあとがきの詩は「とてもいいと思うし、沖浦京子の詩のテーマをも要約している」と書いているので、ここに全文引用しておこう。

       一日示して云く、吾れ在宋の時禅院にして古人の語録を見し時、ある西川
       の僧道者にてありしが、我に問て云く、語録をみてなにの用ぞ。答て云く、
       古人の行李を知らん。僧の云く、何の用ぞ。云く郷里にかえりて人を化せ
       ん。僧の云く、なにの用ぞ。云く利生のためなり。僧の云く、畢竟して何
       の用ぞと。〈正法眼蔵随聞記第二〉

     僧が廊下をふいている
     雪がふっている
     その雪が廊下にふりかかる
     ふりつもった雪を僧がふいて過ぎる
     僧が廊下をふいている
     いつまでも雪がふっている
     長い廊下を僧の裸足が走っている

 沖浦京子の出現は私のみならず多くの人に鮮烈なものとして受け止められたはずだが、その後、彼女の詩業を目にすることはあまりなかった。それには、私が現代詩への関心を次第に低めていったのも原因の一つかもしれない。それに、「今月の新人」欄の評者のひとりだった井上光晴が、「詩を書くよりも小説を書いた方がよいのではないか、思い切って詩を書くことをやめたらどうですか。沖浦さん、小説を書きなさい。」と言っていたので、あるいは詩を書くのをやめてしまったのかも知れないとも思っていた。だが、本稿執筆のためにすこし調べてみたところ、『移行』の22年後の1988年に、第二詩集『夜の凧』を出していることを知った。

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