わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

私の好きな詩人 第157回 ―白石かずこ―  岡本 啓

2015-09-06 12:51:51 | 詩客

 白石かずこを知らなければ、詩を書きはじめることはなかった。『現代詩文庫・白石かずこ詩集』は、ある期間、とりわけ何度もめくった一冊だ。
 空気が秋にかわりはじめている。三年前の同じ頃、ぼくは妻とワシントンDCへ向かった。アメリカで一年半暮らす予定だった。荷物は送らなかった。だから各自二個のトランクに、必要な物すべてをつめこんだ。もちろん場所はとるけど、数冊の本をぼくはもぐりこませておいた。コート、ズボン、靴のさらに下へ。一番底に入れておけばトランクは安定するし、そう、それは異国でこそ読んでみたいと思っていた本だ。大竹伸朗『ネオンと絵具箱』、『アメリカ現代詩101人集』、オクタビオ・パス『弓と竪琴』、パース『連続性の哲学』(後ろ二冊はまだ最終ページまで到達してないけど)。そして『現代詩文庫・白石かずこ詩集』と白石かずこ七十年代のエッセイ集『一艘のカヌー、航海譜 スペースへ漕ぎだすものたち』。
 空港からは、大型の乗合タクシーを使った。ホテルの前で、計四つのトランクを運びだすのを手伝ってくれた黒人の運転手は、別れ際、ぼくのハンチング帽を褒めてくれた。ぐったりしていたけど嬉しかった。ワシントンDCには、京都よりもっと強烈な秋の青空がひろがっていた。数日かけて近所のアパートを突撃で見て回り、やっと住む家が決まった。ほっとしたのか、風邪をひいてしまった。

バイ バイ ブラックバード
数百の鳥 数千の鳥 が飛びたっていく
のではない いつも飛びたつのは一羽の鳥だ
わたしの中から
わたしのみにくい内臓をぶらさげて
                                  (「鳥」冒頭より)

 白石かずこの詩集に出会ったのは御茶ノ水の古本屋。二十代半ばだとおもう。それまで詩集を買ったことはなかった。手にしたのは第四詩集『今晩は荒模様』。正方形の表紙には虎模様の服を来た女性がちいさな虎を抱えて座りこんでいる。表紙をひらくと、ことばの獰猛な気品がただよってきた。白石かずこの詩は、純白で繊細な卵のような、ヒビひとつない詩ではない。生の、あるいは半熟の、どろりとした黄身のような人生の詩だ。当時のぼくは、自分自身が詩を書くなんて考えもしなかった。だけど弱いからわかった。白石かずこのように、詩人として自らの姿勢をことばのなかにひらいていくのは、どれほど難しい生き方か。

すでに
わたしは 入っていた
聖なる淫者の季節 4月に
没入する神の 失落に満ちた顔を
わたしは 太平洋の西でみた
彼は わたしの前にあり
声を とどかない一本の
電話線にねかせて
永遠へ 去っていこうとする
永遠とは 消滅であった
                       (「聖なる淫者の季節」冒頭より)

 生と死のうつろいに身をさらしながら、その詩が文学特有の重苦しさから遠くはなれていられるのはなぜだろう。白石かずこの詩の多くは、いまこの瞬間の、意志の詩だ。こういことがあった、だからいまわたしはこれをせねばならない。思い立つまでの、大小の物語たち、他者たち、日常の考え。細部の充実した語りこそが白石かずこの詩を特別魅力的にしている。ただ、いまはそれとは別のところに注目したい。白石かずこの詩において、論理は逸脱しない。個々のイメージは身軽に飛翔するが、原因と結果にもとづく展開自体は順をおっていくことができる。この単純さを保っていることが、白石かずこの詩を健康にしているようにおもう。
 目をこらすとうかびあがる。詩という長い長い布に、豊かな物語が縫いつけられていく。その長い長い布に導かれれば、不思議といつも背筋をのばした詩人に出会う。いま、という終点で、白石かずこは、縫いつけた豊かでカラフルな物語をコートのように纏っている。同時代の詩人たちと比較するのであれば、こう言えるかもしれない。吉増剛造のように外界を呼吸し交感して同化するのではなく、高橋睦郎のように形を与えそれと対峙するのでもない。肌と衣服の関係性。わずかな空気をかいして触れ合うような世界との親密さ、それが白石かずこにはあると。
 白石かずこ、虹色のコートの裾をひきずって堂々と歩く一人の女性。その詩集はとびっきりかっこいい。だから、古本屋さんで見つけたら、ぜひ読んでみて。

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Unknown (Unknown)
2017-12-06 19:00:06
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