わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

私の好きな詩人 第210回―如月小春― 都市への伝言 小春と泰子の物語 松下 カロ

2018-07-21 01:30:10 | 詩客

Ⅰ ふたつの死
            
 2000年12月、劇作家如月小春は、くも膜下出血により44歳で急逝した。教鞭をとっていた大学構内で倒れたきり意識は戻らなかった。小春はミレニアムの寵児のひとりであった。学生時代から執筆する戯曲に加え、批評や随筆が次々に発表され、さらに結婚、出産など私生活も順調で、その早い晩年、いくらか頬にふくらみを増した美貌はメディアにも頻繁に登場していた。
 表現者の核は初期作品にあるという。二十代のころに書かれたひとつの詩文「1980-81・TOKYO」は、小春の生涯を凝縮するインパクトがある。

都市
ソレハ ユルギナキ全体
絶対的ナ広ガリヲ持チ 把握ヲ許サズ 息ヅキ 疲レ 蹴オトシ
ソコデハ 全テガ 置キ去リニサレテ 関ワリアウコトナシニ ブヨブヨト 共存スルノミ 
個ハ 辺境ニアリ
タダ 辺境ニアリ
楽シミハ アマリニ稚ナクテ ザワメキノミガ タユタイ続ケル
コンナ夜ニ 正シイナンテコトガ 何ニナルノサ

如月小春 1980―81・TOKYO

 都市の中で迷いながらも果敢に生きる人間の意志と覚悟、そして頽廃を感じさせる。殊に読む者に迫るのは、終行の〈正シイナンテコトガ 何ニナルノサ〉であろう。小春は自治体や省庁が後援する文化機構のメンバーにも名を連ねた。そうした立場は自制を強いられるものだが、彼女は権威につながる役割も淡々とこなしている。それだけに、どこかすてばちな感情のこもる〈正シイナンテコトガ 何ニナルノサ〉は、華やかで肯定的な生き方にはそぐわぬ印象も残す。秘められた本音だろうか。
 小春の死に先立つこと3年の1997年3月、東京電力本社企画部経済調査室副長の職にあった渡辺泰子は、東京都渋谷区円山町のアパートの空室で絞殺遺体となって発見された。39歳であった。ほどなく彼女が日本有数の企業のキャリアでありながら、会社からの帰路、渋谷のホテル街で売春を繰り返していたという事実が明らかになる。これは並のことには動じない世紀末の日本人を驚愕させるに十分な出来事であった。殺人は売春のトラブルによるものと推定された。
 小春は1956年、泰子は57年、東京で生まれた。小春はペンネームで、本名は正子である。〈子〉のつく名前は当時の女の子のネーミングの定番だった。その頃、敗戦から十余年を経て、日本はめざましい経済成長の端緒にあった。小春も泰子も不景気を全く知らずに育った世代である。大学卒業後、小春は執筆活動を本格化させ、泰子は東京電力が募集した女性総合職数名のひとりとして入社する。恵まれた都市型の少女時代を過ごし、順風を受けて社会に乗り出したふたりは、日本が、そして世界が長期の経済疲弊に落ち込む頃には死んでしまった。

Ⅱ 正しいなんてことが何になるのさ

 「1980―81・TOKYO」を平仮名に書き換えて、句読点を足すと、語り手の肉声に近づいてくる。

 都市、それはゆるぎなき全体。絶対的な広がりを持ち、把握を許さず、息づき、疲れ、蹴おとし、そこでは全てが置き去りにされて、関わりあうことなしに、ぶよぶよと共存するのみ。個は辺境に在り。ただ辺境に在り。楽しみはあまりに稚なくて、ざわめきのみがたゆたい続ける。こんな夜に、正しいなんてことが何になるのさ。

如月小春 1980―81・TOKYO

 〈共存するのみ〉には、雑踏にすれ違う人々、〈あまりに稚なくて〉には、市民性の未熟さやポピュリズムの投影がある。都会の膨大な個人がひとつになって発生する集団意識のようだ。隣り合う言葉と言葉にはどこか違和感がある。〈息づき〉と〈疲れ〉には明暗両義の不安定なメンタルが滲み、〈ざわめき〉と〈たゆたい〉の関係も乖離を含む。このような主体心理の揺動は、夏目漱石の作品の登場人物をはじめとする近代以降の都会人が、多少の差異はあれ持ち続けてきた孤立感に連なる。如月小春の創作は、そうした意識環境のベース〈都市〉を客観視するところから始まっている。

 ずいぶんたくさんの屋根だね。 その下には? たくさんのテレビとたくさんの冷蔵庫。それからたくさんの母親とたくさんのドラ息子。 (中略) たくさんのヘビースモーカーとたくさんの情緒障害児、一人が死んで、一人が生まれる。

如月小春 『トロイメライ―子供の情景―』

 小春の戯曲に登場する少女たちはみな大都市近郊で生活している。ほどほどに勉強もし、友達もボーイフレンドもいて、親との関係も概ね良好である。そんなごく普通の少女たちが、舞台の終盤には死んでしまう。ある者はマンションの屋上から飛び降り、また幾人かは手を取り合って入水する。何の必然もなく死はただそこにある。
 このまま生きて学校へ行って仕事して結婚して子供を育てて死んじゃうことに意味なんてあるの? 思春期にありがちな懐疑だが、年齢を重ねるうちに懐疑は容認に変わり、懐疑を持ち越して死ぬ人間はそうはいない。だが、作者は少女たちを生かしておかない。ヒロインの死の原因が、無難な生き方を押し付ける親世代や教育の不備にあるとして、小春作品は、健全な社会批評と受け取られてきた節もある。しかし、死の芽は、むしろ少女等自身、つまり作者の内部に胚胎していたものだった。

 わたしは少し拒食症であった。(中略)明日何をすればいいのかわからなくて、世の中全てが黒くておそろしいかたまりに思えて、そしてわたしは食べられなくなった。(中略)人と話ができなくなった。自分の部屋から出られなくなった。

如月小春 『私の耳は都市の耳』

 渡辺泰子は教育熱心な家庭に育った。東京電力の幹部候補であったという父親は病に倒れ、五十代の若さで他界する。泰子は優秀な成績で経済学部を卒業し、取締役を視野に入れながら亡くなった父親と入れ替わるように同社に勤め始めた。経済論文の執筆もしている。一面、彼女にも拒食症の治療歴があり、殺人事件の被害者として出回った写真の顔も壊れそうな細面であった。
 正しいなんてことが何になるのさ。
 渡辺泰子は、なぜ、ごく普通に考えれば〈正しくない〉売春行為を繰り返したのか。男性主体の組織の中でストレスを抱えていたとか、不毛な恋愛関係があったとか、亡父への追慕と喪失感が強かったとか、風評はあるが、どれも珍しくない現代女性の背景であり、彼女の心の内は、その死から20年以上経っても不明なままである。それは、理由もなく死んだ戯曲の少女たちの本意が解らないことと似ている。劇中の少女と不幸な売春常習者の死は〈解らない〉という一点で結ばれ、その結び目となるのが〈正シイナンテコトガ 何ニナルノサ〉の一行である。

Ⅲ 堕落

 ルポルタージュ作家佐野眞一は、著書『東電OL殺人事件』において、渡辺泰子の事件を克明に追っている。ルポの冒頭近く、坂口安吾の『堕落論』が引用される。

 人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。

坂口安吾 『堕落論』

 佐野は、短く不可解な泰子の人生に『堕落論』を引き寄せて、次のように書く。

 彼女は、安吾のいう、人間が生きるということは結局堕落の道だけなのだということを、文字通り身をもってわれわれに示した。彼女は小賢しさと怯懦と偽善にあふれ、堕落すらできない現代の世にあって、堕落することのすごみをわれわれにみせつけた。                

佐野眞一 『東電OL殺人事件』

 キャリアに邁進していた女性が、性的衝動を抑えられなくなっただけだというには、泰子の所為は悲惨に過ぎる。彼女は有能な社会人であり、母も妹もいた。父の残した家もあった。ところが、死の少し前になると、深夜の駐車場の暗がりで売春に及び、ホテル街の路上で小用を足していたという。また、彼女は勤め先を隠す気がなかったらしく、お客となった男性達(ビジネスマンが多かった)に名刺を渡して経済論議などしている。事が発覚して前途が崩壊してゆくのを望んでいたようにさえ思われ、堕落する目的のために堕落したと言わざるを得ない。そして、〈堕落〉という暗く淫靡なイメージをまとう言葉もまた、この一行に重なってゆく。
 正シイナンテコトガ 何ニナルノサ
 これは小春の述懐である。だが、まるで泰子の心情を泰子自身が語っているようだ。言葉は、それほど泰子の行動と一致しており、先に書いたように必ずしも小春の生き方には似合わない。しかし、小春の言葉は泰子の行為を通ることで、小春の内部を照らし出す。早くから注目された女性は心身の不調を抱えがちである。多忙な中での家庭や育児の苦労もあっただろう。彼女もまた、泰子の自傷的且つ破滅的な生き方に圧倒されたひとりではなかっただろうか。小春の死は突然やって来たが、そこには三年前の泰子の死への潜在的な傾斜が見える。都市という檻の中で、万事を商品化し成果を追うことの虚しさ。そして、成功した知的女性であるという看板を挙げ続けること、即ち〈正しいこと〉への疑いと嫌悪。それを反転させるような強い燃焼の実感は、何もかも失う堕落、いっそ死への接近にしかないことを、作家はどこかで覚知していたのかも知れない。

Ⅳ 共有される言葉

 自分についての物語を、私たちは自分では理解出来ず、自らの口で語ることも出来ないでいる。でも、私たちは、他人の物語を通してならそれを語ることが出来る。  

ショシャナ・フェルマン 『what does a women want?』

 ショシャナ・フェルマンは、フェミニズムと言語の結びつきを思考するイスラエル出身の研究者である。著作『what does a women want?』には、女性の言語は個人を離れ、数多の語り手によって共有されるというオピニオンが展開されている。引用の視点を若干変えるなら〈女性の物語は他の女性によって語られる〉と言え、さらに短絡を恐れなければ〈女性の行為は他の女性の行為であり得る〉とも言える。
 前挙した『東電OL殺人事件』によれば、同年代の女性の間には、泰子の行動を〈自分もどこかで望んでいることのような気がする〉という意見が少なからずあったという。小春と泰子は同じ都市に生まれ同時代を生きたが、具体的には何の接点もなかった。しかし、時間も概念も越えたところで、ふたりは言葉と行為を分かち合い、フェルマンの主張に沿うならば、小春は、無意識に泰子の物語を語ることで自分を語る。それは他の女性たちの心裏にまで波及している。

 私は、この度、渋谷殺人事件で被害者となりました渡辺泰子の母親でございます。このたびの事件では、皆様をお騒がせいたしておりまして、誠に申し訳なく存じます。私にとりましても、ただただ驚きであり、悲しみを表す言葉もございません。(中略)悲しみと、怒りと、恥かしさは言葉に尽くせるものでなく、ただただ消え入りたい気持ちでございます。娘はどうやら人様にお話出来ないようなことをしておりましたようで社会の皆様には恥かしくこの点、申し訳なく心からお詫び申しあげたいと存じます。 たゞ、それでも娘はあくまでも事件の被害者でございます。(中略)何とぞ亡き娘のプライバシーをそっとしておいてください。もう、これ以上の辱めをしないでください。

 事件当時、渡辺泰子の母が公開した書信の一部である。陳謝と懇願は明らかに世間へ、そして、おそらく〈都市〉へ向いている。同じ切り口で、如月小春の「1980―81・TOKYO」を読み解くならば、こちらもまた、冒頭で〈都市よ!〉と呼びかけ、最後に〈正しいことなんて何になるの?〉と問いかけていると受け取れる。母の文面は悲痛、小春のそれは凛々しいが、〈都市〉へ向けて放たれた手紙、伝言の要素を持つという点で、二者は共通している。
 さらに「1980―81・TOKYO」が泰子の心裡に肉薄しているように、母の文章もまた泰子の深層と通底する。〈悲しみを表す言葉もございません〉〈言葉に尽くせるものでなく〉〈人様にお話出来ないようなこと〉。母は現実を受け止めかねて書いているのであろうが、ここには期せずして〈言葉に出来ない〉という表意のフレーズが並んでいる。自らを死へ導いた行動について、泰子は何も言わぬまま殺害された。自宅に遺されていたのは、膨大な売春の顧客メモと電話番号、ホテル料金の記録だけだった。彼女は自分について徹底して寡黙だった。だが、泰子は、小春の言葉で「正しいことなんて何にもならない」と述べ、実の母親の言葉を借りて「わたしがどうしてこんなことをしたのか、それは言葉では説明がつかない」と、不特定の誰かへ、そして、都市という過酷な故郷へ向けて、精一杯の伝言を発しているようである。

Ⅴ 伝言

 では、都市とはいったい何だろう。
 羽仁五郎の『都市の論理』は、1960~70年代に広く読まれた著作である。ヨーロッパの伝統的民主主義への憧憬が顕著であり、現在の其地の凋落を考えれば、あまり先見性のない書物であったとも言える。むしろ西欧が歴史の端々に見せる凶暴さ(魔女裁判やホロコーストなど)に言及した部分に、今もマイノリティを囲む偏見や差別が顕現していて迫力がある。
 もう一冊『都市の論理』と題された書物がある。藤田弘夫著『都市の論理』は、個人的な主張の少ない専門家による90年代の入門的都市論である。藤田は、集団内のヒエラルキーを確立することで肥大した都市が、権力と非権力、強者と弱者を選別する機能を持つに至る経緯を冷静な文体で語る。羽仁もまた、自由の砦であった都市が、絶対王政によってその力を剥奪されてゆく過程に注目している。興味深いコンセプトの絡まりを見せる二冊の書物から伝わってくるのは、都市というものをいかにして説得性のある言論に収斂させるかという腐心、言い換えれば言語への全面的な信奉である。著作である以上、文言にするのは当然だが、男性研究者たちにとって、都市と言語は殆ど同義ですらある。
 二冊の『都市の論理』は、今も読者を捉える。それは、都市及び言語が、人間の到達した英知であり〈正しさ〉であるからだろう。だが、言語でしか表現出来ないほど、人間の内面は狭くない。それでいて、大方の現代人は言語以外の伝達手段を持たない。これは、人間が忘れてしまった方が生き易いことのひとつであるかも知れない。

 正シイナンテコトガ 何ニナルノサ
 前世紀末、早世したひとりの女性による短い詩句と、いまひとりの女性による切迫的な行為を、都市と言語で構築された世界へ、身体と死をもって投げかけられた伝言であったと断定することは、まことに困難な作業である。なぜなら、断言もまた言語に拠らざるを得ない営為であるからだ。
 小春の死の翌年、2001年9月には同時多発テロが起きた。ニューヨークの象徴であったワールドトレードセンタービルが破壊され、アフガニスタン侵攻が始まる。以後、世界は、山積する深刻な課題の何一つ解決できないままである。
 如月小春の戯曲は、学園祭の演目として人気が高い。渡辺泰子殺害の犯人として、無期懲役の判決を受けて服役していたネパール国籍の男性は、再審で無罪が確定した。2012年、彼は釈放され帰国している。               

2018年7月

参考文献 
    如月小春『DOLL/如月小春精選戯曲集2』新宿書房 2016年
    如月小春『わたしの耳は都市の耳』集英社 1986年
    佐野眞一『東電OL殺人事件』新潮文庫 2003年
    ショシャナ・フェルマン『what does a women want?』勁草書房 1998年
    羽仁五郎『都市の論理』講談社文庫 1982年
    藤田弘夫『都市の論理』中公新書 1993年