「詩客」自由詩時評

隔週で自由詩の時評を掲載します。

自由詩時評第222回 詩は他者の言葉にならない思いを引き受けること タケイ・リエ

2018年04月18日 | 詩客
   
 これから一年間、連載することになりました。タケイ・リエです。生まれてからずっと「ここは、おしまいの地」だと思いながら、地方に暮らしてきました。不自由さを補う為に、インターネットを通じて、知識、物、情報の収集に執念を燃やし、生きてきました。ところが、めでたく関東に移住、移住してまず驚いたのは、これまでネット上、あるいは雑誌の紙面で拝見していた詩人が目の前で話していること、それをこの目で見ている時間を過ごすことで、詩とその周辺の景色が明るくなってゆくことです。これは、この明るさは、何なのでしょうか。不思議であり、謎です。そこで、いったいこの世で、詩とは何なのか、詩をなぜ書いているのか、そういったことも含めて、これから一年間、書いていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

 まずは、このところのブームと言ってもよい『月に吠えらんねえ』(清家雪子 講談社刊)について考えたいと思います。ご存知の通り、萩原朔太郎や北原白秋など、明治から昭和にかけての文豪たちの作品が紙面いっぱいに引用されています。作品が登場人物のキャラクターと一体化し、時勢とからまりながら展開してゆくストーリーです。のどかな雰囲気の中で、登場人物たちのBL的関係性とフェミニズムを軸に、大正デモクラシー、太平洋戦争、多くの詩人と詩作品が登場します。特に戦争詩の利用のされ方、国民の戦意高揚への影響力などの描き方は、非常に刺激が強く、読み進むうちに味わう気分は、良いものではありません。諦念、憎悪、怨念、執念、抑圧、嫉妬・・・どうしてこんなにマイナスエネルギーに満ちているのかと思う一方、この負のエネルギーは、現代社会にも満ちていることに気づきます。そう、これはまさに今のSNS空間を満たしているつぶやきなのでは?

 インターネット、特にSNSは、現実の向こう側に鏡の世界をつくりあげ、いつのまにか私たちは、現実体験を避けるようになり、経験不足に陥っているのかもしれません。できれば立ち会いたくない、避けてしまいたい過酷な環境。そこに自らのからだを投げ入れてゆくことで生まれる戸惑い、おそれなど、感情が揺れることに関心を持ち、みずから接近してゆくというエッセイ集『臆病な詩人、街へ出る』(文月悠光 立東舎刊)には、強い時代性を感じました。30年前には、おそらく書かれることはなかったし、必要ともされなかったエッセイ集でしょう。心が自分の身体の中で考えたり喋ったりする。心と身体がばらばらになってしまいそうな「私」は、これからどうやって年を重ね、生きていくのか。

 昨年末からは、古典作品の現代語訳も話題になりました。『千年後の百人一首』(清川あさみ・最果タヒ リトル・モア刊)は、刺繍作家と詩人のコラボレーションとして、たいへんな話題になりました。現代語訳ということばの命の吹きこみ方で時代を超えた普遍的な心情を共有する千年後の百人一首は、1ページごとの作品がアトラクションのようでもあります。まるで、きらびやかな乗り物のように。そしてこちらは、近代から現代へ。『東北おんば訳 石川啄木のうた』(編著 新井高子 未來社)は、石川啄木の短歌を大船渡に暮らす年配の女性たちが土地言葉に訳したものです。紹介します。

 石っこでぼったぐられるみでァに
 ふるさと出はった悲すみァ
 消ぇるごとァねァなぁ


石をもて追はるるごとく/ふるさとを出でし悲しみ/消ゆる時なし」この歌が、昭和を生き抜いた百戦錬磨の女の、魂の言葉に生まれ変わると、教科書的な啄木のうたが、急に身近になって、ぐいぐいと押してくるように思われます。そしてそれは、すぐ隣にどっしりとすわって語りかけてくるのです。70年、80年の時間を生きてきた言葉の重さに、圧倒されます。

 2月10日に、石牟礼道子さんが90歳で亡くなりました。水俣病が広く認知されるよりも前に水俣病の記録を決意したのが32歳。その記録は10年後、『苦界浄土』として世に出されました。水俣病によって、体の自由を奪われ、声による主張を奪われた患者たちの思いを引き受けること。石牟礼道子が「詩のつもりで書いた」という『苦界浄土』を読むときは、読み手にも、相応の覚悟が必要かもしれません。現代詩手帖4月号「追悼・石牟礼道子」で若松英輔はこう語っています。「震災以降、私はずっと、詩はどこにあるのかということを考えてきました。詩は、単に自分の詩情を吐露するためのものではなく、他者の、言葉にならない思いを引き受けることでもありますから、本当の「詩」があるところに赴かざるを得ない
 ここで言われている「本当の「詩」があるところ」とはどのような場所なのでしょうか。わたしたちが「赴かざるを得ない」場所とはどこなのでしょうか。

 前橋文学館にて開催の展覧会での新鮮な出会いについても書き留めておきたい。「絶景ノート」(岡本啓 思潮社刊)によって第25回萩原朔太郎賞受賞した詩人の、この展覧会は、受賞作の詩集に関する展示物の一部に、旅で身に着けていた衣服や、詩集の試作品、制作のためのメモや、ノートがありました。これらは作品の背景に触れることのできる非常に面白い展示であり、岡本啓の作品からは生活の音が滲むことが改めてよくわかります。詩から、生活の匂いや音がすることを嫌う人もいるかもしれません。生活と詩の相容れなさ。けれども、岡本啓は、それを軽々と飛び越えてしまったのです。日本社会に根強く残る「こうあるべき」の枠におさまることもなく、折り合いをつけられる芯の強さをもって、しなやかな姿で。ふたつの詩篇からそれぞれ、印象深い部分を紹介します。

 ぐっと踵をあげてとどくところ
 のほんの少しさきから
 目一杯
 おっきく花を描いた、いくつも描いた
 白で消して、そこに言葉をかいた
 スプレーで
 ざらついた壁にむかい
 ひとつ消してはつぎの火を、放つように描く

            (「グラフィティ」)
 
 せかいの深呼吸が
 にじんだこの輪郭からあふれていく予感で
 いっぱいなのは
 切り倒された感情の大木から
 荒削りの 名づけようのない舟が
 丸ごと
 あらわれてきたから
            
            (「海上警報より」)

 岡本啓の詩から立ち現れるイメージは、空気の湿りぐあいや、風のそよぎ、汗であったりします。これらは屋外を自分の足で歩きまわることで得られるものでしょう。体を動かす、移動するということです。信頼感と、すこやかさ。それはあらゆる境界線を越えて進んでゆく強さでもあります。
 展覧会の図録に寄せられた榎本櫻湖の文章も、とてもよかった。というのも、この文章の思いがけない場所から「詩」が現れているからであって、私はこの寄稿を、詩だと思って読みました。しかもこの図録、前橋文学館でのみ、手に入れることが「できる」らしい。なんという特典、贅沢でしょうか。
 次回は、言葉にならない他者の思いを引き受けるということ、詩でしか為し得ないことについて、考えたいと思います。
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1 コメント

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生活と詩 (テオ氏)
2018-04-23 19:15:43
生活と詩の相容れなさ、という点には違和感を覚えます。
むしろ、現代日本の詩人では「生活無罪」になっていることが多いのではないでしょうか。

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