『資本論』学習資料室

泉州で開催された「『資本論』を読む会」の4年余りの記録です。『資本論』の学習に役立たせてください。

『資本論』学習資料No.19(通算第69回)(2)

2020-02-14 21:56:38 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.19(通算第69回)(2)

 

◎第1パラグラフ(鋳貨から貨幣に転化する)

【1】〈(イ)二つの反対の商品変態の連続的な循環、または売りと買いとの流動的な転換は、貨幣の無休の流通、または流通の永久自動機関〔perpetum mobile〕としての貨幣の機能に現われる。(ロ)変態列が中断され、売りが、それに続く買いによって補われなければ、貨幣は不動化され、または、ボアギユベールの言うところでは、可動物〔meuble〕から不動物〔immeuble〕に、鋳貨から貨幣に、転化する。〉

  (イ) 貨幣の休むことのない流通に、すなわち流通の「永久運動」〔perpetum mobile〕としての貨幣の機能に現われているのは、二つの対立する商品変態の連続的な循環、または販売と購買とのよどみのない転換です。

  私たちが前節(流通手段)で見ましたように、流通手段としての貨幣は、商品の変態W-G-Wを媒介するものでした。それが代理物で置き換えうるのは、それが商品の価値の一時的な実在形態でしかなかったからです。だから貨幣が流通手段としての機能を果す条件は、商品の対立する運動、すなわち販売と購買がよどみなく繰り返されるということです。大谷氏の説明を紹介しておきましょう。

  〈単純流通における商品変態W-G-Wの絡み合いを媒介する,つまり商品流通を媒介する貨幣Gは流通手段である。金はそこでは,流通手段という形態規定性を受け取り,流通手段として機能する。W-G-Wでは,商品はまず変態W-Gののちに,商品は長かれ短かれ或る期間,貨幣形態で休止したのち,ふたたび流通にはいって任意の他商品に転化する。金がこの変態を媒介するものとして,つまり流通手段として機能するかぎりでは,それは金以外の素材からなる鋳貨または価値章標によって象徴的に代理されることができた。この場合には,商品の変態はW-鋳貨(価値章標)-Wという形態をとるが,ここでの鋳貨または価値章標は貨幣である金を象徴的(シンボリック)に代理しているのである。金以外の素材からなる鋳貨または相対的に無価値な価値章標が金を代理できるのは,ここでは,価値の自立な表示してのGは,変態W-Gののちに変態G-Wが行なわれるまでのあいだの瞬過的な(verschwindendな,つまりすぐに消えてしまう)存在でしかなく,Gが金そのもの(たとえば金鋳貨)であったとしても,ここではそれはただ,完全な品位および量目の金のシンボルとして機能するかぎりでの定在,つまり機熊的牢在となっているからである。要するに,W-GのあとにG-Wが販売のあとに購買が流動的に引き続くことによる商品の変態W-G-Wが,流通手段または鋳貨としての貨幣の休むことのない運動に表わされるのである。〉 (貨幣の機能Ⅱ195頁)

  (ロ) 変態列が中断されて、販売がそれに続く購買によって補われなくなれば、貨幣は不動化されます。言い換えれば、それは、ボアギユベールの言うように「可動物」〔meuble〕から「不動物」〔immeuble〕に、鋳貨から貨幣に転化します。

  ところが商品の変態列が中断されて、すなわち販売W-Gのあとに続く購買G-Wがなされなくなると、貨幣Gはその時点で、流通から引き上げられて停止します。そうすると鋳貨は貨幣(ゲルト)に転化するのです。
  これも大谷氏の説明を紹介しておきます。

  〈ところが,変態W-G-WがW-Gを終えたところで中断され,W-GがG-Wによって補足されないならば,Gは瞬過的な機能的定在として運動することをやめて停止し,価値の自立的な定在として不動化することになる。このように,W-Gあるいは販売ののちに,商品のとった姿態であり実現された価格であるGが,流通から引き揚げられ,流通にはいらないまま,流通の外に留め置かれているとき,この貨幣がとっている形態は〈蓄蔵貨幣〉と呼ばれる。そして,この蓄蔵貨幣を形成することを〈貨幣蓄蔵〉と言う。貨幣は,W-Gの中断によるW-Gの自立的な展開という商品変態の新たな事態によって,あるいは貨幣蓄蔵という商品所持者の新たな行為によって,蓄蔵貨幣という新たな形態規定性を受け取るのである。〉 (同195-196頁)


◎第2パラグラフ(貨幣を得ることが自己目的になる。蓄蔵貨幣)

【2】〈(イ)商品流通そのものの最初の発展とともに、第一の変態の産物、商品の転化した姿態または商品の金蛹(サナギ)を固持する必要と熱情とが発展する(86)。(ロ)商品は、商品を買うためにではなく、商品形態を貨幣形態と取り替えるために、売られるようになる。(ハ)この形態変換は、物質代謝の単なる媒介から自己目的になる。(ニ)商品の離脱した姿は、商品の絶対的に譲渡可能な姿またはただ瞬間的な貨幣形態として機能することを妨げられる。(ホ)こうして、貨幣は蓄蔵貨幣に化石し、商品の売り手は貨幣蓄蔵者になるのである。〉

  (イ) 商品流通そのものが発展しはじめると、第一の変態の産物を、商品の転化した姿を、つまりは商品の金蛹(サナギ)を、固持する必要と熱情とが発展します。

  商品流通が発展しますと、人々の欲求も刺激され、それまでの自給自足の制限された生活から、さらに多くの欲望が解き放たれ、その欲望を満たすために諸商品を購入する必要が生じてきます。そうすると、そうした諸商品を手に入れるために、まずは貨幣を所持しなければならず、何でも欲しいものが手に入る貨幣を所持する必要と熱望が生じてきます。

  (ロ)(ハ) 商品が、そのあとで商品を買うためにではなく、商品形態を貨幣形態に置き換えるために、売られるようになります。商品から貨幣の形態変換が、物質代謝の単なる媒介から自己目的になります。
            
   貨幣を持ってさえいれば何でも欲しいものが手に入るということから、とにかく貨幣を持つことが自己目的になり、あとで商品を買うためにではなく、商品を貨幣に置き換えるためだけに売るようになります。そうなると商品から貨幣の転化が、社会的な物質代謝を媒介するものではなく、それ自体が自己目的になるのです。

  『経済学批判』から紹介しておきましょう。

  対象化された労働時間としては、金はそれ自身の価値の大きさを保証している。そして金は一般的労働時間の物質化したものであるから、金が交換価値としていつでも作用することを、流通過程が金にたいして保証する。商品所有者は商品を交換価値としての姿で、あるいは交換価値そのものを商品として、しっかりにぎっていることができるという事実そのものによって、商品を金という転化された姿でとりもどすための商品の交換が流通の本来の動機となる。商品の変態W-Gは、商品の変態そのもののために、すなわち商品を特殊な自然的富から一般的社会的富に転化するためにおこなわれる。物質代謝に代わって形態転換が自己目的となる。交換価値は、運動のたんなる形式からその内容に一変する。商品が富として、商品として自己を保つのは、ただそれが流通の領域内にとどまっているかぎりにおいてだけであり、それがこういう流動状態にとどまっているのは、ただそれが銀や金に硬化するかぎりだけのことである。それは、流通過程の結晶として流動状態にとどまるのである。ところが、金や銀は流通手段でないかぎりでだけ、貨幣として固定する。金銀は非流通手段として貨幣となる。だから商品を金の形態で流通から引き揚げることは、商品をたえず流通の内部にとどめておく唯一の手段である。〉 (全集第13巻107頁)

  (ニ) 商品の脱皮した姿は、商品の絶対的に譲渡できる姿として、すなわちただ瞬過的でしかない貨幣形態として機能することを妨げられます。

  こうなりますと、貨幣はただ商品の価値の一時的な姿態というものではなくなり、だから流通手段としての機能は妨げられることになります。

  (ホ) こうして、貨幣は蓄蔵貨幣に化石し、商品の売り手は貨幣蓄蔵者、すなわち蓄蔵貨幣形成者になるのです。

  こうして、貨幣は蓄蔵貨幣になるのです。そして商品の売り手は、貨幣の蓄蔵者、つまた貨幣蓄蔵の形成者になります。

  大谷氏は次のように説明しています。

  〈すでに見たように,W-Gは商品の変態であって,変態の主体は商品である。しかし商品の変態は,意志をもった商品の持ち手の行為を,すなわち販売を必要とするのであって,この過程の人格的代表者が売り手であった。同様に,W-Gの中断によるGの蓄蔵貨幣への転化も,この中断の主体はGつまり貨幣であるにもかかわらず,諸個人の意志的行為を必要とするのであって,この過程の人格的代表者が貨幣蓄蔵者である。貨幣蓄蔵という行為によって,売り手は貨幣蓄蔵者になり,貨幣は蓄蔵貨幣になるのである。〉 (貨幣の機能Ⅱ196頁)

  もう一つ、貨幣蓄蔵と蓄蔵貨幣の関係についての大谷氏の説明も紹介しておきましょう。

  〈〈蓄蔵貨幣〉は,ドイツ語のSchatzという語の訳語である。ドイツ語のこの語は,もともとは宝物,財宝を意味する語であって,直接には貨幣だけを指すのではない。貨幣でないもの,たとえば宝石でも王冠でもSchatzになりうる。『資本論』のフランス語訳ではこのドイツ語の訳語としてtrésor,同じく英語訳ではhoardという語が使われているが,このどちらも,もともとは,貨幣であろうとなかろうと蓄えられた財物一般を意味する語である。しかし,経済学でSchatzと言うときには,地金,コイン,審美的製品のいずれの形態をとっていようと,いずれにせよ,蓄えられた貨幣商品のことを意味している。日本語では,W-Gの中断によって流通から引き揚げられた貨幣商品を意味する訳語として使用できる適当な語がない(「財宝」などの語は貨幣商品ではないものをより強くイメージさせる)ので,Schatzは多く〈蓄蔵貨幣〉(または退蔵貨幣)と訳されてきた。また,蓄蔵貨幣の形成は,ドイツ語では文字どおりSchatzbildung(つまりSchatz(蓄蔵貨幣)のBildug(形成),フランス語訳ではthésaurisation,、英語訳ではhoarding)と言うが,日本語訳では慣習的に〈貨幣蓄蔵〉と訳されてきている。本稿でも,蓄蔵貨幣および貨幣蓄蔵というこれらの訳語を踏襲するが,貨幣蓄蔵が,〈蓄蔵貨幣の形成〉ないし〈蓄蔵貨幣を形成すること〉を意味する語であることは記憶に留めておかれたい。〉 (貨幣の機能Ⅱ196-197頁)


◎原注86

【原注86】〈(86)「貨幣での富は……貨幣に変えられた生産物での富にほかならない。」(メルシエ・ド・ラ・リヴィエール『政治社会の自然的および本質的秩序』、573ページ。)「生産物という形での価値は、ただ形態を取り替えただけである。」(同前、486ページ。)〉

  これは〈商品流通そのものの最初の発展とともに、第一の変態の産物、商品の転化した姿態または商品の金蛹(サナギ)を固持する必要と熱情とが発展する〉につけられた原注です。貨幣を持っていれば、あらゆる商品が入手可能だから、貨幣こそ富だという主旨のようです。商品が生産物という形で持っている価値は、ただ貨幣の形態を取り替えただけだ、とも述べています。
  このリヴィエールの著書からの抜粋は『資本論』のあちこちでなされています。全集版の最後にある人名索引をみると、〈メルシエ・ド・ラ・リヴィエール,ポールーピェールMercier de la Rivière,Pau1・Pierre(1720-1793)フランスの経済学者,重農主義者〉とあり、10箇所の関連頁が示されています。マルクスがゴヴァレフスキーへの手紙でリヴィエールに触れていますので、紹介しておきましょう。

  〈ある著者が実際に言明していることと、言明するつもりだったこととを見分けなければなりません。それはまさしく哲学上の諸体系にもあてはまります。だからスピノザがなにを彼の体系の礎石と見なしたかということと、実際に礎石をなしているのがなにかということとは、まったく別のふたつの事柄です。だから、ケネの何人かの追随者、たとえばメルシエ・ド・ラ・リヴィエールのような人々が、全体系の本質をその飾り物のなかに見ていたのに、1798年に書物を書いたイギリスの重農学派の人々がはじめてA・スミスに反対してケネにもとづきながら土地の私的所有を排除する必要を指摘したということも、驚くにはあたりません。〉 (全集第34巻419頁)

  これだけではなかなか分かりにくいと思いますが、ケネーもリヴィエールも彼らが依存していた絶対主義王政を支持していたのですが、しかしマルクスは〈ケネがはじめて経済学を現実的な、つまり、資本主義的な基礎の上に据えた〉(同上)のだとも述べています。だから資本主義的な基礎を徹底させれば、それは土地の私的所有の廃止にまで行き着くのであり、だからケネーが実際に言明していることと、言明するつもりだったこと(その言明が実際に意味している内容)とを区別すべきだというのです。そしてリヴィエールはケネーの追随者ですが、ケネーの経済学の全体系の本質をその飾り物のなかに見ていたのだということです。その限りではリヴィエールもその本質を表面的な形ではあれ表現していたのだということだと思います。だからまたマルクスも何度もリヴィエールの著書のあちこちから抜粋して原注のなかで紹介しているのではないでしょうか。


◎第3パラグラフ(商品流通の最初のころの貨幣蓄蔵。富の社会的な表現)

【3】〈(イ)商品流通が始まったばかりのときには、ただ使用価値の余剰分だけが貨幣に転化する。(ロ)こうして、金銀は、おのずから、有り余るものまたは富の社会的な表現になる。(ハ)このような貨幣蓄蔵の素朴な形態が永久化されるのは、かたく閉ざされた欲望範囲が伝統的な自給自足的な生産様式に対応している諸民族の場合である。(ニ)たとえば、アジア人、ことにインド人の場合がそうである。(ホ)ヴァンダリントは、商品価格は一国に存在する金銀の量によって規定されると妄信しているのであるが、彼は、なぜインドの商品はあんなに安いのか? と自問する。(ヘ)答えは、インド人は貨幣を埋蔵するからだ、というのである。(ト)彼の言うところでは、1602-1734年に、インド人は1億5000万ポンド・スターリングの銀を埋めたが、それは元来はアメリカからヨーロッパにきたものだった(87)。(チ)1856-1866年に、つまり10年間に、イギリスはインドとシナに(シナに輸出された金属は大部分再びインドに向かって流れる) 1億2000万ポンド・スターリングの銀を輸出したが、この銀は以前にナーストラリアの金と交換して得られたものだった。〉

  (イ)(ロ) 商品流通が始まったばかりの時期には、ただ使用価値の余剰分だけが貨幣に転化します。こうして、おのずから金銀は、必要を超えた豊かさの、言い換えれば富の、社会的な表現になります。

 マルクスは〈商品交換は、共同体の果てるところで、共同体が他の共同体またはその成員と接触する点で、始まる〉(全集第23a巻118頁)と指摘していますが、フェニキアやカルタゴなどの商業民族は、自給自足的な古い共同体的組織の隙間に住み、それらの余剰物を商品として交換することを媒介していたといいます。マルクスはこうした商品流通の原初的なものをすでに『資本論』のなかで次のように指摘していました。

  〈古代アジア的とか古代的などの生産様式では、生産物の商品への転化、したがってまた人間の商品生産者としての定在は、一つの従属的な役割、といっても共同体がその崩壊段階にはいるにつれて重要さを増してくる役割を演じている。本来の商業民族は、エピクロスの神々のように、またはポーランド社会の気孔のなかのユダヤ人のように、ただ古代世界のあいだの空所に存在するだけである。あの古い社会的諸生産有機体は、ブルジョア的生産有機体よりもずっと単純で透明ではあるが、しかし、それらは、他の人間との自然的な種属関係の膀帯(サイタイ)からまだ離れていない個人的人間の未成熟か、または直接的な支配隷属関係かにもとついている。このような生産有機体は、労働の生産力の低い発展段階によつて制約されており、またそれに対応して局限された、彼らの物質的な生活生産過程のなかでの人間の諸関係、したがって彼らどうしのあいだの関係と自然にたいする関係とによって制約されている。〉 (全集第23a巻106頁)

  余剰物というのは、少なくとも直接にはその使用価値を実現する当てが当面はないということです。だからそれらが商品として交換され貨幣に転化されると、その貨幣をすぐに別の商品に再転化する必要性もまた差し迫ってないということでもあるわけです。だからこうした場合の貨幣は貨幣(ゲルト)として留まる可能性が高くなるというわけです。こうして金銀は必要を超えた豊かさのを表すものとして、社会的な富を表すものになるのです。
  『経済学批判』の一文を紹介しておきましょう。

  〈富の最初の原生的な形態は過剰または余剰という形態であり、生産物のうち使用価値としては直接に必要とされない部分であり、あるいはまたその使用価値がたんなる必需品の範囲をこえるような生産物の所有である。商品から貨幣への移行を考察したさいに見たように、生産物のこういう過剃または余剰が、未発達の生産段階では、商品交換の本来の領域をなしている。過剰な生産物は、交換できる生産物すなわち商品となる。この過剰の十全な存在形態が金と銀であり、金銀は富が抽象的社会的富としてとらえられる最初の形態である。諸商品が金または銀の形態で、すなわち貨幣の材料で保存されうるというだけではなく、金銀は保蔵された形態の富である。使用価値はどれも消費されることによって、すなわち消滅させられることによって使用価値として役にたつ。しかし貨幣としての金の使用価値は、交換価値の担い手であることであり、形態のない素材として一般的労働時間の物質化したものであることである。形態のない金属として、交換価値は不滅の形態をもつ。このように貨幣として不動化された金または銀が、蓄蔵貨幣である。古代人の場合のように、純粋な金属流通をもっていた民族にあっては、貨幣蓄蔵は個々人から国家にいたるまでの全面的な過程として現われるのであって、国家はその国有蓄蔵貨幣を保管するのである。もっと古い時代には、アジアやエジプトでは、国王や僧侶が保管していたこういう蓄蔵貨幣は、むしろ彼らの権力の証拠として現われる。ギリシアやローマでは、余剰のいつでも確実な、いつでも利用できる形態として国有蓄蔵貨幣をつくることが政策となっている。こういう蓄蔵貨幣が征服者によって一国から他国へ急速に輸送されること、その一部分が突然流通のなかへ流れ入ることは、古代経済の一つの特徴をなしている。〉 (全集第13巻106-107頁)

  (ハ)(ニ) このような貨幣蓄蔵の素朴な形態が永久化されるのは、かたく閉ざされた欲望範囲が伝統的で自給自足的な生産様式に対応している諸民族の場合です。それは、アジア人、ことにインド人のもとで見られます。

  このように商品交換の初期のころの余剰物を商品として交換し貨幣に転化した人たちが、その貨幣形態を固辞して蓄蔵するのは、彼らが自給自足的な生産様式のもとで閉ざされた欲望を伝統的に保持しているからにほかなりません。それはすでに見たように、アジア人やインド人などの古い共同体的な生産様式にもとづいた諸民族においてです。

  (ホ)(ヘ) 商品価格は一国にある金銀の量によって規定されると誤って思い込んでいるヴァンダリントは、インドの商品があんなに安いのはなぜか? と自問し、インド人は貨幣を埋蔵するからだ、と自答しています。

  ヴァンダリントの貨幣数量説については、すでに第2節の原注79で引用されていました。それは次のような主張でした。

  〈「どの国でも、金銀が国民のあいだで増加するにつれて、物価はたしかに上がって行くであろう。したがってまた、ある国で金銀が減少すれば、すべての物価は、このような貨幣の減少に比例して下落せざるをえない。」(ジェーコブ・ヴァンダリント『貨幣万能論』、ロンドン、1734年、5頁。)〉

  だから本来金銀の保有数が多いインドで物価が安いのはなぜか? というのがヴァンダリントの疑問だったのですが、彼はインドでは貨幣を埋蔵するから、流通する貨幣の量が少なくなり、だから商品の価格も安いのだと自答しているということです。ただここではマルクスはアジアやインドの遅れた自給自足的な生産様式のもとではその伝統的な制限された欲望から貨幣を蓄蔵する傾向が大きいのだという関連のなかで、ただヴァンダリントの言説を紹介しているに過ぎません。

  (ト)(チ) 彼の言うところでは、1602-1734年に、インド人は1億5000万ポンド・スターリングの銀を埋蔵しましたが、この銀は、もとはアメリカからヨーロッパにきたものでした。1856年から1866年までに、つまり10年間に、イギリスはインドと中国に1億2000万ポンド・スターリングの銀を輸出しました(中国に輸出された金属はその大部分が再びインドに流れていきます) が、この銀は以前にナーストラリアの金と交換して得られたものでした。

 これはヴァンダリントの述べているところとして紹介されているものです。それによると1602-1734年に、つまり132年間にインドは1億5000万ポンド・スターリングの銀を埋蔵し、さらに1856-1866年、つまり10年間にほぼ1億2000万ポンド・スターリングの銀を埋蔵したということです。これは事実だけですが、それほどインドでは銀の埋蔵が盛んだったということでしょう。

 因みに、今現在、世界にどれだけの金があるのか、ウィキペディアには次のような説明がありました。

 〈金の地上在庫
 イギリスの貴金属調査会社トムソン・ロイターGFMSの統計によれば、2014年末時点で総量は 183,600トンである(金の地上在庫とはこれまでに採掘され精製加工された金の総量のこと)。 
(参考)主要各国の保有量
  ・アメリカ合衆国:8134トン(外貨準備に占める割合は78.2 %)
  ・ドイツ:3413トン(同66.3 %)
  ・フランス:2541トン(同59.4 %)
  ・イタリア:2452トン(同68.1 %)
  ・スイス:1064トン(同39.8 %)
  ・日本:765トン(同2.1 %)
  ・オランダ:621トン(同61.2 %)
  ・中華人民共和国:600トン(同1 %)
  ・インド:358トン(同3.3 %)
日本にある金の総量
 2008年1月現在、日本に「地上資源」ないし「都市鉱山」として存在する金は約6800トンで、これは全世界の金の現有埋蔵量の約16 %にも及ぶ量である。〉


◎原注87

【原注87】〈(87)「このような手段によって、彼らはすべての彼らの財貨と製品とをあんなに低い価格水準に保っているのである。」(ヴァンダリント『貨幣万能論』95、96ページ。)〉

   これは先のパラグラフの一文につけられた原注ですが、それは原注のついた一文だけではなく、その前の分も含めたもののようです。すなわち〈ヴァンダリントは、商品価格は一国に存在する金銀の量によって規定されると妄信しているのであるが、彼は、なぜインドの商品はあんなに安いのか? と自問する。答えは、インド人は貨幣を埋蔵するからだ、というのである。彼の言うところでは、1602-1734年に、インド人は1億5000万ポンド・スターリングの銀を埋めたが、それは元来はアメリカからヨーロッパにきたものだった〉という一文です。ヴァンダリントが〈このような手段によって〉と述べているのは、すなわち〈1602-1734年に、インド人は1億5000万ポンド・スターリングの銀を埋めた〉ということを指しているのでしょう。だから彼らは財貨や商品をあんなに低い価格水準に保っているのだということのようです。


◎第4パラグラフ(商品生産の発展につれて貨幣蓄蔵の必要が増し、黄金欲が生じる)

【4】〈(イ)商品生産がさらに発展するにつれて、どの商品生産者も、諸物の神経(*)〔nervus rerum〕、「社会的な質物」を確保しておかなければならなくなる(88)。(ロ)彼の欲望は絶えず更新され、絶えず他人の商品を買うことを命ずるが、彼自身の商品の生産と販売は、時間がかかり、また偶然によって左右される。(ハ)彼は、売ることなしに買うためには、まえもって、買うことなしに売っていなければならない。(ニ)このような操作は、もし一般的な規模で行なわれるとすれば、それ自身と矛盾しているように見える。(ホ)しかし、貴金属はその生産源では直接に他の諸商品と交換される。(ヘ)ここでは、売り(商品所持者の側での)が、買い(金銀所持者の側での)なしに行なわれる(89)。(ト)そして、それ以後の、あとに買いの続かない売りは、ただすべての商品所持者のあいだへの貴金属の再分配を媒介するだけである。(チ)こうして、交易のすべての点に、大小さまざまな金銀蓄蔵が生ずる。(リ)商品を交換価値として、または交換価値を商品として固持する可能性とともに、黄金欲が目ざめてくる。(ヌ)商品流通の拡大につれて、貨幣の力が、すなわち富のいつでも出動できる絶対的に社会的な形態の力が、増大する。
 (*)ギリシアの哲学者タラントル以来たわむれに貨幣のことをこう呼んだ。--訳者

  (イ) 商品生産がさらに発展するのにつれて、商品生産者のだれもが「諸物の腱」〔nervus rerum〕を、「社会的な担保物件」を、すなわち貨幣を確保しておかなければならなくなります。

  ここで出てくる〈諸物の神経(*)〔nervus rerum〕には全集版では訳者注があり〈 (*)ギリシアの哲学者タラントル以来たわむれに貨幣のことをこう呼んだ〉とあります。しかし新日本新書版にも訳者注1があり、それは次のようになっています。

  〈注1 〔貨幣をさすラテン語。初版をはじめ多くの版では"万物の連結(ネクスス・レルム)"(債務奴隷の意味もある)となっているが、『経済学批判』では「神経」であり、フランス語版でまた「神経」となり、その後の多くの版でもそうなっている〕〉 (225頁)

   そこで『経済学批判』を見ると次のようになっています。

 〈社会的物質代謝が動揺させられる時期には、発展したブルジョア社会においてさえも、貨幣の蓄蔵貨幣としての埋蔵がおこなわれる。凝縮した形態での社会的関連--商品所有者にとってはこの関連は商品のうちにあり、そして、商品の十全な定在は貨幣である--は、社会的運動から救いだされる。社会的な事物の神経〔nervus rerum〕は、それを自分の神経とする肉体のかたわらに埋葬される。〉 (全集第13巻111頁)

  つまり商品生産がさらに発展すると、貨幣こそが確かな担保物件として確保する必要に迫られるということです。そしてそれがもっともよく分かるのは、恐慌時のような混乱期であり、そういう時には貨幣は〈それを自分の神経とする肉体〉、つまり諸商品のかたわらに埋葬されるのだというのです。恐慌時には貨幣の退蔵(当時のイギリスではイングランド銀行券の退蔵)が生じることが、『資本論』の第3巻などで指摘しています。

  (ロ) 彼の欲求はたえまなく更新され、たえまなく他人の商品を買うことを命じますが、彼自身の商品の生産と販売は、時間がかかり、また偶然によって左右されます。

  人々の欲求は商品生産の発展とともに拡大され刺激されます。だから彼は他人の商品を絶え間なく買う必要を感じますが、しかしそのためには必要な貨幣を入手する手段である彼自身の商品の生産と販売には、時間がかかりしかも絶えず偶然に左右されます。だから彼は貨幣をもっとも安全な担保として常に確保しておく必要に迫られるのです。

  (ハ) 彼は、売ることなしに買うためには、まえもって、買うことなしに売っていなければなりません。

  つまり貨幣を確保して彼の欲望を満たす諸商品を購入するということは、売ることになしに買うことですが、しかしそのためにはまえもって、買うことなしに売って置かなければならないわけです。

  (ニ) このような操作は、もし一般的な規模で行なわれるのだとすれば、それ自身と矛盾しているように見えます。

  買うことなしに売るということは、しかしすべての人がそれをやるなら、それ自身矛盾したものになります。なぜなら、売るということが誰かが買うことを意味するからです。だから一般的な規模で売るだけで誰も買わないなどということはそれ自体が自己矛盾なのです。

  (ホ)(ヘ) けれども、貴金属は、その生産源では直接にほかの諸商品と交換されます。ここでは、買うこと(金銀所持者の側での)なしに売ること(商品所持者の側での)が行なわれるのです。

  しかし社会的に見ると、常に買うことになしに売ることが行われている特別な場所があります。それは金の原産地地における金と他の諸商品との直接的な交換です。ここでは買うことなしに(金所持者の側)、売ること(商品所持者の側)が行われているのです。
  以前、金原産地の直接的な交換について、久留間鮫造の『マルクス経済学レキシコン』「貨幣II」の小項目「7.産源地における金」には、次のような説明があることを紹介しました。

  〈a)新たに生産された金の他の諸商品との交換は,直接的な交換取引であって,範疇的な意味での購買ではない。
   b)ここでは販売(商品所有者の側での)が購買(金所有者の側での)なしに行なわれる。そしてこの一方的な販売によって追加的な金が流通内にもたらされるのであって,この金は,金にたいする需要を--それがどういう理由から生じるものであろうと--満たすのに役立つのである。
   c)金の相対的な価値の大きさの確定はもっぱらここで行なわれる。それがいったん貨幣として流通にはいれば,それの価値はすでに与えられたものとしてある。〉 (69頁)

  (ト)(チ) そして、そのあとにくる、後続する購買のない販売は、ただすべての商品所持者のあいだへの貴金属の再分配を媒介するだけです。このようにして、交易のすべての点に、さまざまな規模で金銀蓄蔵貨幣が生まれます。

  だから金産源地から流通に入った金は、そのあと購買のない販売、つまり自分商品を売ったあと、商品を買わずにその金を蓄蔵する人たちによって、商品流通のそれぞれの時点におけるそれぞれの規模の金銀の蓄蔵貨幣が形成され、貴金属の再分配が行われることになるわけです。

  (リ) 貨幣の形態で商品を交換価値として、または交換価値を商品として固持する可能性とともに、黄金欲が目ざめます。

  商品を販売すれば、その交換価値を貨幣(金)という形で持っていることができます。そして交換価値の独立した姿態である貨幣(金)は、あらゆる商品と直接交換可能であり、貨幣(金)を持ってさえいれば、あらゆる商品を手に入れる力を持っていることを意味します。だからこそ、ここに何が何でも金を持とうという黄金欲が生まれてくるのです。
 『経済学批判要綱』には次のような一文があります。

  〈それゆえ、貨幣は致富欲〔Bereichetungssucht〕の一つの対象〔ein Gegenstand〕であるばかりでなく、致富欲のほかならぬその対象〔der Gegenstand〕なのである。致富欲は本質的にのろうべき黄金渇望〔auri sacrafames〕である。そのものとしての、衝動の特殊的形態としての致富欲、すなわち特殊的な富にたいする欲癖、したがってたとえば衣服、武器、装飾品、女、酒などにたいする欲癖、とは区別されたものとしての致富欲は、一般的富、そのものとしての富が一つの特殊的な物の姿をとって個体化されるようになったときに、はじめて可能となる。すなわち貨幣がその第三規定において措定されるようになったときに、はじめて可能となる。〉 (草稿集①243-244頁)

  (ヌ) 商品流通が拡大するにつれて、貨幣の力が、すなわち富の、いつでも出動できる、絶対的に社会的な形態の力が、増大します。

  商品流通が拡大し、すべてのものが商品として生産され流通するようになると、人々は何はともあれ、自分の欲求を満たすためには、まずは貨幣を手に入れる必要があります。そして貨幣さえ手に入れれば何でも入手できるわけです。地位や名誉や権力などあらゆるものに価格が付けられ、よって貨幣によって手に入れることができようになります。貨幣は世界を支配する力を持つことになるのてす。
  同じように『経済学批判要綱』から紹介しておきましょう。

 〈自然的富のどんな形態でも、富が交換価値によってとってかわられる以前には、それは、対象にたいする個人の一つの本質的な関連を想定しているのであって、その結果、個人は、彼の一つの側面にかんして、自身が物象というかたちで対象化されており、そして、個人による物象の占有は、同時に、彼の個体性の一つの規定された発展として現われるのである。つまり羊での富は、牧人としての個人の発展であり、穀物での富は、耕人としての個人の発展である、等々、これとは反対に貨幣は、一般的富の個体として、それ自身流通に由来して、ただ一般的なものだけを代表するにすぎぬものとして、ただ社会的結果にすぎないものとして、その占有者にたいする個人的関連をまったく想定していないのである。つまり貨幣を占有することは、貨幣の占有者の個体性の本質的諸側面のなんらかのものの発展ではなく、それは、むしろ、もろもろの没個体性〔Individualitätslose〕の占有なのである。なぜなら、この社会的〔関係〕が、同時に、一つの感性的、外的な対象としても存在しており、この対象を機械的にわがものとすることもできれば、同じくまた機械的にそれを喪失することもありうるからである。したがって貨幣の個人にたいする関連は、純粋に偶然的な関連として現われる。ところが、個人の個体性とはまったく関連していない物象にたいするこの関連こそが、同時に、この物象という性格によって、社会にたいする、つまり享楽、労働などの全世界にたいする一般的支配をその個人にあたえるのである。ちょうどそれは、たとえば一つの石を発見しさえすれば、私の個体性とはまったくかかわりなく、あらゆる科学の知識が私にあたえられることになったかのように思えるばあいと、同じことになる。貨幣の占有が、富(社会的富)にたいする関係において、私をはいりこませる関係は、賢者の石が、科学にかんして、私をはいりこませる関係と、まったく同一なのである。〉 (草稿集①242-243頁)

◎引用文

【引用文】〈「金はすばらしいものだ! それをもっている人は、自分が望むすべてのものの主人である。そのうえ、金によって魂を天国に行かせることさえできる。」(コロンブス『ジャマイカからの手紙』、1503年。)〉

 これは引用だけですので、特に解説するようなこともないのですが、同じコロンブスからの引用は『経済学批判』では注として出てきます。それは「C 流通手段と貨幣にかんする諸理論」の冒頭の次の一文につけられたものです(*印)。

 〈近代ブルジョア社会の幼年期である16世紀と17世紀に、一般的な黄金欲が諸国民と諸王侯とを海を渡り越える十字軍によって黄金の聖杯を追いもとめさせたが(*)、それと同様に、近代世界の最初の解釈者である重金主義--重商主義はただその一変種にすぎない--の創始者たちは、金銀すなわち貨幣を唯一の富である、と宣言した。適切にも彼らは、ブルジョア社会の使命は金(カネ)を儲けること、したがって単純な商品流通の立場からすれば、紙魚(シミ)にも錆にもおかされない永遠の財宝を形成することである、と明言した。〉 (全集第13巻134頁)

 

【付属資料】は(3)に掲載します。

 

 

 

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