Sightsong

自縄自縛日記

サミュエル・シモン『An Iraqi in Paris』

2012-02-29 23:42:27 | 中東・アフリカ

サミュエル・シモン(Samuel Shimon)というイラク出身のジャーナリスト・作家による自伝的な本、『An Iraqi in Paris』(パリのイラク人)(原著2005年)を読む。出張先で持って行った本を読み終えてしまい、ドーハの空港で手に取ったものだ。

著者は、いつの日かロバート・デ・ニーロを主演とする映画を撮ることを夢見て、イラクの田舎を飛び出る。勿論、タイトルは『パリのアメリカ人』のパクリであることは言うまでもない。ヨルダンやレバノンでそのようなことを口走る若者は怪しまれ、暴行され、投獄される。なんとか辿りついたパリでは、ホームレスであったり、誰かの家に転がり込んだり、たまたま仕事を得れば安宿に泊まったり。それでも、パリのバー通いを欠かすことはない。そして、映画創りという夢は、美しい夢のままに漂う。

夜のパリを徘徊する映画ファンであるから、愉快なエピソードがさまざまに出てくる。バーにジャン・リュック・ゴダールマルコ・フェレーリが立ち寄ってきたり、髭を剃ったところ有名なテレビタレントそっくりになって、友達と間違えたマルチェロ・マストロヤンニと話したり。中でもケッサクというべきか、ひでえ奴だというべきか、一目惚れした女の子を落とすために、ロバート・デ・ニーロに会わせてあげるよ、マスコミから逃げて実は隣りの部屋にいるんだよ、と騙す話もある。

パリの日本人は著者にとっておかしな存在だったようだ。バーに出入りしたはじめの2回は誰とも一言も口をきかなかったのが、次からは全員と話しはじめる極端な男であり、彼は著者の喧嘩中の恋人と出逢った夜に、そのバーで、結婚すると決める。著者がその恋人の部屋で痴話喧嘩をはじめると、彼は何も言わずトイレに閉じこもり、鍵をかけてしまうのである。まあ、何だかわかる気もする。

「Umberto Eco's Clown」という章では発見があった。

"I didn't understand what she meant, and for two days Nadia didn't explain, but then she told me, laughing, 'He was asking you if you were my new pimp!'"

まさに、もう10年以上前に読んだウンベルト・エーコ『フーコーの振り子』において、記憶に残っていた台詞が蘇ってきた。小説では、主人公の男が電車のなかでたまたま前に座った女性に一目惚れし、「ピム!」と言ってそのことを示したのだ。そのときはイタリア語ででもあろうかと思っていたのだが、改めて調べてみると、「pimp」は、もともと「売春斡旋人」、転じて「超イケてる!」という意味のようなのだった。

そんなわけで、それなりに愉しく自伝を読んだのだが、最後の100頁ほどは奇妙な物語に割かれている。これがつまらない。本当につまらない。映画の素材のつもりなのだろうか。時間の無駄ゆえ、それは読むのをやめた。