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幸田文『流れる』

2017年12月22日 00時18分33秒 | 文学
幸田文『流れる』(新潮文庫)を読んだ。
成瀬巳喜男監督の映画『流れる』を見て、その原作を読みたくなり読んだ。
先に映画を見たので映画の配役で読んでしまう。
染香は杉村春子がしゃべっているようにしか読めなかった。勝代は映画では高峰秀子なのだが、そのつもりで読んでいるとひどく不細工であるという設定になっていてちょっと違うなと思う。蔦次は映画ではいなかった。
本では”しろうと”と”くろうと”の対決という面がとても強調されていた。
梨花はしろうとで、主人はくろうと。勝代はくろうとの娘だが、芸妓の仕事はしていない。
梨花と主人のしろうと対くろうとの闘いが何度か描かれてそこが見せ場となっているように思った。
最後の闘いは、主人の清元の稽古を梨花が聴いていて、うまくいっていないところを主人がうまくできるようになったその感じを梨花がわかったということで、なんでしろうとに分かるのかと主人に問いつめられる場面だ。客はしろうとなのだからしろうとにも分からないはずはないという梨花の考え(主人に対して語られるわけではない)は、伊丹十三の映画『タンポポ』でラーメンを食べるのは素人が食べるのだから素人が分からないものを作ってどうするんだという考えを思い出した。
梨花が大晦日に熱を出して一度従姉のところ(しろうとの世界)に戻る。しかしまたくろうとの世界に帰る。ここは映画では描かれなかった。梨花が子どもを亡くしていたり、離婚していたり、というようなことも映画には描かれない。
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