ジュリーが来て以来、我が家の生活はすっかりジュリー中心になった。
よく、子供のできた夫婦が、「もうすっかり子供中心の生活で」などと言うが、まさにそんな感じだった。
ジュリーが来るまではかなりフットワークも軽くて、例えば、北海道や鹿児島で演奏の仕事があると、わざわざフェリーで行って、仕事の後は車でゆっくり旅行したりしていた。
まとまって時間がある時は、よくヨーロッパにも遊び . . . 本文を読む
(白河駅前の蕎麦屋のおばちゃんと)
ジュリーが来る一年程前から、我々は「ルノー・キャトル」という、古いフランス車に乗っていて、我が家では「ルノ男(るのお)」と呼ばれていた(笑)
買った時は2万2千キロだったが、今は16万キロ。
こんなボロ車で、地球を3周半ちかくも走った計算になる。。。
買った頃は、日本でもたまに見かけたが、今では殆ど見かけなくなった。
最近は、運転し . . . 本文を読む
オーストリア出身の山男マルタン(193センチ、100キロ)は、異常にバーベキューが好きだった。(おそらく遺伝子レベルで血が騒ぐのだろう・笑)
うちの家に庭を発見して以来、ちょっと天気がいいとすぐに電話がかかって来て、
「今日はバーベキュー日和だ!」と訴えていた。 (まだ寒いよ、マルタン)
なので、うちの小さな庭では、よくバーベキューが行われた。
マルタンの言うバーベキューは . . . 本文を読む
新しい家は「テラスハウス」と呼ばれる、一軒家を真ん中から二つに割ったような家だった。(もちろん半分はお隣さんが暮らしている)
一階はリビングとお風呂とトイレで、二階は部屋が3つ。
それと、小さな庭が付いていた。
これまではペット禁止のマンションだったので、散歩に連れて行くのにもエレベーターが使えず、裏の階段をコソコソと、1階から7階まで上り下りしなければならなかった。(階段の途中 . . . 本文を読む
( ↑ アイスが欲しいジュリー)
ジュリーが来た日から8日間は、たまたま演奏の仕事が無く、24時間体制でジュリーの監視ができたので良かったが、9日目からは一年で一番忙しいクリスマス・シーズンに突入してしまった。
仕方が無いので、マルタン&マルタにジュリーを預けて仕事に行き、帰りに彼らが大道芸をしている銀座や新橋へ寄って、 ジュリーをピックアップして帰るという日が10日程続いた。
. . . 本文を読む
( ↑ ジュリーが来た年はたくさん雪が降った)
それではここで、ジュリーが来た時の我々について、少しお話しましょう。
ジュリーが来たのは、あかねの28歳の誕生日だった。
僕はその時、30歳。
結婚して2年が経っていた。
我々は、1991年バルセロナで出会い、1992年パリでバイオリンとアコーディオンのデュオ「シエスタ」を結成。
帰国後、19 . . . 本文を読む
( ↑ 小さかったジュリーを抱えて撮ったプリクラ)
新しいアパートでの生活が3ヶ月ほど経った頃、なんと、マルタンとマルタが結婚する事になった。
マルタの親戚が多いスペインのバルセロナで結婚パーティーをすると言うので、1997年6月、我々もバルセロナに行き、結婚パーティーに出席する事にした。
結婚式は、バルセロナの中心から10キロほどの所にある、マルタのおじさんの . . . 本文を読む
マルタはスペインのバルセロナ出身。
地元の音楽大学を卒業した後、世界中を旅していて、札幌の路上でフルートを演奏している時にマルタンと知り合ったらしい。
ドイツ系のマルタンは比較的無口だが、ラテン系のマルタは口から生まれて来たかのようにおしゃべりだった。
バルセロナでは元々、スペイン語の他にカタルーニャ語という現地の言葉を話すのだが、カタルーニャ語はフランス語に似ているらしく、 . . . 本文を読む
それではここで、あかねの誕生日にジュリーを買って来てしまったバカ外人夫婦「マルタン&マルタ」をご紹介しましょう。
まずはマルタンから。
「ジュリーが来た日」からさかのぼること約3年。
1995年1月17日、 阪神淡路大震災が発生した。
大震災の約一ヶ月後、知り合いの大道芸人に誘われて、新宿の歩行者天国で行われた「チャリティー大道芸」なるものに参加した。
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ジュリーはペットショップの売れ残りだったので、我が家に来た時は既に生後5ヶ月で、体重は13.5キロもあった。
通常ペットショップでは、生後半年ぐらいまでしか扱わないらしいので、あのバカ外人夫婦が買ってこなかったら、どうなってたんだろう?
もしかして殺処分?とか考えると、胸がキュンとする。
さて、あかねの日記のような物の、残りをご紹介しましょう。
でもほとんどが、ウンチの . . . 本文を読む
最初はペットショップに返すつもりだったが、数日一緒にいるとだんだん情が移って可愛くなってきた。
相当悩んだ末、結局、頑張って飼ってみる事にした。
名前は「ジュリー」と名付けた。
もちろん、沢田研二の「ジュリー」(笑)
沢田研二さんとは色々とご縁があり、上京してから何度かステージでご一緒させて頂いたり、僕の京都の高校の大先輩だったり。
あと、あかねが樹木 . . . 本文を読む
ピンポーン!
1997年12月7日の真夜中、突然、玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だろう?」と様子を見に行ったあかねが、「キャー!」と叫んでいる。
数秒後、首にリボンを巻いた子犬(と言ってもデカイ)が、バタバタとリビングに走り込んで来た。
続いて、友達のマルタン&マルタ夫妻が、「ボン・アニベルセール、アカネ!」と言いながら、ドカドカと入って来た。
小犬はそこ . . . 本文を読む

