Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

久しぶりに焼き鳥でひとり飲み

2016年04月20日 23時58分40秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日は久しぶりに朝から出かけ、用事が終わってから夜は横浜駅の傍でひとり飲み。焼き鳥屋で皮・砂肝・ハツを塩で2本ずつ。お酒はホッピーと日本酒1杯ずつ。2000円。あわせて焼き鳥6本で十分お腹がいっぱいになった。
 ときどき行くことのある安い店なのだが、仕事帰りのサラリーマンでいっぱいであった。

 明日は講座のあと、午後からは組合の会館で作業。総会に向けた議案書などの印刷・製本である。多分明後日までかかる予定。
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明日からはじまる講座「平家物語のやさしい読みかた」

2016年04月20日 22時01分07秒 | 読書
 明日から申し込んでいた神奈川大学の市民向け講座が始まる。学校生活はもう遠い昔のことであるが、新学期のような気分を少しだけ味わったかもしれない。3月、4月とずっと講座がなくて、やっと始まった感じでもある。上半期が終わると受講し始めて4年目が終わる。
 この講座、4月2日からの申込み開始日に遅れて6日頃に申し込んだらすでにいっぱいとなっていた。人気講座でもある。さいわい辞退者が出たようで、受講することが出来た。
 講師は鈴木彰立教大学教授。平家物語のやさしい読みかた」と題しているが、取り上げるのは「源平盛衰記」。この「源平盛衰記」はなかなか見る機会もないし、まして読む機会もない。「丁寧な説明と明確でわかりやすい語り口が私にはとても嬉しい。
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災害時にこそ問われる政治の質

2016年04月20日 21時10分37秒 | 天気と自然災害
★こんなニュースもある。以下一部を引用してみる。
 国が「プッシュ型」支援を進めたのは、水や食料など必要最低限の支援物資を確実に届けるためだった。
 まず全国から、大型の倉庫を持つ日本通運の鳥栖営業所(佐賀県鳥栖市)に集め、そこから自衛隊が被災地の避難所まで運ぶしくみをつくった。当初は、自治体が指定する場所に届ける予定だったが、「なかなか物資が届かない」との批判もあり、自治体とのやりとりを待たずに出荷するやり方に変えた。
 食料以外の物品や水は、福岡県内の大手物流会社の倉庫に集め、物流会社が手分けして避難所に運ぶ。
 このしくみは19日から本格的に運用が始まった。国土交通省の担当者は、「避難所側からも注文が入ってくるようになり、うまくいきつつある」と言う。物資のスムーズな運搬を妨げていた渋滞も、通行止め区間が減るのに伴い、少しずつ改善に向かっている。
 ただ、少人数が避難している場所や、自宅近くの車などに避難して寝泊まりしている人にまで行き渡っているとは言い難い。避難所ごとに今何が必要か、というニーズまで、国が知ることも難しい。きめ細かな対応には、ボランティアなどの力を使う態勢づくりも課題になる。
→【http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160420-00000014-asahi-soci

★私はこのニュースを見て、現政権の体質を如実に示していると感じた。阪神淡路の震災や中越地震や東日本大震災などでは地方自治体や地域の消防や地元の懸命な努力と全国から応援の警察・自衛隊・消防などの力がギクシャクしながらも一定の成果を上げた。支援物資の搬送についてはも民間のノウハウなどを騒動して不十分といわれながらも何とかいきわたらせることも出来た。
 今回のような大災害時にはこのような経験を最大限生かしながらより効率的・効果的な対応を蓄積していく必要があるというのは当然のことである。
★だが、今回のこの政府の対応が真実とすると、中央集権的に地方自治体の頭ごなしに、国の方針ですべて押し通そうとすることばかり考えているような気がする。憲法を変えて災害時に緊急事態条項などを盛り込むなどという報道もされている。
 大きな災害時に有効とはとても思えない。今の政権を支える政治家は、これら多くの生命が奪われた貴重な経験から何も学んでいないのではないか。芽生えた教訓を生かそうとしていないのではないか。
★私は大災害時の時ほど、地方におおきな権限を与えた方が、よりスムーズに事が運ぶと考えている。災害対応というのは日常業務の延長上にある。地方公務員として、さまざまな気象災害や、事故に毎日のように対応してきた経験からすると、日常業務の指揮命令系統を瞬間的に否定しても業務の円滑な推進は保証されることは断じてあり得ない。現場に混乱と責任をとる部署の空白を招くだけである。
 そして被災地域の自治体の経験を他の自治体は実にキチンと学んでいると思う。学んでいない自治体を指導するのが本来の国や県の役割である。
 地方自治体の職場にどんなノウハウや、機材や人材があるが把握していない国の機関が頭越しにものを運び込んでも処理などし切れない。また地元のさまざまな実情に熟知している企業と地方自治体との信頼関係を壊すようなことになりかねない。避難所設置や運営、被災者のニーズの把握は日々の混乱の中で少しずつ蓄積していくものでもある。人はそのようにして学んでいく。
★生命にかかわるさまざまなニーズに対応する具体的な瞬時の判断は、地方自治体の発信を国や県が真摯に受け止めることで培われる。地方自治体や地元では人材が限られ、人員や機動力や判断力、予算に限界がある。広域的な処理、あるいは救援活動などを他の地域や国が補完していく姿勢が必要である。
 どんな場合も智慧は現場にこそある。それを尊重しないで中央政府の判断だけでものを送りつけるだけでは何事も解決しない。中央政府のすることに随えという時代ではない。それは70年前に否定されているはずである。
 少なくとも現政権には地方に学ぶ、地方の意向を尊重する、という姿勢が欠落していないだろうか。
★こんな状況の中で派遣されて現地で懸命に作業されている警察や自衛隊の隊員にとっては、現地との軋轢は大きなストレスとなることは間違いがない。特に救援物資を運ぶ担当にとっては、集積所に運んでも受け取りがスムーズにいかなかったり、幾度も運搬し直しとなれば、士気の低下にもつながる。努力が報われないということになってしまう。歓迎される雰囲気をつくるのもまた、政治家の責任である。
★中央集権的指向の強い国を今の政権は手本にしようとしているとすれば、とんでもないことである。災害時ほど国民の力はちゃんと発揮される。それに依拠しない政権、信頼しない政権とは、国民に対して強権的に振る舞う国家となってしまうだけである。そのような国家をすでに多くの人が否定的に見ている。災害時の判断にこそ、政治家の真の力量と資質が問われるのではないか。
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