住まいの安全 心の健康 住まい塾 21

住まいの安全性、食物の安全性、政治の危険性、感動の共有
心と体のリラクゼーション、誰かに秘密を話すストレス解消

山形県知事の善意の決断・・・の可否?

2011年12月31日 | 日記
 *** 以下 引用 下記URLより ***
   http://merx.me/archives/15840

 NHK山形放送局は12月27日、これまで、冬期に多くの修学旅行生を集めていた山形市のスキー場では、今シーズンは原発事故の影響を懸念する関西地区の高校からの予約キャンセルが相次ぎ、その数は4000人を超えていると報じた。

事態を重く見た山形県は旅行代理店に直接、働きかけを行うことにしているという。

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 秋田大学の村上教授らがただした『瓦礫を受け入れてはならない12の理由』の7項に、

 『全国の自治体のなかには、瓦礫や汚泥の受け入れ拒否を公表しているところも多く。 秋田県全体で、あるいは自治体単位で受け入れた場合、秋田県全体が危険視され、秋田県産の農産物や工業製品が、市場価値を落とし、県経済に多大な打撃を与えることが予想される。 秋田県は、風向きと奥羽山脈に助けられ現在までは軽度の汚染で済んでいるが、それが無になる恐れがある。』
という見解が示されている。

 瓦礫受入れには、周辺住民の健康リスクだけではなく、受入れ地域の農産物や工業製品の、市場価値の低下リスクも含まれるということです。 これには、当然、観光業も含まれるはずです。


 ちなみに、がれき処理を既に受け入れている山形県の吉村美栄子知事は11月の全国知事会議で、
「リスク少しずつ抱えてはどうか」
「47人の知事で少しずつリスクを抱えてはどうか。 受け入れを検討いただきたい」
と延べ、がれき受け入れにリスクがあること認識しながら、受け入れていることを認めている。

  ***  以上引用  終  ***


 民主党に籍を置く、山形県の『吉村美恵子知事』 この一件で政治の難しさが理解できたのだろうか・・・?
その、大本の民主党本部自身が真実のデータを国民に示し、広く対策を検討していたら、こうはならなかったのかも知れない。
余りにも、民主党本部の対応が『オソマツ』 であった。
 地盤カバン、看板を背負って山形県知事には成ってみたものの、その判断の甘さは、何処から出てくるのか・・ 。
おそらく、それは個人的には母性愛に繋がる女性特有の優しさから出た物であろうと思いたい。

 原子力の専門家の中には、瓦礫処分とか除染のまつわる汚泥の引取りなんかは、放射性物質の拡散に繋がるだけで、それらは東電福島に返すべきであると、当初から指摘している人たちが居た。
政治とは、あるときは『泣いて馬謖を斬る』覚悟が無ければ、行うべきではないと言う事がつくづくと、理解できたのではないか・・。
今からでも遅くは無い・・・ たとえ危険性が薄くても放射能核質は、発生源に返すような手はずに変えるべきであろうと思う・・ 。
しかしながら、もし私が知事だったら『同じような判断を下しただろう・・・ 』

 

近年の最大の政治家の罪

2011年12月31日 | 日記
  毎日新聞に福島原発事件の、当事者としての緊迫度、危険性を吐露するインタビュー記事があった。


 @@ 自国が命を賭してやろうとしなければ、他国は助けてくれない  @@

 当時の、陸自司令官の言葉であった。  それは、嘘も誇張も無かったのだろう。

 山形に住んでいるとはいえ、免疫系の病気を抱える息子を持つ親として、日々福島原発の爆発状況、風向き、気象変化に最善の注意を払った。
業務上使用する、自家発電機があったので3月11日夕方から、ネット情報、テレビ情報は午後の11時までかけっ放しの状態であったが、深夜にはさすがに発電機を回すわけには行かなかった。

 3月15日、南風の吹く気配があったので、一時避難を決意した。
政府の助成、東電の補償・・・ そんなものに係って躊躇している暇は無かった。
幸い、北海道、青森に親戚らしいのが居る。 手持ち資金が尽きれば、転がり込めば良いと考えての決断だった。

 秋田の八郎潟近辺に3泊、青森の港の近くに4泊、フェリーによる渡航費の事を考えれば先の見えない状態で、北海道に渡るのは今一不安であった。
パソコン、携帯を、肌身離さず持っていったせいもあり、二人で7000円/日で泊まれるホテルを探しながら、避難したがその程度の値段を探すのは、造作も無かった。 便利な時代に成ったと言えばそうである。


 その便利な時代に成っても、政治家の体質、マスコミの体質は、70年前の大本営発表とその喧伝機関、何ら昔の体験は生かされてない、むしろ、国民の安全を守る為年間200億円の予算をかけながら、緊急時に至っては、何一つ役に立たない事さえ明らかになった。

 エダノ官房長官。 戦前の戦争遂行者が真実の情報を隠して、大本営発表のことのみで国民を滅亡の淵に導いたこと同様、その罪は決して、けっして免れることは出来ないし、末永く国民の記憶に留められる事になるであろう。
我々、東北の危険地域に住む国民は全て、ノルウェー、香港、オーストラリア等の、海外の放射能飛散予測に頼る以外方法は無かった。 情けない話ですむ問題ではない。 現場の責任者は誰でも、政治家はその責任を背負って国民に謝罪すべきであった。 だが未だに、みんな知らん振りだ・・!

 国内の、枝野幸男官房長官は、ただ『 ただちに、健康に影響が無い』 と言い続けただけだった。
これは、法的な言葉の使い方は知らないが、一般的に日本語を話す国民に言わせたら、どこをどう解釈しても不作為の罪だろう。 それも、何百万人の国民にに対して・・・・・   。


 それにしても、自衛官諸氏、消防士、警察官の方々には、いくら頭を下げても下げすぎたと言うことは無いように思う。 そして、危険を顧みずに出かけてくれたボランティア・・ 。
 
 ***  以下引用 毎日.Jp 12/31付  ***

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 陸上自衛隊宮島俊信・前司令官(58)が、毎日新聞の単独インタビューに応じた。

 深刻さを増す原発、見えない放射線の恐怖の中で、「最悪の事態を想定し、避難区域を原発から100~200キロに広げるシミュレーションを重ねた。 状況によっては関東も汚染されるので、日本は終わりかと考えたこともあった」と緊迫した状況を明かした。

 自衛隊が警察や消防などの関係機関を指揮下に置いて任務に当たったのは自衛隊史上初めて。 しかし、自衛隊に暴走する原子炉を止める能力はない。 宮島さんは「ヘリコプターによる原発への放水は、本格的な冷却装置ができるまでの時間稼ぎにすぎなかった。 高濃度の放射能などへの不安はあったが、我々がここまでしなくてはいけなくなったというのは、かなり危険性があるという裏返しだった」と語る。

 その上で、「危険に立ち向かってでも事故を抑えるんだという日本の本気度を示す一つの手段だったと思う。あれが大きな転換点となり、米国を中心に各国の積極的な支援につながった。自国が命を賭してやろうとしなければ、他国は助けてくれない」と話した。
 
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  ***  以上引用  終  ***


 国土防衛なんぞと言うものは、いい加減な政治家、官僚だけでは決して解決するはずも無く、この様に命を懸ける人々の上に成り立っていることを、政治家も官僚もマスコミも気が付くべきである。
そうでなければ、命を懸けた者達の『刃』 の矛先は、次に何処に向かうか解らない・・・ 。

 このブログに立ち寄って下さった方も、立ち寄らなかった方々にも、来年は今年よりも少しでも良い年であります様に、そしてせっかくこの世に生を受けたのですから、御家族を持って普通の一生が過ごせるように祈っております。 そのための努力や協力は、誰もが惜しむものでは有りません。
精神的に落ち込んでも、薬やお医者さんでなくて、お話できるお友達を探して生きて見ましょうか・・ 。  5~60年なんか、振り返って見れば、一瞬の瞬き(まばたき)程度です。