今日もまた、トンデモ発言があった。 国際金融資本家たちが、陥っている選民思想がそのまま、世襲政治家たちに固着したと思われる発言であった。
****** 以下 NIKKEI NET 7月25日より
麻生首相は、横浜で行われた日本青年会議所の挨拶で、以下のように述べた。
「日本は65歳以上の人たちが元気。その元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは皆さんと違って働くことしか才能がないと思ってください」と述べた。
「80を過ぎて遊びを覚えても遅い。遊びを覚えるなら青年会議所の間くらいだ」とも指摘。「60過ぎて、80過ぎて手習いなんて遅い。働ける才能をもっと使ってその人たちが働けばその人たちは納税者になる。日本の社会保障は全く違うものに成る。」
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其の発言の背景を、云い訳的に言えばいろいろな言い方が有る事は理解できるとしても、配慮に欠ける、年配の人たちの心を、逆なでする言い方である。
そもそもが、俺たち経営者とは身分が違うという思い上がりが、根本に有るのではないか。 ネットを覗いていたら、今から30年ほど前に書いた、会田雄次氏の記述にぶつかった。 彼の記述に対しては、全てが正論とも思ってないが、現在の指導者層と変わりのない、体裁だけを重んじ、中身の何も無い吾が身だけが大切という指導者たちの心がよくかきあげられている。
****** 以下産経ニュース ‘09年6月21日より
私の一兵卒としてのビルマ戦線の体験でも、あの日本軍がその末期とめどもない潰走(かいそう)を続けるに至った契機は司令部の不動さへの信頼が失われたことだった。不動の司令部が後方に健在であるという信仰があるときは兵士たちはいじらしいほど逆境に耐えた。しかし、ある時点で私たちはまず師団司令部が逃げ、部隊本部が逃げ、自分たちが敵中に置き去りにされることを知った――。最終的にいえば、ビルマ軍総司令部は敵が迫ってくるとラングーンに数千の日本人の非戦闘員を、前線に数万の日本軍を放棄したまま、飛行機でバンコクへ逃げ、放棄された日本軍と日本人は全滅した――。そのときの兵士たちの怒り、不安、不信、憎悪、恐怖はどんなものだったか。そこからあの全軍の崩壊がはじまるのである。
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其の第二次大戦の指導者たちのDNAがそのまま生き延びて、現在の世襲政治屋に繋がっているわけである。 いみじくも、上記の文が日本の行く末を予感させているような気がする。