鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

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2010.5月取材旅行「両国~お茶の水~四谷」 その7

2010-05-25 07:15:18 | Weblog
 この「神田上水懸樋」が写っている写真は、『写真で見る江戸東京』のP93の上。撮影者はわかりません。左手が高い石垣であるから、この写真の撮影地点は、神田川の懸樋が架かっているところからやや下流の北側の川べり。

 今はこのように川べりに下りることは出来ませんが、当時は下りることができたようで、着物を着た男の子が2人、写真機を構える撮影者を見ています。

 神田川には荷船らしきものが5艘ほど繋留されています。

 古地図を見ると、この懸樋の左側の堀の上には、「田口百助」なるものの屋敷があり、その屋敷の向こうに「小栗坂」という坂がある。「懸樋」の右側には、「石丸某」という二千石の旗本らしきものの武家屋敷があって、その「懸樋」の上流に水道橋があり、その水道橋より上流の右手(北側)に広大な水戸藩上屋敷が広がっています。

 この写真を見ると、懸樋はかなり大きなものであり、屋根がついていたことがわかります。

 『江戸名所図会』には、長谷川雪旦により、天保期の「懸樋」が描かれていますが、右の建物は水番屋も兼ねた鰻屋の「守山」。

 先ほど紹介した古写真では、もうその建物は無くなっているように見える。

 坂田正次さんの『江戸東京の神田川』(論創社)によると、神田上水の「懸樋」は、「万年樋」とも言われ、総延長33m60cm。銅張屋根が付いており、懸樋自体の内径は幅が180cm、深さが150cmもあったという。

 この上水は、江戸市街のうち、神田・日本橋を中心とする町屋や武家屋敷に給水しており、飲用が主でしたが、それ以外に銭湯のための水や消防用の水として使われていたとのこと。銭湯のお湯は上水が使われていたということは、この本で初めて知りました。飲用の共同井戸も「上水」の井戸であり、洗濯などをする井戸は掘りぬき井戸でした。

 この上水の工事に、あの芭蕉が関係していたというのも面白い。延宝5(1677年)~同8年(1680年)にかけてのこと。芭蕉34歳から37歳。坂田さんによれば、町年寄の手代のようなことをやっていたのではないか、という。

 この上水が東京市民に飲み水を供給していたのは、明治34年(1901年)までのことでした。

 この「懸樋跡」の石碑のところから、道を戻り、右に「東京都立工芸高校」、右斜め前方に東京ドームを見てから水道橋を渡り、すぐに戻って左折して「外堀通り」へ入ると、左側がかつては「市兵衛河岸」があったところ。

 案内板によると、この「市兵衛河岸」は、飯田橋駅近くの船河原橋から水道橋までの神田川沿いにあった河岸。明治になると、明治8年(1875年)から昭和8年(1933年)まで、この河岸は小石川砲兵工廠(武器工場)の荷揚場となっていました。

 『ケンブリッジ大学秘蔵明治古写真』のP167下の写真は、写真師臼井秀三郎が「マーケーザ号の日本旅行」以前、すなわち明治15年(1882年)以前に、その「市兵衛河岸」の一部を撮影したもの。水道橋あたりから小石川橋方面を望んだもので、奥に小さく見える橋が小石川橋。

 市兵衛河岸には、なぜか石や切石が積み上げられているのが目立つ。これらの石は、この頃、砲兵工廠がどんどん拡大中であることを示すものなのでしょうか。

 その下流にあたるお茶の水付近の景観を写したのが、その上の写真。今のJR御茶ノ水駅付近の風景で、まだ「お茶の水橋」は架かっていない。

 神田川には屋根のある船が繋留されています。左岸の奥あたりが湯島聖堂のあるところ。当時はもちろん聖橋も架かってはいません。現在とはなんと景観が変貌していることか。

 ここに「お茶の水橋」が架かったのは明治24年(1891年)のこと。

 樋口一葉(奈津)は、このお茶の水橋が架かると、それを見学しようと、同年9月17日に母多喜や妹くにとともに出掛けています。新しい橋の上から、その下を流れる神田川やその両側の渓谷を彼女は眺めたはずです。

 この渓谷も神田川も、もともとここにあったものではなく、それは江戸時代初期の大工事によって、連なっていた台地が掘削されて出来たものでした。


 続く


○参考文献
・『百年前の江戸東京』山本松谷画・山本駿次郎編(小学館文庫/小学館)
・『復元江戸情報地図』児玉幸多監修(朝日新聞社)
・『写真で見る江戸東京』芳賀徹・岡部昌幸(新潮社)
・『ケンブリッジ大学秘蔵明治古写真』写真師臼井秀三郎・小山騰著(平凡社)
・『江戸東京の神田川』坂田正次(論創社)
・『江戸城を歩く』黒田涼(祥伝社新書/祥伝社)

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