鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

2011.西湖いやしの里根場~鍵掛峠~鬼ヶ岳 その最終回

2011-10-17 05:36:19 | Weblog
 砂防資料館で上映されている記録映画の『ある記録』は、根場地区の被災前後を記録したものですが、根場地区においては被災前に酪農も行われていたことがわかります。

 桑畑であったところが、桑の木が取られて慣らされて牧場として利用されるようになったのかも知れない。

 土石流で生き残った牛たちが、その恐怖のために村人が移動させようとしてもなかなか頑として動こうとしない光景が、まず印象的でした。

 死体の入った棺桶が並ぶ場面。

 また土石に埋まった家から見つかった人形を、流れる沢水で洗っている場面も印象的でした。

 長い間住み慣れた集落や生業の主要な場であった畑や牧草地が、一瞬にして消えてしまい、そしてまた身近な人たちの多くが犠牲になるという事態は、人々にどのような気持ちを抱かせるのだろう。

 人々を含む慣れ親しんだ「景観」が、わずかの間に消え去ってしまうという事態は、戦争(原爆・空襲など)や自然災害(地震・津波・土石流・洪水など)、大火災などで起こることですが、それはそこに住む人々にどのような影響を及ぼすのだろう。

 というのも、私が生まれ育った福井市は、昭和20年(1945年)にアメリカ軍B29による大空襲を受け、さらに復興が始まってわずかばかり経った昭和23年(1948年)に福井大地震に見舞われ、2度の壊滅的打撃を受けているからです。

 福井市は、越前松平氏のかつての城下町として繊維工業(絹織物)を中心に栄えていましたが、空襲と地震により、かつての城下町としての面影はほとんどといっていいほど失われてしまいました。

 北隣の県である石川県の県庁所在地である金沢とは、城下町といっても対照的でした。

 親に連れられて行った金沢や、京都・奈良などと較べると、子ども心に、福井という町は味気ないものでしたが、それは空襲や地震に起因するものであることを、あとで知ることになりました。

 歴史の記憶が、表面上はほとんど失われてしまった街、それも戦争や自然災害によってごくわずかのうちに失われてしまった街というものは、いかにその後都市計画がなされて整備されていったとしても、やはり味気ないものです。

 それは、旧道を歩くのと、新しく出来たバイパスを歩くのと、どちらが楽しいか、ということと類似しているかも知れない。

 車では便利であっても、「歩いて」どうなのか。

 根場地区の人々は、多くの犠牲者が出た土石流の恐怖から、本沢川が形成した扇状地の上から、西湖の西端の近く、青木ヶ原樹海の広がる溶岩台地の上に集団移住し、そこに「根場民宿村」を作って復興への道を歩んでいきました。

 行方不明者がいまだ土中に眠る、かつての根場集落があったところ(土石流が流れ込んだところ)は、長い間雑草や灌木が繁るままであったのでしょうが、40数年の歳月を経て、そこに「むらおこし」(ふるさと再生事業)の一貫として、「西湖いやしの里根場」が生まれたということになります。

 そこには、蕎麦屋や土産物店、伝統工芸体験館、砂防資料館など、茅葺き民家が軒を並べていますが、しかしもちろんそれらの茅葺き民家は住居ではなく、人々が日常を過ごす場ではありません。

 根場の人々は集団移転先である西湖のそばに住むことを選び、土石流の恐怖とその記憶から、もと集落があったところへは戻ろうとはしませんでした。

 東入川の「砂防堰堤」を過ぎ、西湖キャンプ場を通過している時、右側の山の麓に新しい墓石が集合している墓地を遠望しましたが、かつての根場集落の墓地も、あの昭和41年(1966年)の土石流によって流されてしまったのでしょう。

 その後、かつての根場集落や西湖、そしてまた富士山を望み見ることができる山裾の高台に新しい集合墓地を造ったものと思われますが、おそらく、あの新しい集合墓地に、土石流で亡くなったり行方不明になったりした人たちのお墓があるものと思われました。

 一番奥の「ごろ寝館」を見た後、「ふじみ橋」を渡って「本沢川」の西側区域に入り、両側に「二重妻かぶと造」の茅葺き民家を、秋の散策を楽しむ多くの観光客に混じって眺めながら、「いやしの里」を出たのは13:39。

 そこから「本沢川遊歩道」をたどって川沿いに下っていったところ、車を停めてある「西湖根場浜」の駐車場に出ました。

 「根場浜」の横を流れて、西湖に注ぎ込む川は、かつての根場集落を流れていた「本沢川」であったのです。



 終わり



○参考文献
・『大橋富夫写真集 日本の民家 屋根の記憶』「民家の屋根に“くらしのかたち”を読み解く」安藤邦廣(彰国社)


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