鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

2013年・夏の取材旅行「水沢~気仙沼~宮古」  その12

2013-09-19 05:26:52 | Weblog

 更地の中の舗装道路を走り、かつて市街地のメインストリートであったと思われるところを走り、カーナビに従って左折して広い通りをまっすぐ進むと、だだっ広い広場のようなものがあり、その真ん中に、大きな看板の土台であったものと思われる赤い鉄骨の柱が櫓(やぐら)のように突き出ていました。

 その櫓のような鉄骨が突き出ているところの片側には、大きな庭石のようなものが並んでいて、その向こうの駐車スペースが白い線で仕切られている区域と区切られていて、その駐車スペースのある空間の向こうには、立入りができないようオレンジ色の簡易柵が左右に並んでいました。

 車から下りて、そのオレンジ色の簡易柵のところから振り返ってみると、さきほどの櫓のように突っ立っている鉄骨の向こうに、メインストリートがまっすぐに延びていて、それは突き当りにある小高い丘の麓にぶつかっています。

 メインストリートの両側には一軒も商店や人家などの建物はなく、更地となって夏草が広がっています。

 ここがJR大船渡線陸前高田(りくぜんたかた)駅前(ロータリー)でした。

 簡易柵を越えると、半ば夏草で覆われたホームがあり、舗装されたそのホームのひび割れたところからは黄色い花を咲かせる夏草が生えていました。

 ホームの下へおりてみると、線路は見当たらず、線路があったところには夏草がぼうぼうに生えていました。上り方向を見ても下り方向を見ても、両側には建物はほとんど見当たらず、両方の突き当りには小高い山がくっきりとした姿を見せているばかりです。

 陸前高田は市であり、この陸前高田駅はその市街地の中心地であったはずであり、当然のことながらその駅前には賑やかな商店街があったはずですが、現在は、ほとんどその跡形もありません。

 言葉を失うほどに、まわりには何もありません。

 駅前メインルートの奥の小高い丘陵と、平地を囲むまわりの山稜が更地の向こうに見えるばかりです。

 人影もまったくありません。

 更地の中の通りを走る車が、時折見えるだけ。

 時刻は7:46。

 茫然としつつも車に戻り、今度はカーナビで市立図書館を検索し、その場所へと車を走らせました。

 もちろんのことながらそのあたりもかつての建物はなく、工事現場のような遮蔽壁がめぐらされたところがあって、そこには「陸前高田市沼田地区災害廃棄物選別業務 土砂分扱プラント」という文字が記されていました。

 近くにいたトラック運転手の方にお聞きしたところ、このあたりは体育館などのスポーツ施設などがあったところであるとのこと。

 その一角に図書館もあったようですが、今は更地となって、駐車場になっているようです。

 白い遮蔽壁の間からは、大型ダンプカーやショベルカーなどの大型重機の姿が見えました。

 車に戻って、かつての市民図書館の近くを出発したのが7:55頃でした。

 

 続く

 

〇参考文献

・『三陸海岸大津波』吉村昭(文春文庫/文藝春秋)



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2 コメント

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Unknown (シンボリ)
2013-09-21 16:17:10
復興や原発問題、なかなか進まないね。福井県の復興支援は、陸前高田でした。

地元脇本が映画に出ています。前川清や酒井和歌子の『旅の贈り物』山の中腹から見下ろしたアングルで、特急雷鳥が通るシーンがありますが、その地区がです。向かって右側に見えませんが、墓地があります(^3^)/
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脇本のシンボリさんへ (鮎川俊介)
2013-09-22 06:11:46
 シンボリさん、新しい福井(脇本)の情報ありがとうございます。

 脇本が映画のワンシーンに出てくるとのこと。

 特急雷鳥が疾走していく場面のようですね。
 
 長い北陸トンネルを抜けて、いよいよ「越の国」に入って行くという場面にふさわしい、映画用カメラアングルの設定かも知れません。

 以前、「鶴瓶の家族にカンパイ」で、前川清が三国周辺を旅するのを観ましたが、あの時、映画のロケに来た場所だと前川さんが言っていましたが、その映画のロケのことだったんですね。

 陸前高田が福井県の復興支援先だとは知りませんでした。

 駅前およびその周囲に広がる光景に呆然としました。


  鮎川 俊介

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