鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

2013.1月取材旅行「馬頭広重美術館~足利・観音山~女浅間山・男浅間山」 その13

2013-03-21 06:01:25 | Weblog
常緑広葉樹林は何かと言えば、日本でいえば、タブノキ、スダジイ、カシ類、シイ、ヤブツバキなど。特にタブノキは、日本の土地本来の常緑広葉樹の原点ともいえる木であって、かつては海岸沿いや川沿いなどの一番条件のよい土地に生育していたものでした。しかし、日本人が水田による農耕を始めるようになると、タブノキを中心とする常緑広葉樹林は伐採され、尾根筋は、マツ、モミ、ツガなどの針葉樹、二次林のクヌギ、コナラなどの夏緑広葉樹林に置き換えられていくことになりました。このタブノキを中心とするかつての常緑広葉樹林がわずかに残っているところが、北海道、東北北部を除く日本列島の低地にある古い社寺林や一部の屋敷林であって、古い神社の「鎮守の森」などは主にそれらの常緑広葉樹林で構成されています。私はかつて根岸・金沢・鎌倉あたりの旧海岸線付近を歩いた時に、そこに点在する古い社寺林が、タブノキやスダジイ、ウラジロガシなどの常緑広葉樹林で構成されているのを目にしたことがあります。そしてそれらの多くはきわめて貴重なものとして神奈川県や横浜市の天然記念物や名木古木に指定されていました。たとえば根岸八幡神社、金沢の瀬戸神社、富岡八幡宮、長谷の御霊神社(権五郎神社)などの社叢林ですが、特に御霊神社の石鳥居左手前にそびえ立っていたタブノキは、高さ20mほどもある見事なものでした。またスダジイは、根岸八幡神社境内や横浜の本覚寺(史跡アメリカ領事館跡)の山門右側、また箱根の早雲公園にあったものが記憶に残っています。かつては関東地方の海岸沿い、土壌条件が豊かな斜面に生育していたタブノキやスダジイを中心とする常緑広葉樹は、県や市が「天然記念物」あるいは「名木古木」として指定しなければならないほどにきわめて貴重なものとなってしまっていることを、私はそれらの地域の取材旅行の際に知ることになりました。 . . . 本文を読む