洗濯船府内航海日誌

大分市府内町2-22に異業種交流会「洗濯船」のお店を出店しました!
この飲食店兼物販店を舞台にしたフィクションです。

日は暮れて・・・

2017-07-03 15:08:33 | 大分市
「そろそろですね。」

エーコは店内に備え付けられた大型ハイビジョンテレビを見ながら翌日分の仕込みで忙しそうな田吾作に話しかける。

「え?何だってぇ!?」
流石に厨房ではテレビの音が邪魔になってエーコの声が聞き取れないらしい。

「そろそろおの先生が来る時間ですね!」
エーコは、今度はテレビのボリュームに負けないように大きな声を張り上げる。

「うるせえよ!テレビを消せばいいだろうが!」
タオルで手を拭きながら田吾作が出て来た。

「ちわ~っす・・・」
元気のない声で挨拶しながら長身で痩身な男性が項垂れながら店内に入って来た。

「ほら~、やっぱり来たじゃないですかぁ!」
エーコは勝ち誇ったように言い放つ。

「はぁ~・・・もうだめだ。今日もフラッシュバックに苦しみました・・・はぁ・・・」
疲れ切った様子の『おの先生』。

彼は行政書士の有資格者なので『法律の先生』と言う意味を込めて仲間は『おの先生』と呼んでいる。
昨年末に彼女に振られてからというもの毎日気分が塞ぎこんでしまうようだった。
落ち込みが酷い時には田吾作に励まされ、ここ最近は少しずつ快方に向かっているように見えたがまだまだこの調子なのだ。

「なんだよ、また『亡霊』に苦しんでるのかよ?芋引くねぇ、お前さんも。」
やれやれといった表情で田吾作がおの先生を迎える。

「早く元気になりたいっす。」
低いテンションで応えるおの先生。

「よせやい!貧乏神が入って来るわい!シャキンと話さんかい!」
何事にも縁起を担ぐ田吾作はテンションが低いことを一番嫌うのだった。

「いいですよ。貧乏神が入って来たら僕が連れて帰ってあげますから・・・」
何とか明るくしようとは思っているようだがどこかまだ自滅的なおの先生。

「お前さん、頭は抜群に良いのにメンタルだけはガラス細工だな。」
呆れた様子の田吾作。

「きっとおの先生にも今度こそ良い恋人が現れますよぉ。」
エーコがありきたりな慰めを口にする。

「それは・・・いつですか?僕なんか無理っすよ・・・」
どこまでもネガティブなおの先生。


「とにかく旨い飯でも食って元気出せ!すぐに作ってやるから。」
田吾作は気を取り直して料理を始めた。

「すみません、あ、出来ればお魚料理でお願いします。昼の肉がまだ胃に残ってるんで。」

「調子に乗りやがってぇ。金払えよぉ~!」
とは言いつつも一度も支払って貰ったことのない田吾作。



「ほらよ。連子鯛の紅甘夏仕立て。」
カウンターで項垂れていたおの先生は料理を見るや目に輝きを取り戻した。

「うぉ!う、美味そうやないですか!!」
恐る恐るナイフとフォークで連子鯛をめくり上げ、下に何が隠れているのか確認するおの先生。
下にはソースとして煮込んだ玉葱と人参のみじん切りが紅甘夏の果肉で囲まれていた。

「美味しそうですぅ!妻の私にも作ってください!!」
エーコは慌てた。

「あ、すまん。魚はそれが最後だ。」

「え~~!!この泥棒猫ぉ!!」
今度はおの先生に八つ当たりを始めるエーコ。

「お前ほんと食い意地だけは宇宙一だな。」
呆れかえる田吾作をエーコはうっすら涙を浮かべた目で睨んだ。

「美味ぇ~!!」
さっきまでのドンヨリ感はどこへやら、おの先生が絶賛する。

「私にも一口~~!!」
皿に飛びつこうとしたエーコを咄嗟に躱し皿ごと持って逃げるおの先生。

「おいおいおい、皿を割るなよ!高いんだぞソレ!」

すっかり賑やかになった店内。
おの先生もすっかり元気を取り戻した様子である。
しかし彼らが楽しげになるほど、それを苦々しく睨みつけている者が居た。

「ぶるるる~?!きゅ、急に寒気がしてきましたけど??」
おの先生が突然悪寒に襲われた。

「ふん!天罰が下ったんですよ!」
一口も料理にありつけなかったエーコが憎たらしそうに吐き捨てる。

「風邪のひき始めが肝心だぞ。早く帰って寝た方が良いぞ。」
田吾作が心配そうにおの先生に帰宅を促す。

「そうですね。お腹も一杯になったし。今日はこれで失礼します!じゃ!」
来店時とは打って変わって笑みを溢すようになったおの先生。

店から出るおの先生の背中を刺すように見つめる影。

「あ、そういえば・・・あれ?」
何かを思い出したように、おの先生は急に向きを変え店に戻って来た。

「ん?どうした?」

「いや、今そこの壁の前に誰か居たような・・・?」
不思議そうに目を擦るおの先生を怪訝な表情で見る田吾作。

「あ、そうじゃなくって、この間のお借りしたお金を支払い忘れてたのを思い出したんだった。」

「金を貸した??あ~、ひょっとしてステーキハウスの件か?」

「それですよ、それ。」

「いーのかい?貰っても。」

「きっちり貰ってください!先生の告白代理に行ったんですから!」
まだ怒りが治まらないエーコは厳しい口調でおの先生に詰め寄る。

「いや、払います払いますって!だから戻って来たんじゃないですか。」
そう言うと慌てて支払いを済ませるとそそくさと店を出て行くのであった。

店を出るとおの先生は電車の時間に間に合うように急ぎ足で駅を目指す。
駅のホームに立ち、ようやく落ちつきを取り戻したおの先生。

「でも、不思議だよなぁ。あんなにはっきり人影が見える幻覚なんて。ま、まさか元彼女の生霊?!ぶるるる~~、ナンマンダナンマンダ。彼女に適度な天罰が下りますように!!」
ホームに立ったまま意味不明な祈りをするおの先生であったが、案外一番真実に近いところが見えているのかもしれなかった。



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