
お目当ての「阿古屋」は、いつだって良いお席で見たいものです。
最前列でも花脇でも見た! となれば次は花道の出入口真横しかないでしょう。
歌舞伎座のこのお席は通が好む場所だと歌舞伎仲間に教えられ、何度か座りましたが、まさか玉さんのときに取れるなんて嬉しすぎる。
チャリンと花道出の幕が開くと、豪華な衣装の玉さんご登場。
手を伸ばせば届く距離で、歌舞伎座のお姉さんが右手をまっすぐ客席に伸ばしてガードします。
あー、やっぱり今日もお美しい、艶やか。
琴、三味線、胡弓の生演奏は何度聴いても感動もの。
特に胡弓の物悲しい音色が好きです。
これには敵役の岩永も聞き惚れるわ。
玉さん@遊君阿古屋は完璧な定型で、見る者に安心感と満足感をもたらします。
一方、爽やかな捌き役の重忠を菊之助、悪役(道化?)の岩永を種之助という若々しいキャスティングには高揚感を覚えました。
菊ちゃんが綺麗でお役に合ってるのは無論ですが、人形ぶりで演じた種之助君が圧巻。
彼は小柄で女方を勤めることが多いものの、実は身体能力が飛び抜けていて跳躍すれば滞空時間が長く、荒事的な立役でも迫力があります。
その本領を発揮して、幕間には「人形にしか見えなかったね~」「あれはすごい」と驚きの口調で誉めそやす声があちこちから聞こえてきたほど。
人形ぶりと言うと、カクカクしたブレイキンのような動きをする役者が多い中、何とも自然でしかも人形にしか見えないアンビバレンツな演技を
初めて目にして新鮮でした。
お父さんの又五郎さん、兄の歌昇君、歌昇君の二人の幼い息子たち、そして種之助君、この人たちがいる限り播磨屋さんは安泰でしょう。
初めての舞踊劇「江島生島」は菊ちゃん@生島でしたが、次回は江島役で芝居形式でやってほしいと感じました。
猿若祭らしく、夜の部の最後は中村屋兄弟による「人情噺文七元結」。
大好きな演目ですが、菊五郎の「文七元結」を何度も見て馴染んでいるせいか、どうも感情移入できませんでした。
「あんたは首を吊ろうとしている人がいたら、その足を引っ張るような男じゃないか!」と七之助@女房お兼に罵倒されるとおり、
勘九郎@長兵衛は身を切るような思いで見知らぬ人に情けをかける人物に見えません。
娘の身の代の50両を散々悩みながら投げつけて逃げるように立ち去るまでのプロセスに、残念ながら説得力が感じられないのです。
生真面目な勘九郎はおそらく自分とは正反対のようなダメ男を懸命に勤めているし、七之助も中村屋らしいサービス精神を発揮して
細かい演技で客を笑わせてくれます。
でも、私はこの演目に笑いは求めていません。
何となーく見てるうちに長兵衛さんにもお兼さんにも共感し、まるで劇中の大家さんのような心持ちになり、悪人が一人も出てこない
この人情話にゆったり浸かって暖かい気分になれることこそが素晴らしい。
菊五郎の女房役だった萬寿さん(時蔵時代は常におかみさんでした)は、角海老女将お駒を勤めました。
切々と長兵衛に道理を説く姿に説教臭さはなく、もしかしたら昔、吉原にもこんな面倒見の良い女将がいたかもと夢を見させてくれます(多分いない……)。
市蔵@家主甚八も良い意味で世慣れた様子で、これまたお江戸の昔の貧乏長屋にはこういう頼りになる人物がいたんだろうなぁと和みます。
松緑@鳶頭伊兵衛がラストにほんの少し登場するのはご馳走か。
彼もそういう立場になったんだなぁと意外に思いつつ、ちょっと嬉しい。
客席からも「ほぉ」「へぇ」と声が漏れました。
長兵衛娘お久を勘九郎の長男・勘太郎が「なりはおおきくてもまだ子供」という設定にぴったりで、少したどたどしい喋り方が
両親の苦境を救うために自ら吉原に身売りに行く健気さを引き立ててお見事。
しみじみとした感動を呼ぶストーリーなので、誰がどう演じても見終わって不満を抱きようがなく「猿若祭」にふさわしい演目ですね。
今回、一つだけ気になったのが花道の奥からスタッフさんなのか役者なのか、関係者の盛大な笑い声が聞こえてきたこと。
こんなの前代未聞です!
ちょうど玉さん@阿古屋が演じているときで例のごとく客席が静まり返っていることもあり、ハラハラしました。
花道真横に待機している歌舞伎座のお姉さんも気にして、しきり花道奥のほうに視線をやりますが、玉さんの演技中には動きません(さすが!)。
キリの良いところですぐに立って出て行かれ、その後雑音が漏れることはありませんでした。
伝統芸能の世界でも指導の名の下のハラスメントがあり、改善勧告しているといった報道を新聞で読んだときに「ん??」となり、
玉さんが養父から言われたという「役者殺すに刃物は要らぬ、三日続けて褒めりゃいい」のお言葉を思い出しました。
25日千穐楽。







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