ちょっとマンネリですが・・・

ダラダラ過ごしている毎日のことあれこれ・・・・

自分のためだけなら、三日坊主に終わっていたかもしれない。

2017年05月16日 | Weblog
自分のためだけなら、三日坊主に終わっていたかもしれない。

「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。

筆者が書評メルマガを始めてから10年以上も継続すると、読者がどんどん増えて1万人以上にもなったという。

そして、もらうコメントに励まされて続けている。つまり、人に知らせようという気持ち=「誰かを喜ばせるため」という気持ちが力を与えてくれたようだ。

伝えることを通して誰かを喜ばせることで、自分もハッピーになれることを実感している。

その結果は、頑張って続けてきたのではなくて、やめられないほど楽しくなったというのが正解だと述べている。それは自分も似たようなことを仕事を通じてやってきたから頷ける。

「伝える」ことは、やめられないほど楽しい。

2017年05月15日 | Weblog
「伝える」ことは、やめられないほど楽しい。

「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。

確かに、自分が知ったことを人に話すことができれば楽しいに違いない。筆者は早起き、読書さらに伝えることを継続してきたのだ。その伝えることは、ネットに書いて伝えることだった。

メルマガを使ったそうだが、ブログでもできるだろう。しかも、読者が増えれば張り合いができることも想像できる。

本は読んでもほとんど忘れてしまう。だからせめて本の題名と著者名と簡単な内容を記録できればいいのだろう。筆者は忘れないために始めたらしい。

私もメモのつもりで始めたのが、ちょっと気になるフレーズだった。それは忘れるのがもったいない、という動機があったからだ。人のためではなく自分のためだが、ほとんど忘れてしまっている。

自分の書き込みが、新たな「脳内化学反応」を呼び起こす。

2017年05月14日 | Weblog
自分の書き込みが、新たな「脳内化学反応」を呼び起こす。

「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。

ここでは、本はどんどん書き込みをしようとなっていた。本を読んでいるとたまにツッコミを入れたくなることや、覚えておきたい箇所がある。

ペンがなければページの端を折っておくことが多い。その後、ペンで書き込みをしたり線を引いている。だから、読んだ本はブックオフには売れない。もともと古本屋で買ったもののほうが多いから気にはしていない。

書きこむことは、脳内化学反応が起きていることのようだ。そんな時は、いろいろなイマジネーションがわいているときでもあるのだろう。

「いい本を7回読めば、知っているができるに変わる」

2017年05月13日 | Weblog
「いい本を7回読めば、知っているができるに変わる」

「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。

実際に7回も同じ本を読み返す人がいるものだろうかと思ってしまう。かなり膨大な時間がかかりそうだ。たとえば、お気に入りのフレーズでも7回は読み返さない。

ビジネス書は一度読むと理解はできても実際にそれを実践するのは難しそうだ。やはり実践に活かすためには読み返して自分のものとしなければならないのだろう。

せめてお気に入りのフレーズがあれば、それをたまに繰り返して読んでみたいものだ。

本を読むと、脳内で「化学反応」が起きる。

2017年05月12日 | Weblog
本を読むと、脳内で「化学反応」が起きる。

「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。

読書は、自分との対話、著者との対話でもあった。つまり、読んでいるうちに自分なりの意見や感想が浮かんでくる。時にはツッコミだったりもする。それは思考の広がり、新たな発想にもつながるのだった。

もし、新しいアイデアが生まれれば得した気にもなる。小説なら読んで楽しければいいが、自己啓発本では、しばしば参考になるフレーズに出くわす。そんなちょっと気になるフレーズをメモしておかないと忘れてしまう。

それはもったいと思ってブログに残しておいたものだ。気がつけばもう10年以上も継続していた。今書いているフレーズもその一つだった。しかし、書いただけでも忘れてしまう。時どき読み返したいと思っている。

早起きは「誰かのために」で長続きする。

2017年05月11日 | Weblog
早起きは「誰かのために」で長続きする。

「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。

自分だけのために早起きしようとしても、それは長続きしないものだ。ちょっと眠いから明日にしようと思えばできる。挫折するのは簡単だ。しかし、それが人のためにとなればそうはいかない。

たとえば、犬の散歩でもそうだろう。犬は毎朝決まった時間になれば必ず催促してくるだろう。また季節限定にはなるが、家庭菜園をしていれば、朝の水やりも早起きせねばならない。人ではなくても動植物のためという理由があればこそ早起きは続くものだ。

ここでは、「誰かのために」とは、自分も他人もハッピーになれるようなことを考えることだった。それで人が楽しめれば、いたずら心でもよかったのだ。どんなことをして楽しんでもらおうかと考えるだけでも早起きの価値がある。

24時間を「自分時間」と「他人時間」に分ける。

2017年05月10日 | Weblog
24時間を「自分時間」と「他人時間」に分ける。

「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。

確かにこんな考えは忘れてしまっていた。学生時代は自由になる時間がたっぷりあったが、会社勤めをするとぐっと減ってしまう。それは給与を得るために仕方がないことだった。

会社という他人に支配される「他人時間」で月給をもらっていると考えたりもしたものだった。しかし、それだけではもったいない人生にも思えた次第だ。

自分で自由になる時間を増やすためには、それなりの仕掛けが必要だった。それが早起きだったのだ。そうすることで誰にも邪魔されずに過ごす時間が持てる。朝の時間はどんどん過ぎてしまうから貴重なものだ。

「早起き」×「読書」×「伝える」を掛け合わせる。

2017年05月09日 | Weblog
「早起き」×「読書」×「伝える」を掛け合わせる。

「30分の朝読書で人生は変わる」松山真之助著より。

筆者はこの本でこの3つを提案している。朝早起きをして、出社30分前に読書をする。それを周りの人に伝えるということだった。

この3つを同時にやることで、どれもが楽しくなったという。その部分がスイートスポットということだった。

なんだか自分も似たようなことをしていたと気づく。自分は単に読書だけでなく、空いた時間に読んだフリーペーパー、新聞、雑誌、耳にしたラジなどから気になったフレーズをメモして、それを毎日ブログにアップしていた。

仕事では、それを途中からいくつか抜粋してA4の用紙にまとめて「かわら版」として個人のお得意様に配っていたのだ。それは毎月の手作り粗品の一つとなっていた。

そもそも私の場合はせっかく読んだものや耳にしたちょっと気になるフレーズを忘れてしまうのがもったいないと思ったのがきっかけだった。

失敗談ほど面白いものはない。

2017年05月08日 | Weblog
失敗談ほど面白いものはない。

「雑談力」百田尚樹著より。

やはり人に話して笑ってもらえるのは、自分の失敗談だろう。ドジった話は最高の雑談ネタだったのだ。皆を喜ばせるにはこれば一番らしい。

失敗談なら人は素直に喜べるという。肩がこらなくていい。確かに恥ずかしい話や失敗を話すには度胸も必要だ。それを笑いに変えて話せるかどうかがポイントだろう。

聞いている人が思わずクスッと笑ってしまうくらいおかしいのがベストだった。笑える失敗談でなければ面白くないという。

だから本当の悲劇ではダメだった。また言い訳や恨み言は避けるべきだった。失敗談はあくまで明るくなくてはいけなかったのだ。

ここでの最後には、「自分の人生を振り返って、面白い失敗を探してみましょう」、とあった。それを面白いエピソードに変えてみることがポイントだろう。筆者は、失敗を笑いに変えることができるのは、人間の成長の証なのではないかと思っているそうだ。それは言えそうだ。

自慢話で人を感動させるのは難しい。

2017年05月07日 | Weblog
自慢話で人を感動させるのは難しい。

「雑談力」百田尚樹著より。

自慢話くらい面白くないものはないものだ。金を儲けた話、ビジネスで成功した話、持ち物自慢、知り合いに有名人がいるなどは聞かされても面白くもない。話しているほうは得意顔だろうが。

人がうまくいった話など興味もないものだ。話してもマイナスにはなっても得はしない。やはり人には嫉妬心があるからだろう。

しかし、苦労話を人のために聞かせてあげるのはためになりそうだ。こんなことがあったが、こうすればいいというアドバイスは人への参考になるだろう。

またアイデアが思いついたら、それを人におすそ分けする程度なら喜ばれるかもしれない。それが仕事のアドバイスになればプラスにもなりそうだ。

自慢話をするなら、どれだけ抑えて話すかがポイントだろうな。たとえば、自分はこんな方法でやったが、ほかにもっといい方法があるかもしれないと後で気がついたなどであれば人の参考やアドバイスになるかもしれないな。

話の面白い人は、いつでも披露できる話をいくつも持っている。

2017年05月06日 | Weblog
話の面白い人は、いつでも披露できる話をいくつも持っている。

「雑談力」百田尚樹著より。

ここでのタイトルは「ストックを持とう」だった。面白い話をする人は、いつも即座にいろんな話が出てくるそうだ。つまりネタをもっているということだった。

それはピアニストが何曲ものレパートリーを持っているように、落語家がたくさんの持ちネタを持つのと同じことだった。講演者がさまざまなタイトルで話ができるのもすごい。一度本を読んだくらいでは、覚えることは難しい。やはりしっかり覚えようとする必要があるのだ。

インプットの量を増やし、覚えることがスタートのようだ。筆者はツイッターでお気に入りのネタを集めたという。たとえば、ある男の子が番台のおばちゃんに尋ねたことだった。

「男の子はいくつになったら女湯に入れなくなるの」するとおばちゃんはこう答えたという。「女湯に入りたい、と思った時」。実に短くて笑える。やはり話はオチや切れが必要なのだろう。

何も意識しなければ面白い話はできないものだ。筆者は100インプットして3くらいアウトプットできれば上出来だという。かなりの努力が必要だ。そういえば、先代の林家三平もネタ帳をたくさん作って努力していたことを思い出した。

単純な蘊蓄ほどつまらない。

2017年05月05日 | Weblog
単純な蘊蓄ほどつまらない。

「雑談力」百田尚樹著より。

時どき「これ知ってる?」などといわれることもあるが、ただその知識があるだけでは大した面白味もない。やはりそこにはそれなりのストーリーがあって納得できる。

人に話す場合も、そこにエピソードをくわえて膨らませるとより人を楽しませることができるということだった。

ここには葛飾北斎の例があった。いつか別の本で引っ越しがかなり多かったということを読んだ覚えがある。88歳まで生きた北斎は生涯に93回引っ越しをしたそうだ。しかも一日に3回引っ越したこともあるというから驚きだ。

人生の最後の13年間で37回も引っ越していた。ホテル感覚というのも頷ける。住所不定だったそうだ。引っ越しの理由は部屋が汚れても掃除を一切しなかったので、引っ越しのほうが楽だったようだ。それでも名作を数多く残したのだからスゴイ。

さらに描いた作品は自分が決めた値段でしか売らなかったという。貧しくても決して値引きはしなかったそうだ。芸術家の誇りを持っていたのだ。それだけ自分の作品に自信があったのだ。

常識を揺さぶるような話から入る。

2017年05月04日 | Weblog
常識を揺さぶるような話から入る。

「雑談力」百田尚樹著より。

意外な導入から入るというのも相手の興味を惹くものだ。相手がすでに知っていると思われることもさらに深く知っていると、話がしやすくなるようだ。

ここには一つ例があった。「地球上には、自然界で生きていけない動物が一種類だけいる」というものだった。それはカイコだったのだ。カイコは家畜化された昆虫で野生には存在しないという。

まず足の力が弱いから桑の木に止まらせても葉っぱにつかまっていることができないという。成虫になっても翅の筋肉は退化していて、羽ばたくことはできない。これでは生きていくことはできないと思われる。

人間に飼われている間に、生きる能力をすべて失ってしまったのだった。こんなことも意外な話だった。過保護は人間をダメにしてしまうことも頷ける。

人の興味を惹く方法の一つに、質問から入るという方法がある。

2017年05月03日 | Weblog
人の興味を惹く方法の一つに、質問から入るという方法がある。

「雑談力」百田尚樹著より。

まずこの本のサブタイトルには、「ストーリーで人を楽しませる」とあった。単に蘊蓄や知識を述べるだけでなく、そこには物語が必要だということだった。

確かに、「こんな話知ってる?」と聞かれるとなんとなく知りたいという興味がわくものだ。普段何気なく知っているつもりだったのものが、実はほとんど知らなかったりするとビックリしたりする。

そして、その答えを知った時に少しだけ得した気分になったりする。つまりさり気ない質問から入るというのも、話のテクニックだという。覚えておきたいものだ。

「人生はこれから黄金期」

2017年05月02日 | Weblog
「人生はこれから黄金期」

「いい言葉は、人生を変える!」佐藤富雄著より。

人生の黄金黄とは60歳から80歳までの20年だという。この20年は、それまでの人生の何倍も楽しく、有意義に、充実して過ごすことができるそうだ。

確かに定年後はいろいろなことをする時間も増えてきた。仕事の責任がほとんどなくなって気分も楽になっている。

そして、長生きするほどに、人生の黄金期をいくらでの引き延ばすことが可能だとも言う。この一冊からはいろいろな有意義な情報や知識を得られたと思った次第。