「相鉄瓦版」2010.8月号より。
(前日のつづき)
一般的には、同じことを十年も続けてやっていれば、一人前と言われたりもする。高橋さんの包丁を作るという鍛冶職人の仕事も十年で一通りの技術や知識を身につけられる。
しかし、それで一人前かといえば、そうではなかった。意外なことには、二十年目くらいから「分からなくなる」という。まだ十年目くらいでは、「自分はわかってない」ということすら分からないらしい。
実は「分からない」ということに気付くことが本物の職人のスタートだということになる。というのも、以前素材としての鉄を提供してくれている製鉄会社の人が、高橋さんが作った包丁を「どうしてここまで高い硬度の包丁が作れるのか」と驚いたからだった。
ところが、高橋さん自身も分からなかったのだ。機械やコンピューターの計算で作ったものではなく、経験や勘に頼って微妙な力加減で作っているから説明できなかったのだ。
60年以上やってきてもまだまだ分からないことがあるという。だからこそ楽しんでやれると感じているようだ。実にいい仕事と人生を歩んでいることを感じさせる言葉だった。
(前日のつづき)
一般的には、同じことを十年も続けてやっていれば、一人前と言われたりもする。高橋さんの包丁を作るという鍛冶職人の仕事も十年で一通りの技術や知識を身につけられる。
しかし、それで一人前かといえば、そうではなかった。意外なことには、二十年目くらいから「分からなくなる」という。まだ十年目くらいでは、「自分はわかってない」ということすら分からないらしい。
実は「分からない」ということに気付くことが本物の職人のスタートだということになる。というのも、以前素材としての鉄を提供してくれている製鉄会社の人が、高橋さんが作った包丁を「どうしてここまで高い硬度の包丁が作れるのか」と驚いたからだった。
ところが、高橋さん自身も分からなかったのだ。機械やコンピューターの計算で作ったものではなく、経験や勘に頼って微妙な力加減で作っているから説明できなかったのだ。
60年以上やってきてもまだまだ分からないことがあるという。だからこそ楽しんでやれると感じているようだ。実にいい仕事と人生を歩んでいることを感じさせる言葉だった。