日蓮正宗 法華講 正林寺支部

折伏の心得 『而強毒之(而して強いて之を毒す)』
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⑰破門

2008-12-18 | 異流義創価学会破折文書

学会員の主張 

宗門は檀徒作りのため全く根拠の無い破門通告書を送りつけ学会員を切り捨てるという大罪を犯した。

 

法華講員の答え

創価学会は日蓮正宗の信徒団体として存在していたのにもかかわらず、法主上人をはじめ宗門への誹謗を繰り返し、あげくには教義と化儀を改変したのです、宗門から破門にされるのは当然のことでしょう。

 

学会の主張は大きな誤りです。学会員さん、下の文面をよくお読み下さい。

 

 今回の問題は、平成二年十一月十六日の池田大作氏のスピーチが発端です。
昭和五十四年、池田氏は五十二年路線を指導した責任をとって会長職を辞任し、学会が犯した教義逸脱を改め、信徒団体として宗門を外護していくことを日達上人にお誓い申し上げました。その結果、創価学会は、信徒団体としての立場を存続することが許されたのです。
 しかし、今回の池田氏の発言は、過去の過ちに対する反省が見られないばかりか逆恨みをするかのような発言でした。その真意を問うべく宗門より創価学会に対して質問状等を出しましたが、責任者である池田氏からは、口頭・書面のいずれによっても返答はありませんでした。
 それどころか創価学会は、機関誌や組織を使い、連日にわたり御法主上人をはじめ宗門僧侶を誹謗・中傷して一般会員を洗脳し、宗門を攻撃するよう扇動したのです。
 さらに、五十二年度路線ですでに破折されていたにもかかわらず、再び「大聖人直結・御書根本」という邪義を立て、唯授一人の血脈、相伝の仏法を否定する主張を始めました。さらに今回は葬儀等の儀式も独自で行い、宗門から独立するための指導を徹底して行いました。
また創価学会は、宗教法人を取得する際、宗門より提示した、「①折伏した人は信徒として各寺院に所属させること、②当山の教義を守ること、③三宝(仏法僧)を守ること」という三原則を遵守することを宗門に誓いました。しかし今回、この誓いもことごとく破棄されたのです。
 以上のように創価学会は、日達上人に謝罪し誓ったことを平気で反故にし、臆面もなく五十二年度路線を正当化したうえ、宗門に誓った三原則までかなぐり捨て、組織をあげて宗門を攻撃したのです。
 このような組織を、信徒団体として認めることなど到底できません。よって宗門は、創価学会の組織を破門するに至ったのです。

 

 

事実無根のC作戦

 

 宗門はC作戦によって創価学会を破門したと言っていますが、全くの事実無根です。
 平成11年4月21日、長野地方裁判所松本支部は、日蓮正宗の善興寺を不法占拠し続けた離脱僧・吉川雄進に対し、善興寺建物の明け渡しを命じる判決を言い渡しました。吉川は、自ら宗門を離脱したにもかかわらず、不法占拠する理由の1つとしてC作戦を取り上げていました。
 しかしこの裁判の判決で、
「なお、被告(吉川雄進)は、右対立状態に至った原因は、原告(日蓮正宗)の画策実行したC作戦と呼ばれる作戦にある旨主張し、(中略)右主張に沿う部分があるが、これらはいずれも一方的な陳述の類であり、その内容も客観的根拠に乏しく、また、これらを補強し得る的確な証拠もないから、右証拠から直ちに被告の右主張を認めることはできない。」とあるように、司法の場においても「一方的な陳述の類」「客観的根拠に乏しく」「的確な証拠もない」との指摘をもって「C作戦」は裁判上でも否定されています。

 

 

今回の問題に至る学会の複線

 

 創価学会は52年当時、すでに宗門からの独立を企てていました。
 総本山第六十六世日達上人は、このことを
「大石寺の会計も調べる。その会計を調べると云う。大石寺も宗教法人でその年その年に税務署ヘちゃんと会計報告して通っておる。それにも拘わらず、また第三者が来て会計報告まで調べると云うのは、どうも私は意味がとれない。その時に北条さんが云うには、若し調ベさせなければ手を分かつ、おさらばするとはっきり云ったんです。私はびっくりしました。こう云う根性じゃ、これは駄目だと、会計を見せなければ自分から、正宗から手を切ると云うのである。」(昭和49年7月27日「宗門の現況と指導会」於 総本山大講堂大講義室)
と述べられています。
 また、昭和49年6月18日付の『北条文書』には、「宗門の件」として、
「長期的に見れば、うまくわかれる以外にないと思う。(中略)やる時がきたら、徹底的に斗いたいと思います。」
と、宗門から独立せんとする創価学会の謀計が記されております。
52年路線は池田氏の会長辞任と「お詫び」で収束しましたが、平成2年11月16日の第35回本部幹部会において、池田氏は、
「五十周年、敗北の最中だ。裏切られ、たたかれ、私は会長を辞めさせられ、ね。もう宗門から散々やられ、正信会から。馬鹿にされ、そいでその上北条さんが『もう、お先まっ暗ですね』『何を言うか、六十周年を見ろ。もう絢燗たる最高の実が、六十周年が来るから元気だせ』会長だから、これがよ。私は名誉会長だ。『そうでしようか』馬鹿かー」
と発言し、また森田一哉氏は、平成3年3月18日の杉並ビクトリー勤行会において、
「十年前は堂々とできなかった。一言も言えなかった。それで失敗しましたんで、今度は堂々とやっている」
と、昭和52年路線当時と現在を対比して発言しています。
 このような発言をみるとき、学会の昭和52年路線の反省は全くの欺瞞であり、宗門からの独立の野望をそのまま密かに懐き続け、機会を窺っていたとしか言いようがありません。

 したがって、学会が「宗門は学会を切った」と言うのは、一般会員の目を真実からそらす以外のなにものでもないのです。学会員の皆さん。真実を知って1日も早く正しい信心に立ち返って下さい。


 

1991.11.7付 解散勧告書 PDF書類をダウンロード(48K)
1991.11.28付 破門通告書 PDF書類をダウンロード(24K)

 

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