日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

第六十七世日顕上人御事蹟

2020-09-04 | 御住職指導

正林寺御住職指導(R2.9月 第200号) 

 

 令和元年(2019)9月20日、総本山第67世日顕上人は御年96歳をもって御遷化あそばされ、令和2年9月20日には第1周御忌をお迎え申し上げます。第1周御忌法要は新型コロナウイルス感染防止のため総本山では代表者のみにて奉修されます。

 日顕上人の御事蹟について、御法主日如上人猊下は御本葬の砌に「歎徳文」を奉読の折、御披露あそばされました。また、日顕上人初七日忌御題目講の折、八木日照御尊能化より「追憶談」を遺弟代表の御立場から、御師範日顕上人をお偲び申し上げられました。
 『大日蓮』「奉悼特集号」に「御履歴」(第886号P83 R1.12)として奉載され、「追憶文」も掲載されました。『大白法』には「御本葬特集号」(第1015号 R1.10.16)に奉載され、『妙教』にも「奉悼特集」(第327号 R1.12)として偲ぶ様子を奉載されました。また「暁鐘別冊号」として『寂光』(第586号)の奉悼特別編集にも日顕上人を偲び奉り、常随給仕申し上げられた諸尊師の貴重な特別寄稿が掲載されています。
 さらに、日顕上人の御当職中と御引退後の御教導、御葬儀の様子が収められた写真集「御教えを胸に刻んで」が出版されました。

 日顕上人は、昭和54年(1979)7月、御先師日達上人のあとを紹継あそばされて(大日蓮 第403号 S54.9)、御登座以来、27年にわたり一宗を御統率あそばされ、一天広布を目指し、僧俗一同に対し親しく御教導くだされました。謹んで御報恩謝徳申し上げます。
 御在職中は、特に、正信会問題(大日蓮 第427号 S56.9)、また創価学会問題(大日蓮 第540号 H3.2)に対しましては、宗祖日蓮大聖人、第二祖日興上人以来の本宗の血脈相伝に基づく宗是をもって厳しく対処され、正邪を警醒された御英断に対し奉り、法華講の皆さんは心から感謝申し上げることが大事です。

 さらに、宗祖日蓮大聖人第700遠忌(大日蓮 第429号 S56.11)をはじめ、地涌6万大総会(大日蓮 第582号 H6.8)、宗旨建立750年慶祝記念特別大法要(大日蓮 第676号 H14.6)等を奉修あそばされ、奉安堂建立(大日蓮 第681号  H14.11)、客殿再建(大日蓮 第627号 H10.5)をはじめ山内の整備を計られました。一方、東京に富士学林大学科(大日蓮 第508号 S63.6)を設立され、御尊体を教壇にお運び下さり、当家甚深の御法門である「三大秘法義」を御講義あそばされるなど、未来広布の竜象育成のために、親しく御教導あそばされました。
 また『寿量品説法』をはじめ、『観心本尊抄講話』『百六箇種脱対見拝述記』等を著され、「此の経は相伝に有らざれば知り難し」(御書92)と「極理を師伝」(御書1884)された当家甚深の御法門を御教示賜りました。

 そして、毎月第1日曜日の広布唱題会(大日蓮 第684号 H15.2)は、日顕上人の御発案のもとに行われるようになりました。支部総登山(大日蓮 第552~3号 H4.2~3)も、日顕上人の御発案によります。
 日顕上人は御退座1ヶ月前の広布唱題会の砌に、
「過去遠々劫以来の我々の謗法罪障は、今日の我々一人ひとりの命に具わっております。これを浄化していくためにも『是好良薬』を正しく拝し、受けて、これを行っていくこと、すなわち唱題行が大切であります。」(大日蓮 平成17年12月号 第718号)
と御指南であり、広宣流布を御祈念させて頂く広布唱題会には、是好良薬を身口意の三業にわたり唱題の功徳により謗法罪障は消滅され浄化されていきます。

 平成17年(2005)12月12日、血脈相承を第68世日如上人へ法燈を譲られ、同月15日に管長推戴会議を経られて本宗管長の職に就かれました。(大日蓮 第719号 H18.1)
 御退座後も血脈の不断に備えられた御立場から、平成時代まで宗門の僧俗を温かく見守りくださいました。

 徒弟の末席に加えさせて頂いた拙僧は、所化学衆の頃、日顕上人の謦咳に触れて賜った心に残る御言葉に、「正直」(法華経124)の二文字があります。日顕上人の徒弟でいらっしゃる諸尊師の心の中にも残り心の財ともなる「正直」との御言葉であります。
 この「正直」について、日顕上人は「第二十六回寺族同心会大会の砌」に、
「宗門の将来を担う者は何といっても現在の学衆であり、あるいは白衣小僧、衣小僧であります。こういう者達を本当に正しく訓育していかなければ、宗門の将来はまことに寒心の至りということにもなるのでございます。
 私は既に何回もあらゆる機会にお話しを申し上げておりますが、この所化、小僧等の訓育の最も基本の精神としては、法華経に『正直捨方便』とある、その『正直』ということを徹底して述べております。(中略)私はこれからの社会に日蓮正宗の僧侶として立っていく上において、どんなにだまされても、そのために悪人から足をすくわれても、そんなことは構わないと思うのです。そうしても、こうしても這い上がり立ち上がって正法、正義を本当に正しく持っていくところの僧侶が数多く出来て、それが本当の異体同心の団結をもつところに、大聖人の御理想たる世界広宣流布の本当の力が顕われてくると私は思うのでございます。」(大日蓮 昭和59年7月号 第461号)
との、御言葉であります。末法時代は有作ではなく、無作であり本未有善であるがゆえに宿縁深厚を重んじ下さった、厳しくも世界広布を見据えられ「仏宝・法宝は必ず僧によりて住す」(御書268)との御指南に秘められた令法久住のため、若き竜象に期待あそばされた日顕上人の御言葉と拝します。
 若き竜象の大切な学び舎は「蘭室の友に交はりて麻畝の性と成る」(御書248)との場所である、竜象が輩出される大石寺の大坊であり、富士学林大学科であります。大坊では諸先輩から薫陶を受けて、山法山規を身口意の三業にわたり僧侶としての振る舞いを身に付け、大学科では「信行学」を錬磨していく大事な学び舎となります。
 その学び舎は、宗開両祖の御在世当時を重んじ下された、門弟の育成・談所(学問所)に存すると拝します。まさしく、末法に相応しい「富山(ふさん)の蘭室」(六巻抄143)であり「富山の竜象」といえるでしょう。
 御信徒の方には、所化・小僧さんに接する時には礼儀(マナー)があります。第二祖日興上人は『日興遺誡置文』に、
「若輩(じゃくはい)たりと雖も高位の檀那より末座に居(お)くべからざる事」(御書1885)
と御指南であり、第九世日有上人は『化儀抄』に、
「貴賎道俗の差別なく信心の人は、妙法蓮華経なる故に、何れも同等なり然れども竹に上下の節があるがごとく其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」(聖典973)
と御指南であります。富山の竜象である所化・小僧さんに接する時、御信徒の方には礼儀正しく九思一言を心がけ粗暴な言動は慎みます。その礼儀正しい振る舞いが六根清浄の功徳を積ませて頂く貴重な仏縁となり一生成仏へとつながります。また十四誹謗に注意するため「若実若不実(にゃくじつにゃくふじつ)」(御書1047)を心得ることが大事です。上から目線の言動は厳に慎むべきであり、顕正会員が主張する「無智・無道心(無行)」などとの発言は言語道断であります。
 大聖人は『出家功徳御書』に、
「身は無智無行にもあれ、形(かたち)出家にてあらば、里にも喜び、某(われ)も祝著(しゅうじゃく)たるべし。」(御書1372・拡大版下巻1372)
と、さらに『新池御書』には、
「僧をも恭敬せず、供養をもなさず、自慢して悪見をなす。これ恐るべし、恐るべし。」(御書1457・拡大版下巻1457)
とも御指南であります。
 些細なことでも依正不二の原理となる法界(五陰・衆生・国土)へ影響するため弁えることが大切です。はたして、台風10号(ハイシェン)等の発生は、仏法的に何が原因しているのでしょう。
 富山の竜象である所化・小僧さんのなかには、すでに「仏宝・法宝は必ず僧によりて住す」と御指南である末法万年尽未来際を見据えられて、未来の御法主上人猊下が令法久住のために控えられて御座すとの、法華講員の心得として堅持することが重要です。その心得を堅持させて頂くところに、血脈の尊崇と外護の精神が養われていき、一天四海広宣流布への盤石な僧俗一致・異体同心があります。
 また富山の竜象である所化・小僧さんは、さらに修行を重ねて教師となり、やがて末寺の住職・主管として赴任地で御信徒とともに僧俗一致・寺運興隆に努めていきます。その末寺においても大事な心得があります。大聖人は『秋元殿御返事』に、
「師檀となる事は三世の契(ちぎ)り」(御書335)
との御指南を、よくよく寺院外護の上から拝すべきです。それは寺院の住職(師)が、初代から始まり2代3代と続いていき、10代20代~100代と末法万年尽未来際まで寺院外護の意識を堅固するためには肝心な法華講員の心得であるからです。御信徒(檀)の立場において住職との因縁は、凡智では計り知れない三世にわたる御縁があります。
 日蓮正宗の住職として拝命させて頂くには、必ず富山の竜象である所化・小僧さんの時期を修行した僧侶が寺院の住職として、時の御法主上人猊下より辞令を賜り、地域広布のために精進されます。

 まさに、日顕上人におかせられては、宗内僧俗に対し、甚深の御慈悲を垂れ給い、種々御教導くだされましたことに対し奉り、心から深謝申し上げますとともに、その広大なる御恩徳に報い奉るため、僧俗一致・異体同心して、なお一層の自行化他にわたる信心と令法久住・広宣流布に励むことが肝要であります。

 去る8月29日、慶祝記念局常任委員会におきまして検討がなされ、御法主日如上人猊下の御裁可を賜り、9月7日(月)から12月15日(火)まで「百日間唱題行」を実施することになりました。
 実施される目的は、宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年における「法華講員八十万人体勢構築」の御命題達成を目指して、宗内全僧俗が寺院あるいは各家庭において、1日2時間の唱題を百日間行ない、その功徳と歓喜をもって、コロナ禍や異常気象による災害など眼前に立ち塞がる数多の難局を乗り越え、折伏の大前進をはかるために行われます。
 趣旨をよく理解されて寺院での参加を希望される方は、御来寺の際には「新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」を遵守していただき、健康に不安のある方、体調の優れない場合は参詣を控えられ、御自宅で唱題を行われますようお願いいたします。
 日顕上人の第1周御忌の月から唱題行が実施されますことに際し、実施される目的と同時に、未来広布を御祈念させて頂き、是好良薬を身口意の三業にわたり唱題の功徳により謗法罪障も消滅させ浄化させて頂くことができるように精進しましょう。
 さらに、竜口法難から750年になり、大聖人が発迹顕本あそばされて御本仏の御振舞へと御化導を移行なされてから750年経過する重要な月でもあります。「百日間唱題行」では、大聖人の御振舞に対し奉る御報恩の一念心をも堅持させて頂き、末法万年尽未来際まで正法厳護の意識を心肝に染めましょう。
 正像二千年時代が過ぎて、末法時代に入り968年が経過しました。32年後は末法に入り1000年になります。その先の2000年・3000年~9000年乃至末法万年尽未来際まで時の御法主上人猊下に信伏随従申し上げる信行に、異流義(創価学会・顕正会等)と一線を画す、法華講衆の確固たる揺るぎない信心があります。その確固たる揺るぎない信心には、富山の竜象である所化・小僧さんと接する時に法華講員の心得が大切になります。それが「竹膜を隔つ」(御書655)、つまり「竹に上下の節があるがごとく其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」であります。
 「常住此説法」との御本仏の御振舞は、末法万年尽未来際まで御化導あそばされることを拝し奉ります。その御振舞は出世の御本懐として本門戒壇の大御本尊が在す御姿となり、三宝一体との重要な意義が存します。さらに、大聖人は『生死一大事血脈抄』に、
「過去の生死・現在の生死・未来の生死、三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云ふなり」(御書514)
と御指南の如く、大聖人から日興上人へと受け継がれた唯授一人の血脈相承(法華の血脈相承)により、大御本尊の冥の照覧による御威光に照らされて絶対に断絶することなく、末法万年尽未来際までも一切衆生を救済するために、信仰の寸心を改めて尊崇申し上げられるところ、三世間の浄化・仏国土実現と真の広宣流布があることを確信するものであります。
 最後に、日顕上人の「正直」(法華経124)との御言葉には、法華経流布の末法万年尽未来際を見据えられた大事な意義が存することを改めて拝し奉ります。

 

宗祖日蓮大聖人『日女御前御返事』に曰く、
「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり。以信得入とは是なり。日蓮が弟子檀那等『正直捨方便』『不受余経一偈』と無二に信ずる故によ(因)て、此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり。たのもしたのもし。如何にも後生をたし(嗜)なみ給ふべし、たしなみ給ふべし。穴賢。南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤も大切なり。信心の厚薄によるべきなり。仏法の根本は信を以て源とす。」(御書1388)

 

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