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「いまじん 想像する」 言葉と心

2020-02-01 16:38:56 | homo - 人間
いまじん
想像する

土の下の世界
水、虫、菌、根っこ・・・・・・・
根を茎を伝って水!が葉っぱに達する、太陽の光を受ける、そのエネルギー使って光合成!する。今、俺の首元を照らして身も心もちょっと温めてくれてるこの太陽エネルギーを使って、葉緑体先輩は分子の構造大手術!を行なって、有機物を合成してしまう!水と二酸化炭素と光エネルギーから!

こういうのを自分で触って体験したわけでもないし、見たわけでも聴いたわけでも無いけれど、言葉や図から僕らは学びました。抽象化された情報を通して。

エッセンスを抽出して簡略化して表現する

「葉緑体」「光合成」「DNA」「細胞分裂」「窒素同化」「分解」「呼吸」「アポトーシス(細胞の自死)」

言葉は抽象化する、記号化する。
記号化の力はすごい。
複雑怪奇で表現不可能な出来事を簡略化して、そこに含まれる関係や仕組み、動き(デュナーミク 笑)をシンプルに考えたり理解する助けになる!

と、ともに、本物の体験・感覚が持つ生々しさは、その言葉を用いる各自の想像力や意識や気分に応じて再現される。そうはいっても「光合成」とか「DNA」とか直に体験することなんて、できそうも無いけど(「万物の声をきく」というゴール・D・ロジャーさんやヴィパッサナーの先生とかなら出来そう)。

誰かが既に噛み砕いて簡略化してくれた情報(本とかテレビ)とかから僕らは色んな知識を得るけれど。でも、「ゴキブリは怖い」という思いを持つよりもずっと昔の小さい頃に、「なんか動く黒いやつ」を見つけて、手でつかんで眺めたりして確かめていた子供の頃が誰にもあったかもしれない。剃刀の刃先をつかんで血まみれになったり、崖を這いつくばって登って枝が手のひらに突き刺さって恐れ慄いたり、サボテンの葉っぱを食べて嘔吐したり、鼻の穴にビービー弾を詰め込んだりして存在を確かめていた子供の頃がきっとあったに違いない。

言葉にしてしまう前に、生の感覚を大切にしよう。
言葉で受け取って了解してしまう前に、自分で感じて考えて確かめてみよう。
「世界を自分の体で確かめなさい」って五十嵐大介の『魔女』が言ってた。

算数はめっちゃ得意だけど、詩の宿題は一行も書けずに途方に暮れた頃を思い出しつつ。だって、「詩」って何?感じたことって何?思ったことって何?ってなるし! 言葉と心がまだつながってなかったのか。それとも、今の自分があまりにも、安易にいい加減に、心を表現する言葉を選びすぎている気はする。「あれもやらなきゃこれもやらなきゃ」っていつも思って「忙しい」から。星の王子さまに「あんたなんて人間じゃなくてキノコだよ」って怒られる。星空も見上げず
花も愛でずに暮らしていると。

言葉の世界への出口をもたない感覚や感性があるなら、そんなものは大切にしたい!


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映画『円卓』めっちゃ良かったなー。「いまじん」。「想像する」。こんなに優しい映画を見られて良かった。俺は優しいと感じた。
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