福谷章子のまちづくり

さまざまな役割を持ちながら暮らす中で、日々出会い触れ合う人々、街、文化、自然、出来事についてつづります。

一般質問週間

2010年09月14日 | 一般質問

 千葉市議会。先週の金曜日から始まった一般質問が、今週はずっと続きます。今回は19人が登壇し、今日(14日)で12人が質問を終えました。

私の質問は、16日木曜日の午前10時からです。

今回は、一人一人の市民が意思を持って活躍できるような社会になってほしい、という思いに基づいて質問をします。

        

 そのためには、市民のもとに行政情報が正確に届いているか、市民の声が届くチャンネルは豊富にあるか、職員と市民とが協働できる仕掛けや場面はあるか、子どもたちを市民として育てていく気概があるか・・・という点について、検証したいと思っています。

 ソーシャルメディアの活用についても、ややしつこく取り上げます。            

      

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新たな担い手づくりのために

2010年07月07日 | 一般質問

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今年は民生委員の一斉改選の年ですが、地域ではなり手がみつからないという声をたびたび耳にします。

千葉市の民生委員の数は、決して多いわけではなく、むしろ増員が望まれるほどですが探しきれないというのが現実。

担うべき仕事も地域福祉全般にわたり、際限がないように見えます。

特に、地区部会の事業などの中心的な担い手となっている状況をみると、果たして本当に困っている一人一人と向き合っている時間はあるのだろうか・・・などと気になるほどの奔走ぶりです。

       

子どもや高齢者への虐待、自殺、孤独死、DVなど今日的な問題への対処はアプローチが難しく、公がどんなにアンテナを立てていても情報は拾いきれません。

地域での中間的な共同性が求められる領域です。

この部分は、過去には自然に存在した部分ではなかったかと思うのですが、今ではすっかり失われ、こここそが新たな公共領域として注目されている部分ではないかと、私自身はひそかに感じています。

福祉分野に限らず、公共領域の顔の見える担い手探し、担い手づくりが今後の課題ではないでしょうか。

       

千葉市では地域福祉計画が策定されて5年目となり、地域における福祉の担い手の顔がさまざまに見えてきても良いはずですが、それがなかなか増えないのはなぜでしょうか。

社会的にも個人化が進展し、個人情報保護への過剰な反応も相まって個々人が分断され、本当に困っている人にアプローチできないという構造的な問題が根底にはあるように感じます。

一方、現実には地域でさまざまな取り組みが行われ、地域福祉といっても主体(関係者)はさまざまです。

たとえばボランティア活動も、生涯学習センター、市民活動センター、ボランティアズカフェ、社会福祉協議会のボランティアセンター・・・と、さまざまな部署で集約しています。

そこで、新たにできた市民自治推進部では、この情報を一元化してデータベースを構築する準備を進めています。

また、ボランティアの受け手と担い手とを結び付けるコーディネーターの養成など、さまざまな支援について検討する・・・ということです。

情報のプラットホーム化は大切です。

と同時に、現代社会に欠けている生身の人同士のふれあいの場、さまざまな担い手が出会える場づくりがもっとひつようではないかと感じています。

      

本日の樹木 我が家のベランダのオリーブ

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区行政に軸足を 市民と協働でつくる公共性

2010年07月06日 | 一般質問

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各区にある区役所。

耳をそばだててみると、区役所は「市役所」と呼ばれることがしばしばあり、それほどに立派な施設なのです。

さらに、保健福祉センターも各区に揃い、千葉市の区行政をつかさどる施設は盤石です。

あとは、中身の問題。ひたすら熟成させていくのみ!です。

     

区役所機能、区長権限、区の独自予算については今までも質問に取り上げてきましたが、少しずつ区の意思を反映させるような取り組みが始まっています。

大きなものは現在策定している基本計画。

ここには区計画もありますが、その計画を各区で作っていこうという取り組みが始まりました。区民検討会です。

団体代表(これは従来とあまり変わりなし)と公募市民数名とで区の基本計画についての検討が始まっています。

市の基本施策との兼ね合いもありますが、各区の特徴ある区の基本計画ができるといいなあと思います。

     

さらに、区民対話会という新たな事業も各区で始まります。

若葉区ではすでに開催され、安全安心をテーマに意見交換がされたそうです。

区民対話会は広聴機能を充実させるためのものですが、広聴とはそもそもより良い施策づくりのために市民意見をしっかり聞いていこうというもの。

一方、意見を述べる市民も自己中心的な立場から一歩も譲らず個人的な課題に終始するのであれば、公共が担うべきことでは無くなりますから、そこは市民意識を持って臨むことが求められます。

いや、初めは持っていなくても、関わりの中で気づいていくこともあり得ます。

初めは個人的な問題意識から出発しながら、共通点を見出し、互いの立場を理解し合い、相乗効果でより良い施策が生み出される・・・とうような公共性が、区民対話会で生れ出るのではないかな・・・と期待しています。

子どもたちのワークショップでは、常にこの現象が起きるから。

そのためには、ファシリテーターの力量が問われます。

実は、自治体の職員にはファシリテーション力とコーディネート力が今後必要になってくるのではなかろうか・・・と私は感じています。

        

それはさておき、区民対話会今年は各区2回程度の開催を予定し、区長が区の特色ある分野をテーマに選び、区ごとに開催形式も工夫していくそうです。

対話会での提案や意見は区の自主事業に役立てたり、本庁の所管局と連携を取って市の施策に反映させたりと、出来る限り市民意見を活かした事業展開に努めたい、とのこと。

是非とも、提案から実現に至るまで、あるいは実現に至らなくても、そのプロセスと原因がしっかり見えるような仕組み作りをしていきたいですね。

であれば、参加した市民も当事者意識をしっかり持つことができると思います。

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子ども手当 賛成か反対かの二元論を超えて  

2010年07月05日 | 一般質問

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千葉市では6月11日に支給をした子ども手当

15歳以下のお子さん一人当たり13,000円は、無事にお手元に届きましたか?

バラマキ的胡散臭さはありながらも、子ども手当のおかげで千葉市の子ども関係費は高齢者関係費を上回りました。

ああ、こんな形で上回るなら、もっと公費で優先すべき事業があったのに、国の政策なので断れないし、ましてや市民一人一人のお財布に入るものを、他人がガタガタ言うこともはばかられます。

でも、やはり制度的におかしいような気がする・・・と、質問に取り上げてみました。

         

千葉市の子ども手当の総額は約180億円

所得制限なしですから、今までの児童手当とは異なり福祉的政策ではない。

ましてや社会保障ではない。

子どもの豊かな育ちに使えと言われても、そう使える人と、まずは子どもが生きるために使わざるを得ない人とがいるわけですから、この時点で不公平。

よって、富の再分配でもない。

だったら本音は経済効果を狙ったのかな?と思いきや、どうやら将来に向けての貯蓄に回す傾向が強そうで、このもくろみもハズレです。

基礎自治体としては、労多くして持ち出しもあり、ミスも誘発するという鬼っ子

ちなみに千葉市は19億円の負担ですが、この額は子どもルームの1年間事業費に相当する額です。   

保育料や給食費をもしも滞納していたら、その中から優先的に払ってね・・・とお願いするのも自治体は恐る恐る。

当然です。個人に配られたものの使い方は個人にゆだねるしかありません

しかし、法律には受給者の責務たるものが規定されています。

ということはこれはひも付き補助金?

というように、何だか腑に落ちない制度なのです。

       

ところで、当初の予定では26,000円のはずが、今年は13,000円。

財源を心配する声が初めからあったように、今のところ26,000円の支給は難しそうで、その代わり保育所を増やすとか何とか。

一方で23年度から15歳以下の扶養控除は無くなり、24年度には地方税の控除廃止分は自治体の増収になります。イコール増税です。

増税と言えば、消費税10%論議もあり、こちらは子どもて手当に関係ないといえども、国全体の財源不足に基づく議論であり、本当に無駄遣いではないの?という疑義はぬぐいきれません。

さらに、昨年12月に4大臣合意なるものがあり、地方税の控除分を子ども手当に振り向ける・・・などという目論みもあり、大きなお世話、地域主権に反するのではないの・・・・?

という立場で質問をしました。    

千葉市としては、「平成22年度における子ども手当の支給に関する法律」に則って粛々と支給する以外に無いわけで、答弁は予想の範囲内です。

    

さて、この質問を傍聴された方から、子ども手当に反対のように聞こえたけれど、賛成なのか反対なのか?

と尋ねられました。

賛成か反対か、大事なのはそこだけでしょうか

賛成にしろ反対にしろ、制度や仕組みについて公の場でわかりやすく明らかにし、市民の皆さんが判断できる材料を提供するという役割が、議会にはあると考えます。

だから、アレコレシノゴノ言い立てて、その上で、今のような制度はやっぱりおかしい、このままでは反対だと私は思うわけですが、みなさんはいかがでしょうか。

「判断は議員さんにお任せ」の時代は終わりつつあります。

一人ひとりの市民意識の芽生えに議員としてはどのような貢献ができるか、市民としては公共領域にどんな関与が出来るか

子ども手当一つを取り上げてみても、考えるべきことはたくさんあります。

    

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