2003年4月1日。浩介出発前日。
まさか桜井浩介先生が、恋人である渋谷慶さんに、ケニア行きのことを話していない、なんて露程にも思わなかった泉&諒カップル。
なんの他意もなく、慶の勤務先の病院に「明日、桜井先生の見送りに行きたいので、出発時間教えてくださーい」と聞きにいってしまい……
かーらーの、泉君視点。
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渋谷さんの病院に行った帰り。タイミングよく並んで座れた電車の中で、
「オレ達……もしかして、とんでもないことしちゃったかな……」
と、諒がボソッといってきた。
「そんなことはない! オレ達は絶対良い事をした!」
言い切って、腿をさすってやると、諒の頭がコンッとこちらの頭に落ちてきた。
「渋谷さん……どうしたかなあ……」
「そうだな……」
顔面蒼白になった渋谷さんを思い出し、胸が痛くなってくる……。
渋谷さんは、桜井が学校を退職したことも知らなかった。
はじめはオレ達の冗談だと思っている様子だったけれど、昨日、バスケ部で行われたお別れ会での写メ(花束を持っている桜井とバスケ部の子たちの写真だ)を諒が見せると、ようやく本当のことだと信じたらしく、みるみるうちに顔が白くなっていき……。
でも、廊下の先の何かに気が付いて、ハッと顔を上げた。そして、
「教えてくれてありがとう」
それだけ言って、すごい勢いで走っていってしまった。
「よしむらっ!当直代わってくれ!」
「えええ?! せっかく帰ろうと思ったのにー」
廊下の先から聞こえてくる声。カバンを肩にかけた、明らかに帰る雰囲気の女性を呼び止めている。
それから、渋谷さんはこちらを一度もみることなく行ってしまったので、オレ達も帰ることにしたんだけど……
「桜井先生、どういうつもりだったんだろう? 何も言わないで行こうとするなんて……自然消滅狙ったってことかな」
「そんな無責任なことするタイプじゃないと思ったのになあ……」
うーん……と唸っているうちに、最寄りの駅に着いた。二人で歩道を並んで歩く。
いつものように腰に手を回すと(腰に手を回すのは、男同士のスキンシップとしてアリ!としている)、その手を上からぎゅっと握られた。
「諒?」
いつもは人目を気にして、手を繋ぎたい場合は引っ張りあいをするみたいに繋ぐようにして、こんな風に手を触れることは家まで我慢するのに……
「どうし……」
「オレ達は大丈夫だよね?」
「…………」
振り仰ぐと、諒の不安そうな目があった。
「やっぱりオレも優真と同じ大学受ければよかった」
「またその話か……」
この4月から、諒は美容師の専門学校へ、おれは横浜の大学に進学するのだ。小学校・中学校・高校、と12年間同じ学校で、今回初めて違う学校に通うことになるので、諒はこないだからずっと文句を言っている。自分から美容師になるって言い出したくせに………
「だって心配だよ」
「何が」
「優真が浮気したらどうしようって……」
「しねーよ。ばーか」
少し背伸びして、こん、と頭突きしてやる。
「んなこと言ったら、お前の方がよっぽど危ないだろ。美容師の専門学校って女の方が多いし。女喰いの高瀬の血が騒ぐんじゃないのか?」
「…………なにそれ」
ムッとしたように、諒は頬を膨らませると、オレの手を腰からはがして、きゅきゅっと絡めるように手を握ってきた。
「おい、諒……」
夜だから人通りは少ないとはいえ、車はわりとしょっちゅう通り過ぎる。家の近所なのに、誰かに見られたら……
「諒、ちょっと……」
「優真」
オレの咎めも気にせず、諒は目を三角にすると、
「オレは彼氏いるって宣言するからね」
「へ?」
彼氏?
「え、彼氏って……」
「わりと理解のある業界だっていうからさ、はじめからカミングアウトしようと思ってるんだ」
「へえ。それは………」
いい、と言いかけて、はた、と気がつく。それで男から言い寄られたらどうすんだ!
「待て! ダメだ!」
こんな美少年(青年?)、誰も放っておかないぞ!
「え、なんで?」
パチパチと瞬きをした諒。可愛すぎるオレの諒。そっちの方が心配だ!
「そっちのがダメだろ!」
「ええ? 女の子寄ってこなくなるし、良い案だと思うんだけど?」
「いやいやいや、女の方が扱い慣れてる分、むしろいい気がする」
さんざん女遊びしてきたからな、こいつ。でも、男はオレだけだ。
「そんな宣言して、男に強引に来られたりした方が……」
心配して言ってるのに、諒は呑気に、あはは、と笑うと、
「えー大丈夫だよ。こないこない」
「いや、くる!」
「こないよー」
「だから……っ」
その呑気さにイラッとする。
「くるっていってんだろっ」
「大丈夫だって。オレ、背高いし……」
「は!?」
何言ってんだ!
「バカ!背なんか関係ないだろ!」
「え」
「…………あ」
思わず本気で怒鳴ってしまって、我に返る。
こんな風に怒鳴るなんて………、まずい。諒、固まってる。こわかったよな、オレ……
まずい、まずい……
「あの……諒……」
何とかフォローしようと、諒の腕にそっと触れる………、と、
「優ちゃ~~~ん❤」
「わわわっ」
諒がいきなり抱きついてきた。語尾にハートがついてる。
「な、なんだよ!」
「だってだって~~」
ぎゅーぎゅーとしてくる諒。甘えるようにオレの首に鼻をこすりつけてくる仕草、昔から変わらない。諒は引き続き興奮したように言う。
「優真、今、背なんか関係ないって!」
「は?」
「関係ないって言った~❤」
「…………」
そりゃ言ったけど……
諒は背が高い。185センチある。オレは結局、175センチで止まってしまった。もしかしたら、これから少しは伸びるかもしれないけれど、185になることはないだろう……
そんな複雑な思いのオレの耳に諒のはしゃいだ声が聞こえてくる。
「ね?関係ないよね?関係ないよね!?」
「…………」
関係な…………くはない。
今でも、出会った頃のように諒よりも背が高くなりたいと思っている自分がいる。
でも………
「…………そうだな」
「うん!うんうんうん!」
諒は嬉しそうにうなずくと、オレを引っ張るように歩き出した。付き合いはじめの頃からしている「男同士でも変に思われない手の繋ぎ方」。
その温もりを感じながら、強く思う。
男とか、背が高いとか、そんなのは関係ない。諒だから、好き。諒だから、一緒にいたい。それは、ずっとずっと変わらない……
「桜井先生も言ってくれたんだよね」
諒が、ふと思い出したように言った。
「背の高さは関係無いよって」
「…………そうだったな」
オレ達に色々なことを教えてくれた桜井。男同士とか、背の違いとか、そんなこと何も問題なく、二人セット、みたいにお似合いだった渋谷さん……
「ホントに別れちゃうのかなあ、あの二人……」
「大人の考えることは分かんないな」
「ね」
諒が歩みをゆるめたので、今度はオレが引っ張って歩き出す。
「優ちゃん」
「ん?」
振り返ると、出会った頃と同じ、頼りなげな瞳の諒がいて……
「オレはずっと、ずっと、ずーっと、優ちゃんの後、くっついてくからね?」
「…………」
「だから、ずーっと、手、繋いでてね?」
「…………」
諒…………
ぎゅっぎゅっぎゅっと手を握り返す。
「任せとけ。オレについてこい」
「ん」
ふわりと笑った諒……
ずっと変わらない、オレの大好きな笑顔。
「大好きだよ、諒」
「ん、大好き。優ちゃん」
我慢できなくて、道端にも関わらず、頬にキスすると、諒はくすぐったそうに笑ってくれた。
それから2週間ほど後。
バイト先である実家の和菓子屋で、閉店準備をしている最中のことだった。
「ああ、良かった。泉君」
「え……」
涼やかな声に顔を上げると、こんな古びた店には似合わない涼やかな男性が、立っていた。
「し……ぶやさん」
「前に浩介がここのどら焼き買ってきてくれたことがあって……」
渋谷さん……柔らかい笑顔……
「どら焼き、ある?」
「あ…………はい」
「2つ、いいかな?」
「あ……りがとうございます」
いつもはこの時間には売り切れていることの多いどら焼き、今日に限ってちょうど2つ残っていた。なんだか渋谷さんに買われるために残っていたみたいだ。
お金を受け取った後、無言でどら焼きを包んでいたら、
「こないだはありがとうね」
聞き取りやすい声が、シンとした店内に響いてきた。
「おかげで、ちゃんと送り出せた」
「………………」
送り出せた?
別れた、ではなく、送り出せた……
余計なこと、と分かっていながらも、思わず聞いてしまう。
「あの……渋谷さんはそれでいいんですか?」
「え」
綺麗な瞳をパチパチと瞬かせた渋谷さん。
桜井、どうしてこんな綺麗な人を置いて行っちゃったんだよ……
「桜井先生、一人で行っちゃって……、それでいいんですか?」
「…………」
ジッと見ていたら………渋谷さんは、ふっと笑顔になって、うなずいた。
「うん。いいんだよ。……お互いね、一人前になりたくて」
「は?」
一人前??? もう大人なのに???
「だから、少し離れて………それぞれで頑張ることにしたんだ」
「……………」
意味がわからない………
一人前も意味わかんないけど、離れる理由がまったく分からない……
「オレは離れるなんて考えられないけどな」
つい、本音が出てしまう。
オレは諒と離れるなんて絶対にできない。諒だって、そんな選択だけは絶対にしないだろう。
すると、渋谷さん、ふっと寂しげな瞳になった。
「………おれも、考えたことなかったよ」
「え………」
差し出したどら焼きの袋を大切そうに胸に引き寄せながら、渋谷さんはポツリと言った。
「前にこのどら焼き食べた時みたいな幸せな時間が、ずっと続くと思ってた」
「…………」
確か、桜井がどら焼きを買いに来たのは、去年の今頃……渋谷さんの誕生日だって言ってたな……
「でも、結局のところ……おれがあいつに甘えすぎてたから……」
甘えすぎ……?
「自分のことに手一杯で、あいつがそばにいてくれることを当然と思ってて……」
「……………?」
そばにいるなんて当たり前じゃん……
「あいつが色々考えてたことも、全然気がついてなくて……だから、あいつは何も言わずに行こうとしたんだよ」
「………………」
まったく意味がわからない……
黙っていたら、また、渋谷さんがふわりと笑った。
「でも、泉君達のおかげでちゃんと話せたから……。だから、お礼を言いたくて」
「………………」
「本当にありがとう。どら焼きもありがとね」
渋谷さんはゆっくりと頭を下げ、店の外に向かっていった。
「………………」
その凛とした後ろ姿……、その横に桜井の姿が見える。
二人が離れた理由は、まったく、全然、一ミリも理解できないけれども、一つだけ分かったことがある。
渋谷さんの隣には、今も桜井がいる。きっと、桜井の横にも、渋谷さんがいるんだろう………
「…………渋谷さんっ」
思わず、呼び止める。キョトンとした渋谷さんに、強めに言い放ってやる。
「渋谷さんと桜井先生、そのうちまた、一緒にいられる日がくると思います!」
「……っ」
渋谷さんは、ビックリしたように目を見開き……それから、くしゃっと笑った。
「うん。おれもそう信じてる」
軽く手をあげ、店から出ていく渋谷さん……。どんな気持ちであのどら焼き食べるんだろう……。
なんだかいたたまれない………
「…………優ちゃん?」
「あ……」
入れかわるように諒が店に入ってきた。
進学して会える時間が減ってしまったので、少しでも増やそうと、諒は帰りに店に寄ってくれているのだ。
「今、出ていったの、渋谷さん?」
「ああ」
「なんか言ってた?」
「ああ、あの………」
さっきの渋谷さんとの会話が頭の中をぐるぐる回りはじめる。
一緒にいるのが当然。そう思ってはいけないのか? 努力しないと一緒にいられなくなる日がくるのか? それが大人になるということなのか……?
「諒……」
実際、今、諒はわざわざ店に寄ってくれてる。一緒にいられる時間は確実に減っている……
オレ達も離れるという選択をする日がくるんだろうか……
そんなの、嫌だ。
「………詳しくは後で話すよ。帰り、お前のうち行ってもいい?」
「うん。もちろん!」
うれしそうにうなずいた諒を抱きしめたい気持ちをぐっと押さえて、その愛しい耳にささやく。
「じゃ、部屋いったら、たくさんイチャイチャしような?」
「え」
バッと赤くなった諒。かわいい。
「だからもうちょっとだけ待っててくれ」
「う……うん」
店の奥にいるじいちゃん達に見えない角度で耳に唇を落とすと、諒はますます赤くなった。こんなにかわいいお前と離れるなんて、絶対にできない。
(オレは、桜井とは違う)
なにがあっても一緒にいる道を選ぶ。諒にさっきの渋谷さんみたいな寂しい顔はさせない。
(……早く帰ってこい。桜井)
早く帰ってきて、渋谷さんを幸せにしろ。
そんなことを思いながら、諒を見ると、諒がニッコリと笑いかけてくれた。
その笑顔を守りたい。
オレはずっとそばにいて、ずっとずっと守ってやるからな?
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お読みくださりありがとうございました!
「閉じた翼」最終回あたりの、裏話でございました。泉&諒は「嘘の嘘の、嘘」の主人公です。
クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当に本当にありがとうございます!
もう本当に有り難すぎて毎日拝んでおります。その感謝の気持ちをぎゅーぎゅーこめて!
今後とも、何卒何卒よろしくお願いいたします!!
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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