伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

ハラスメントの事件対応の手引き 内容証明・訴状・告訴状ほか文例

2017-06-27 23:40:45 | 実用書・ビジネス書
 第二東京弁護士会両性の平等に関する委員会が、蓄積した実務経験に基づいて、セクシュアル・ハラスメントに加えてパワー・ハラスメント、マタニティ・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント、アルコール・ハラスメントについて、法的評価(関係者の法的責任の法律構成、被害者が請求しうる内容等)と相談時の注意点、被害者(の代理人の弁護士)が取り得る法的措置やマスコミ対応などの注意点を説明した本。
 両性の平等に関する委員会の手になるものだけに、セクシュアル・ハラスメントに関する被害者側での対応については様々な配慮や実務の知恵を感じます。セクシュアル・ハラスメントの裁判例集(206~215ページ)は、委員自身の担当した事件や様々なつてをたどったのでしょうけれども「公刊物未登載」の判決が多数掲載されているなど充実しています。贅沢を言えば、退職事案で逸失利益(セクハラによって退職に追い込まれなければ受け取れたはずの賃金等)が認められていないケースの理由(請求しなかったのか、請求したがセクハラと退職の因果関係が認められなかったのか、認められなかった理由のポイント)や逆に認められたケースの認定理由のポイント、慰謝料額がセクハラの内容にそぐわないケース(肉体的接触があるのに低い、肉体的接触がないのに高い)の慰謝料認定のポイントを書き込んでくれると(特に公刊物未登載判決は独自に調べようもないし)実務的価値がさらに上がったと思うのですが。
 他方において、セクシュアル・ハラスメント以外の部分、パワハラやアカハラでセクハラが絡まないケースの説明や、法的手段一般の説明は、まぁ悪いとは言いませんが、通り一遍の感じで、仮処分とか労働審判とか労災の関係の記述は、実務経験が反映されているのか疑問に思えます。マタハラの裁判例集(228~229ページ)が広島中央保健生活協同組合事件の最高裁判決とその差し戻し審判決だけって、マタハラの判例をそれしか知らないくらいならマタハラの本出すなって、ふつうの弁護士でも思うでしょうし。
 サブタイトルが「内容証明・訴状・告訴状ほか文例」とあるように、当事者または弁護士向けに、書面の文例を示している(これを参考に書類を作ればいい)のが売りなのだと思いますが、その文例があまりできがよくない。交渉時の注意点として行為者への通知では慎重な表現をとか、使用者(会社)とは対立関係に立つよりも協力を求めた方がいい場合がある(97~98ページ)と書かれていて、なるほどと思って通知書の文例(157~169ページ)を見たらそういう配慮は見られないし、それに関する注記もない。通知書では、単純ミスではありましょうけど、会社に対する通知書で「貴殿」がセクハラ行為をしたことになっている(159ページ下から3行目)。
 私の目からかなり嘆かわしいのは仮処分申立書(190~192ページ)。疎明書類が就業規則と解雇通知書だけで、「申立の理由」で証拠を一度も引用していない。解雇通知書の解雇理由を「就業規則第○条第○項第○号に該当することを理由に」とするだけで、労働者が抗議したことを理由とする解雇と決めつけて解雇権濫用だと言っています。今どき使用者が解雇通知書に労働者が抗議した(権利行使した)ことを理由として書くという想定でしょうか。ふつうに考えて、解雇通知書に書いてある就業規則の規定はそういうことじゃなくて、使用者は当然何か別のもっともらしい理由を付けているはずです。そこが特定できないなら当然に解雇通知書だけじゃなくて「解雇理由証明書」(退職証明書)を出させて、そこに書かれている(もっともらしい)解雇理由に反論するのが、ふつうの解雇事件の訴状なり仮処分申立書だと思います。それなしで、つまり使用者側の解雇理由に反論しないで、ただ労働者が抗議したことを理由とする解雇と書いて、裁判所がそれを受け入れると思うのでしょうか。それから、仮処分申立書で保全の必要性の根幹部分の労働者の必要生活費、現在の貯蓄額に関して主張も疎明書類もないことも驚きです。東京地裁でそんな申立書を出したら、すぐに裁判所から保全の必要性も最初から疎明してくださいと電話が来ると思います。悪いけど、この仮処分申立書の文例は、東京地裁で労働仮処分をしたことがある人が作成したものとは思えませんし、本訴も含めて解雇事件を十分経験した人が作成したとは思えません。
 労災申請書の文例(195~196ページ、199~202ページ)でも、「同じ職場の複数の派遣社員らから集団的嫌がらせを継続的に受け続け、うつ病を発症し、不眠・食欲不振・円形脱毛症を患い、休業に至った」(196ページ、200ページ、201ページ)という「災害の原因および発生状況」の記載について、素直に事業主証明の判子を押す使用者が(まぁ絶対いないとまでは言いませんが)いるというのは実務上はほとんど考えられません。実務書では、そういう非常識に楽観的な文例ではなく、それについて使用者が事業主証明を拒んだ場合でもその旨の上申書を付けて申請すれば受理されることをこそ説明すべき(少なくとも注記すべき)だろうと思います。


第二東京弁護士会両性の平等に関する委員会編 日本加除出版 2016年11月30日発行
コメント
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