詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(35)

2018-03-19 08:19:19 | 谷川俊太郎『聴くと聞こえる』
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(35)(創元社、2018年02月10日発行)

 「「音の河」武満徹に」には、

音楽はいつまでたっても思い出にならない

 という強い一行がある。読んでいて、思わず傍線を引いてしまう。なぜ、思い出にならないか。谷川は、

この今を未来へと谺させるから

 とつづけている。「谺させる」が不思議だ。「谺」は「させる」ものではなく「する」もの、と私は思っているので、不思議に感じる。この「谺させる」という不思議な言い方が、「思い出にならない」の「ならない」と通い合う。ふつうはどんなことでも「思い出になる」。それが否定されている。そして、それは単なる否定ではなく「思い出にさせない」という具合にも読むことができる。「谺させる」の使役の言い回しと、何かが似ている。使役といっても、人が働きかけるのではなく、「もの」自体がもっている力がおのずと「使役」に動く感じだ。
 「音楽」のもっている力が動き、思い出になることを拒む。生きていく。
 「谺」というのは「反響」だが、「反響」の前の、もとの「音」が「反響」を一回で終わらせない。生きていく、という感じだ。

 最終連も大好きだ。

言葉の秩序は少しずつ背景に退いてゆき
世界の矛盾に満ちた暖かい吐息を
ぼくらは耳元に感じる

 「音楽」の前では「言葉」は無力である。「言葉」は「意味(秩序)」に縛られるのに対して、「音楽」は「意味」とは無関係な力を生きるからだろうか。
 こういうことは、あまり考えてはいけない。
 わかっているつもりだが、私は考える。
 「言葉」の「意味」が消えていく(前面から背景へと退いていく)と、「世界の秩序」も消えていく。その結果「矛盾」に満ちてくる。この「矛盾」は「混沌」というものに近いかもしれない。「未生の言葉」が生きている世界だ。
 そう読み取った上で、私は「世界の矛盾に満ちた暖かい吐息を」をさらに解きほぐしていく。「世界の矛盾に満ちた暖かい吐息を/ぼくらは耳元に感じる」で「ひとつ」の文章なのだが、これを解きほぐす。
 「未生の言葉」が生きている「世界」を「主語」にして読み直す。

世界は矛盾に満ちた暖かい吐息を吐く

 さらに、

世界は吐息を吐く。矛盾した吐息を吐く。それは、熱い。

 世界は矛盾に満ちている(矛盾している)、矛盾のなかで世界は熱くなり、吐息を吐く。吐息は熱い。「耳元に感じる」のは「吐息」ではなく「熱さ」そのものである、と。
 「熱さ」とは「熱」。「熱」とは「エネルギー」。
 「世界は矛盾する」、つまり「対立する」。「秩序をなくす」、あるいは「混沌」とする。「未生の世界」へ帰っていく。

 音楽も詩も、形のない「熱」に形を与える。秩序を与えることで「未生」から「生まれる」にかわる。かわるけれど、そこでおしまいではない。生み出されたものがさらに「未生のもの」として動き、新しいいのちを生みつづける。
 その可能性を谷川は「耳」でつかみ取っている。
 そして、これが武満の音楽だと言っている。





*


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目次

小川三郎「沼に水草」2  岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13  タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21  最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28  鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37  若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47  佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64  及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
     *
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83

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