詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

秋亜綺羅「人形痛幻視」

2021-06-08 09:27:48 | 詩(雑誌・同人誌)

 

秋亜綺羅「人形痛幻視」(「現代詩手帖」2021年06月号)

 秋亜綺羅「人形痛幻視」は、いつもながらの感じ。

  これはソーセージではない
  メッセージ
  一卵性メッセージ

 「一卵性双生児」のなかには「メッセージ」が含まれている。「人形」は「人間」の双生児であり、人形のあるところ、そこには人間のメッセージが存在する。

  夢の中で目覚めようとしたのだけれど
  夢の中だったよ

  これはマジックではない
  ミュージック
  ひとの心を惑わす

  (略)

  これは警報音(サイレン)ではない
  サイレンス
  人は一度生まれて一度死ぬ

  ここは永遠ではない
  きみが呼びつづける孤島までの
  ひとりきりの遠泳

 私はもともと「語呂合わせ」というものが大嫌い。めんどうくさいとしか感じない。こういう音の運び、意味のずれのようなものに快感を覚える人もいるのだろうけれど、私は嫌い。「語呂の対句」は、私には音楽に聞こえない。洗脳のコマーシャルに聞こえ、ぞっとする。
 ということを書けば、この詩の感想の一つを書いたことになると思うけれど、きょうは少し視点を替えて。
 というか、この詩の後半はリズムが違ってくる。そして、私はその部分がおもしろいと思った。
 こうである。

  夢からさめると
  青空と屋上は接触している
  太陽は分裂しコンクリートに散らばっている
  きみが地上に落とした人形の呼吸
  赤い骨と白い血のネガフィルム
  目をつむった目のないことばたち
  時間を食いちぎる影が脳髄を横切り
  夢からさめると
  青空と屋上は混濁している
  太陽のかけらは溶岩になって流れている
  きみの人形が地上に落とした呼吸
  黒い骨と黒い血の無声映画
  眼を開いても意味の見えないことばたち
  脳髄を食いあさる影がコンクリートに横たわる

 ここにも「対」がある。「夢からさめると」と始まることばは、前半の七行と後半の七行は「対」である。そして、一行のなかにも、たとえば「赤い骨と白い血のネガフィルム」のような「対」があり、この一行には「赤い血」「白い骨」が逆転している(ネガになっている)という「対の仕掛け」も隠れている。最初の七行をポジと仮定するならば、後半の七行はネガである。
 その行の中で、私は「きみが地上に落とした人形の呼吸」をとてもおもしろく読んだ。「きみが落とした」のは何か。「人形」か、それとも「(人形の)呼吸」か。私は、「呼吸」を落とした、と読んだ。全体からみると、「人形」そのものを落とした、「人形を自殺させた」と読むことができるのだが、そうではなくて、あくまで「呼吸(息)」だけを落としたのであり、「人形」は生きている、と読んだ。「呼吸」だけ落とし、その「呼吸を落とす」という虚構を通して「人形の自殺」を暗示している。
 こう思った段階では、まだその詩のつづきを読んではいない。「対」の説明をするために、まとめて引用したが。
 で、その「人形の、虚構の自殺」のあとに、「きみの人形が地上に落とした呼吸」という行がある。ここでは「人形」が主語。落としたのは「呼吸」となっている。前の行では、主語は「きみ」だったが、ここでは主語が「人形」と入れ替わっている。入れ替わっているからこそ、「虚構」以前では(虚構の前に起きた現実、事実では)、「きみ」が自殺したのだと暗示される。その「事実」を拒絶するために、秋は「人形の呼吸」が自殺したと書くのである。
 事実を拒絶して、世界はどうかわるか。秋は「夢からさめると」ともう一度繰り返す。

  夢からさめると
  見えないものしか見えない
  人形痛幻視ここは
  過去でも岐路でもない
  未来でも終着駅でもない
  歴史でも白地図でもない

 「事実」を拒絶すると「虚構」が見える。つまり「見えないもの(存在しないもの)が見える」。足を切断して、もうその足がないのにもかかわらず、切断された足の先の親指が痛いと感じるように、自殺した「人形」の痛みを人間が感じるはずがない。同じように、自殺した「他人(たとえばきみ)」の死ぬ瞬間の痛み、あるいは死後の痛みというのは、私にわかるはずがない。でも、それを感じてしまう。「痛幻視」。
 「意味」を暗示するために、秋は「対」を利用して、虚構の構造を明らかにする。
 私が「誤読」した「虚構」が、秋の実感している「虚構」と重なるかどうかは、知らない。ただ、私は、そう読んだ。
 そして、そこには書き出しにあったような「語呂をあわせる/語呂をずらせる」ことで「意味」を暗示するというのとは違ったことばの動きがあると感じた。「ポジ」「ネガ」の「対」ではない、第三の「項」が生まれている。私は、持続しながらずれていくことばの動き、ずれの中で拡大してくる虚構ののなかから、新しい何かが生まれてきたのだと感じた。
 この「夢からさめると」は六行。先の「夢からさめると」が七行ずつの「対」になっていたのと比較すると、そこには「破綻」がある。破れ目がある。しかし、その破れ目を、連を替えた最後の二行で、こうしめくくる。(連を替えずに、最後の二行を一行にしてくっつけると、第三の「夢からさめると」も七行になるのである。)

  きっときみは
  近くまで来ているよ

 この「近く」ということばに何を補うか。すぐ寸前には「過去」「未来」があった。「いま」を基準にして、「過去からいまのすぐ近く」までなのか、「未来からいまのすぐ近く」までなのか。それとも「過去」も「未来」も関係なく、ただ「いまという時間の近く」、ここという「白地図」の近くに来ているのか。
 秋は、めずらしく(と、私には感じられる)、ここでは「語呂合わせ」でみせたような「仮の答え」さえ拒絶している。読者に判断をまかせている。この終わり方もいいなあ。
 私は、長い中断はあったが、秋のことばは高校時代から読んできている。秋のことばは高校時代から、ずっと変わらないと感じていた。しかし、この詩の後半の書き方に、新しい秋のことばの運動を感じた。

 

 

 

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