詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

大橋政人『反マトリョーシカ宣言』

2022-08-20 16:34:40 | 詩集

大橋政人『反マトリョーシカ宣言』(思潮社、2022年09月01日発行)

 大橋政人『反マトリョーシカ宣言』の巻頭の詩、「肉の付いた字」。

肉水
肉草

肉雨
肉花

肉雪
肉火

肉土
肉歩

肉体
肉歩

 「肉体」は、わかる。ほかのことばは知らない。「肉歩」が繰り返されている。自分の肉体で歩いて書いた詩、ということか。
 次は「花力」。


と言ったら
やっぱ
草力でしょ
花は
花力


と言ったら
やっぱ
雨力でしょ
雪は
雪力


と言ったら
やっぱ
雲力でしょ
空は
空力

 そうすると、「肉」は「肉力」か。
 まあ、ただ、そう思っただけ。
 そして、「反マトリョーシカ宣言」と大橋は言うのだけれど、この二つの詩を読むと、どうしたって私は「マトリョーシカ」を思い出してしまう。人形の中に、同じ人形が入っている。同じように、同じことばの構造の中に、同じことばの構造が入っている。
 こういう感想は、意地悪だろうか。
 しかし、人間は、たぶん、正直な人間は、何を書いても「マトリョーシカ」になってしまうのだと思う。
 だから「反」なんてふりかざさずに、ただ、そのままでいればいいと思う。
 詩集の中で、私がいちばん気に入ったのは「空も悪い」。

空が大きいから
私は小さい

空が広がっているので
私はすぼまっている

夜には
星が光るが
あんなにもいっぱい
星が必要だったのか

朝には
太陽が出てくるが
太陽の考えていることが
太陽の真意が
太陽の本音が
いくつになってもわからない

空が大きいから
私は小さい

私も悪いが
空も悪い

 いいなあ。「空が大きいから/私は小さい」と「空が広がっているので/私はすぼまっている」は「マトリョーシカ」の関係。その一連目の「空が大きいから/私は小さい」がもう一度登場して「マトリョーシカ」性が強調される。これは、「マトリョーシカ」を開いていったところ? それとも閉じ込めていったところ? それは、区別したってはじまらない。同じこと。
 で。
 転調する。

私も悪いが
空も悪い

 これが

空も悪いが
私も悪い

 だったら、全然、おもしろくない。「空/私」という、もうひとつの「マトリョーシカ」がつづくだけ。開いていくのなら開くだけ、閉じ込めていくのなら閉じ込めるだけ。でも、逆転する。「マトリョーシカ」は、それだけでは「マトリョーシカ」ではない。それを、開くか、閉じるかする人間(私)がいるから「マトリョーシカ」なのだ。
 つまり、「主役/主語」はあくまで「私」。
 最初の詩にもどれば「肉体」は「歩く」。でも「歩く」「肉体」にとって、「主語/主役」は「肉体」というよりも、やはり「私」なのだ。
 「花力」も、やはり「私」が生きている。「私」ということばは書かれていないが、繰り返される「と言ったら」という一行に私は注目する。「私」が言うのである。「私」が「言ったら」その「言った」ことばに中から「マトリョーシカ」があらわれる。「花」と言えば、「花力」という「マトリョーシカ」が。それは「花」より小さい? つまり「花の内部」にある? それとも「花」を突き破り、「花」を包み込む「大きさ」をもっている? つまり「花」より「花力」は大きい?
 さて。
 「空」と「私」は?

空が大きいから
私は小さい

 ほんとうかな? 
 「私」ではなく「私力」だった、どう?
 そう考えると、

私も悪いが
空も悪い

 がおもしろくならない? 「悪い」って、とても楽しいことに思える。「悪い」ことを、してみたくならない?
 「マトリョーシカ」ならば、中を、全部出してしまう。あるいは、中に、全部閉じ込めてしまう。
 で、「悪い」のは、どっち?と考えてみる。
 この「考えてみる」がいちばん「悪い」ことだね。だから、楽しい。ほら、子どもって、「してはいけません」と言われると、絶対に、それをしたくなるでしょ?
 「反マトリョーシカ宣言」と言われると、私なんかは、賛成、というかわりに、反対と叫んで、大橋のことばを「逆撫で」してみたくなるのである。
 そういう詩集。


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1 コメント

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大橋政人「反マトリョーシカ宣言」 (大井川賢治)
2024-06-18 23:59:21
/私も悪いが、空も悪い/、確かにいいですねえ^^^
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