日々史跡めぐり

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石田三成ゆかりの地(11)嶋氏館跡

2019-01-12 | 神社

今回は、石田三成の重臣・嶋左近ゆかりの地を紹介します。

島氏の出自は明らかでありませんが、奈良県生駒郡平群町周辺の在地領主で、椿井城・西宮城を本拠にしていたという説の他、米原の山内一豊の妻・千代の出生地から近くにある春日神社にも、嶋氏館跡があります。
 
 
 
 
 
 
 
 
この一帯は、今井氏の重臣「嶋氏」の館跡とされる。館の東には北国街道の飯村川の渡しがあったことから、嶋氏が交通の要衝を管理する立場にあったと考えられる。嶋氏については「嶋記録」に詳しいが、昔から嶋仲間が四組(角左衛門・新六・仁左衛門・十郎右衛門)あり、遺領の土地や位牌を守り毎年法要を行っている。石田三成の重臣嶋左近は当地の出身といわれている。
 
 
 
島(嶋) 清興(しま きよおき)は、戦国時代から安土桃山時代の武将。筒井氏、石田三成の家臣。通称は左近で、一般には島 左近(しま さこん)の名で広く知られるが、平成28年(2016年)7月1日に発表された自筆の書状によると島左ではなく嶋左と署名しており、少なくとも左近本人は島ではなく嶋と名乗っていたことが分かる。実名は勝猛(かつたけ)などの俗称が広まってはいるが、自筆文書においても「清興」の花押を使用しており、正確には清興であると考えられる。なお、本項目では特に断りが無い限り「左近」と記す。
三成に三顧の礼をもって迎えられ破格の高禄を食む側近として仕え、「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と謳われるほどの逸材だった(『古今武家盛衰記』)
(Wikipediaより)

 

 

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