限りなき知の探訪

40年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

遅ればせながら、自己紹介

2009-04-30 14:40:20 | 日記
学生時代にふとしたきっかけで、人生の意義について真剣に考えるようになり、色々な本を読み出した。その時から、30年、ようやく当時の疑問が徐々に分かりかけてきた。結局、いろいろ本を読んでみて、一番自分にしっくりくるのが中国の古典(漢籍といわれる、歴史・哲学)とギリシャ・ローマの歴史・哲学であることを発見した。これらの両者に共通しているのが、極めて柔軟な思想・表現と闊達な自由精神である。

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この二つを基軸として、東洋では仏教、日本の奈良時代以降のものを読む。また比較文明の観点から江戸期、明治期に日本および東洋を訪問した西洋人の旅行記には常に刺激を受ける。また西洋ではキリスト教、ルネッサンス、近世ヨーロッパに関する物、またコーランを始めイスラム圏のものも古代ペルシャ、および中世の大航海時代の物も非常に興味深く読んでいる。

と、こういうことを書くと、もと文学青年であったように思われるかもしれないが、実際は、学生時代は工学部に籍を置き、その後の職歴ではソフトウェアエンジニアとして仕事がすることが多かった。一時期は、いくつかのITベンチャーの顧問も兼務し、ITコンサルタントという肩書きで仕事をすることも多かった。また現在は、京都大学でベンチャー育成のための研究・教育に従事している。日々進歩する現在の最先端科学技術(バイオ、ナノなど)についても関心がある。また比較文明論の観点から東西の科学技術史も遅ればせながら読み進んでいる。

経営、ビジネス、エンジニアリング、IT、こういった時代即応が求められるものと、歴史、哲学、人生観、世界観のように、時を超越した確固としたもの、この二つの要素の融合をこれからも求めていきたいと考えている。

また語学に関して言えば、アメリカに留学していたこともあり、教育・ビジネスに不自由の無い程度に英語はできるのであるが、どうも昨今の世をあげての英語学習に狂奔している姿は感心しない。単に手段とするなら、もっと目的達成(聞き取れる、話せる、読める、書ける)に絞った特訓方法があると確信している。

一方、実用を全く離れて語学を知的刺激として捉えるなら、英語以外にもっとスリル万点の言語がある。私には、それは古典ギリシャ語、ラテン語、漢文である。これらには、聞き取りテストもないし、作文で苦しむこともない。その上、誰にもそのレベルをチェックされるためにひやひやする必要がなく、マイペースででき、精神衛生上すこぶる快適である。

本というのは、歴史を振り返ってみると現在の価格は過去とは比較にならない位安くなっている。世のご婦人方は15%オフのバーゲンセールスにでも殺到しているが、書籍ではそれどころではなく、過去に比べると実に99%オフものバーゲンセールスに該当する!

私はこのような恵まれた現代に生まれてよかったと感謝している。これを称して私は『今、人類四千年の特等席にすわっている』と言っている。しかし皮肉なことにようやく過去の名著が信じられない位安くなって来たにも拘わらず逆にそのような本を読む人が少なくなっているのは誠に残念だ。

このような現代の恵まれた社会に生まれながら、それを感じずに通りすぎていく人たちに少しでも足をとめて過去の東西の両方の文化を知ってもらいたいと念願しているのが、私という人間である。
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