夫婦で楽しむナチュラル スロー ライフ

日々の生活、男の料理、庭仕事、気になった事など気ままに綴っています。

伯母さんの家に行く

2012年04月18日 | 介護
昨日「明日天気が良かったら横浜(伯母さんの家)行くか」と父ちゃん。
今日はお天気も良かったので朝から出かけました。伯母さんの家に着いてみると
ピンクの花桃の花が満開でした。今日は庭の草取りと裏の物置の片付け。
 
「何でこんな物まで取ってあるの」と思ったが、私も同じ。人の事はいえません。
という訳で捨てる物、分別してこれだけのゴミが出ました。物置にはまだまだ捨てる物たくさんある。



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金が無いと生きられない?

2012年04月06日 | 介護
義兄が数日前倒れて入院した。
義兄は84歳になる長年闘病生活をしていて残念ながら
「回復の見込みなし」(余命あと数ヶ月)と医師に告げられた。
「延命治療しても数ヶ月しか寿命が延びません。
 苦しい思いさせるよも・・」といわれたそうです。
「もう充分生きた。治らないのならこれ以上延命治療を
 する気がない。自然死を待ちたい」と姉。

今日、次兄、義姉とお見舞いに行ってきた。
視神経をおかされているため眼が見えなくなっている
義兄でしたが、病室に入っていって
「S(兄)、K(義姉)T(父ちゃん)S(私)よ」と言ったら
「見舞いに来てくれて悪いね」と義兄。倒れて救急車で
運ばれた顛末を話す義兄は元気そうでしたが
「お母さん(姉)には面倒かけてしまって」と見えない
眼から涙をにじませた。

姉は介護福祉士とこれからのことについて相談していた。
相談が終わるまで病院5階の談話室から外を見ると
幕張メッセのビル群が見え

西の方面には白く輝く東京湾が見えた。

介護福祉士の話によると病院治療していない患者は
すぐに退院しなければならず、家での介護は姉だけでは
「とても無理」と言うことで家からなるべく近い
「特別老人介護施設」に入居する事にしたそうです。
完全看護で頭金は無しの入居金のみで入居できる所を
介護福祉士に勧められた。その入居金は月30万円。
「高いね」と言ったら
「私も歳(80歳)だから家でとても面倒を
 見られない。お金が掛かっても施設に入れないと
 こちらが参っちゃう。お金には変えられない」と姉。
「月30万であと5年生きたら1000万超えちゃうな」と
義兄は言ったそうです。姉は病弱な義兄を支えて
子供二人を立派に育て上げた。
「早く楽(亡くなって)になって私の残りの
 人生楽したい」と姉は言う。
つらい言葉ですが本音でしょう。

それにしても近年孤独死や共倒れ死が増えていますが、
入院や介護施設に入るためには、ある程度お金がないと
生きていけない世の中になってしまいました。

消費税20パーセントの北欧。でも老後は安泰。
病気になっても治療費タダ。そのような国を
作ってくれるなら消費税が上がっても
「文句は言わない」と年寄りは思ってしまうのです。



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伯母さんの三回忌を済ませる

2012年01月08日 | 介護
1月9日は伯母さんの命日。伯母さんが亡くなって今年で丸2年、3回忌と
なります。今日は父ちゃんの弟夫婦と4人で三回忌法要をお寺さんであげて
きました。御茶ノ水から本郷にあるお寺さんへ。今回は伯母さんの三回忌と
Hisayoさんの27回忌も一緒に法要してもらいました。
 
お坊さんにお経をあげてもらい焼香して
 
お墓を清めて花と線香を手向ける。
 
伯母さんのお墓は後継者がいないのでいずれお寺さんに返さなければなりません。
そうなった場合はお骨などは合同葬としてお寺さんが預かってくれるそうです。合同墓↓
 
伯母さんの面倒をみた父ちゃんはチョッと安心です。

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伯母さんの49日法要

2010年02月20日 | 介護
伯母さんの49日法要と納骨を行いました。
100歳まで長生きした伯母さんの親戚知人は殆んどが
彼の地に旅立っているためお参りに来る人がいない。
父ちゃんと私、弟夫婦でひっそりと供養してあげようと
思っていたところ兄夫婦が関西から急遽駆けつけてくれた。
嬉しい事です。今日は伯母さんが
「来てくれてありがとう」と言ってるようにお天気が良い。
お墓の墓石を開けて納骨。お経をあげていただいて
伯父、娘さん、伯母さんが一緒になって眠ります。
 
法要が終わり、神田に出て美味しいお寿司を食べて精進落し
昨日も食べたタラの白子、今日もいただく、美味しい。
その後地下鉄にて京橋へ。京橋から銀座を歩く
 
銀座は昔とは大違いブランド街に大変身。変わらないのはWAKO服部時計店ぐらい。
 
銀座一丁目から六丁目までブラブラおのぼりさん気分でウインドーショッピング

資生堂パーラーでティータイム         
 
ケーキにシャンパンと洒落ました。
 
4時過ぎに新橋で解散。
電車から300mを超えた工事中の東京スカイツリーが見えた。
 
美味しいものを食べ過ぎて、今日の晩飯お土産に貰った豚饅。
父ちゃん2個、私1個美味しかったです。
49日無事終わって皆さんご苦労様でした。
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伯母さんの家の後片付けに行く

2010年01月25日 | 介護
今日は亡くなった伯母さんの家の後片付けに
行って来ました。
伯母さんの家は我家から車で約80kmの所にあり、
最寄の駅から歩いて5分くらいの高台にある。
便利ではあるが坂道を歩かなければならず、
年寄りにはあまり住みよい場所とはいえない。
でも伯母さんはいつも自分の家のロケーションを
自慢してました。
伯母さんの家の庭の梅もほころび始めましたが、
主がいなくなって淋しい。
 
今日はいつも伯母さんが座って昼食をしていた横で
父ちゃんが買ってきたお弁当を食べました。

帰りは遠く横浜の町並みを見ながら1時間足らずで帰れました。
 
車に積んできたもの、燃えるごみ、衣類など
ビニール袋に8袋。伯母さんの住んでいる市で
ゴミの日に出せないので我家に持ち帰り、
衣類などは有価物として捨てることになります。
衣類などは捨てるに忍びないのですが、我々が
着られるものは殆んど無いので有価物として
出す事にしました。後数回行かないと伯母さんの
家は片付きません。数年面倒をみてきた父ちゃん
「一人で行くと気が滅入る」と言う事で
私も片付けの手伝いをする事にしました。

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伯母さんの家の後片付け

2010年01月20日 | 介護
伯母さんの葬儀から一夜明けて父ちゃんは今日も
伯母さんが住んでいた家の後片付けに出かけました。
 

葬儀終了後の昨日、父ちゃんの兄弟と連れ合い皆で
伯母さんが住んでいた住居を見に行きました。
伯母さんがどのような暮らしをしていたのか、
見てもらいました。
今日は父ちゃんのお姉さんと妹さんが残ってくれて
後片付けの手伝いをしてくれました。

私は伯母さんの遺品として着物の帯(龍村織)を
頂いてきました。
 
末弟の嫁さんが細工好きな私を見て
「その帯で何か袋物にでも細工するの」に
「とんでもないこんな良い織物、細工したら
 罰があたる」と私は言いました。
良い物は細工したりゴミになんか出せません。
大切に使います。ありがとう伯母さん。

人が死ぬとその人の過去のものは全てゴミと
なってしまうのがなんとも悲しい。
ですが遺品として貰い手がなければそれも
仕方のないことなのでしょう。
父ちゃんは少しづつゴミとして出していくと
いってます。伯母さんが亡くなっても
まだまだ仕事が残っています。

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伯母さんの葬儀

2010年01月19日 | 介護
父ちゃんが介護していた伯母さんの葬儀が終わりました。
今日は天気も良く暖かな春を思わせる陽気でした。

17日は準備のため葬儀会場へ行き、18日が通夜。
100歳の伯母の通夜は来る人も少ないであろうと
思っていましたが、思っていた以上の人々が通夜に
来てくれました。
遺言で葬儀はあくまでも質素(金をかけるな)に
ということで祭壇も献花もシンプルそのもの。
100歳の伯母さんは
「これでいいのだ」と言っているでしょう。
 
遺影は父ちゃんが昨年デジカメで写した写真を
使いました。なかなかよい写真と褒められました。
19日は告別式
 
火葬場へ向かう出棺前のセレモニー。父ちゃんは
喪主として挨拶。伯母さんの思い出を語ると
声が詰まりました。
100歳まで生きた伯母さん歳に文句はありません。

それにしても葬儀はお金が掛かります。
特にお寺さんへ払う供養料の高い事、ビックリです。
これは地方によって差があるらしく、伯母さんの
お墓は東京のど真ん中、東京大学のそばにあります。
そのような環境?のいい場所ですと供養料と
戒名料も高くバカになりません。まさかお寺さんに
「もう少しまけてください」
とはいえない。お寺の言いなりになるよりありません。
私は気持ちはますます仏教徒から遠ざかりつつあります。

通夜、告別式は天気に恵まれ父ちゃんの兄弟も
皆来てくれて、久々に親交を深め楽しいひと時を
伯母さんがプレゼントしてくれたと思っています。
身寄りの無い伯母さんの家族の仏壇は49日が
過ぎたら我家に持ち帰り、父ちゃんが生きている
間は我家で供養するつもりです。
長生きしてくださいよ、父ちゃん。

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伯母の死 どちらが幸せか

2010年01月15日 | 介護
伯母の死が分かって一夜明け父ちゃんは
対応に追われました。
まずお寺さんに葬儀の都合を聞き葬儀が
決まりました。18日通夜19日告別式
それから親類縁者に亡くなったことや
葬儀の日付を連絡。親類縁者が薄くなって
いる伯母さんは父ちゃんが喪主になって
葬儀を取り仕切ることになりました。
伯母さんの亡骸は葬儀屋さんが預かって
くれることになり、安心しました。

伯母さんは長生き出来て幸せだったか?
思うに必ずしもそうではなかった。

伯母さんには妹弟がいました。
妹は父ちゃんの母親でした。親が頭のよい
妹ばかり可愛がり、小さい頃は妹は芝居見物、
姉(伯母)は弟の子守役。その悔しさを
死ぬまで引きずっていました。
妹は結婚して子沢山(6人)に恵まれ、
姉は一人娘だけ。文房具店を営んでいた姉には
お金には困らない。妹は亭主が事業を始めたものの
子沢山で金が無い。家族みんなで働いた。
姉は亭主と娘に先立たれ独りになってしまい、
妹は子供達全て健在で独立。
金に困らない一人暮らしの姉と、金は無いけど子供に
恵まれた妹どちらが幸せか・・・
考えさせられてしまいます。
姉と妹、小さいときから張り合っていて仲が
悪かった。今あの世で
「来るのが遅かったじゃない」と妹に
言われているのでしょうか。
つくづく思うのに親の育て方でこんなに憎みあう
姉妹見たことがありません。
子供の育て方には気をつけましょう。
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100歳の伯母さん亡くなる

2010年01月14日 | 介護
まだまだ元気そうだった100歳になる伯母さんが
亡くなりました。
今日(14日)午前中、担当のヘルパーさんから
父ちゃんに電話が入り、
「Aさん(伯母さん)が倒れていて心臓が
 動いていない。すぐ来て欲しい」と
連絡がありました。

父ちゃんが急ぎ出かけました。
おばさんはすでに亡くなっていました。
警察と司法警察が来ており事件性が無いか
調べていたようで、父ちゃんが到着後に
警察に運ばれ司法解剖しました。結果、
「死体検案書」に書かれていた死因は
「うっ血性心不全」死亡日時は1月9日推定である。
残念ながら伯母さんは誰にも看取られぬ孤独死と
いうことになってしまいました。

3日に父ちゃんが伯母さんを訪ねたときには
「まだまだ生きられそう」と言っていたそうですが、
解剖の所見を見ると
「心室壁肥厚、心筋混濁繊維化動脈硬化著明」と
結構心臓や血管が弱っていたのかもしれない。
年を取るとこうした突然死が当たり前なのかも
しれません。何かの拍子で倒れて頭を打って
そのまま亡くなってしまった。普段から
「施設や病院のお世話になるのは嫌だ」と云っていた
伯母さんは幸せだったのかもしれませんが
孤独死はやっぱり淋しい。警察によると
「この頃孤独死が多くなってきている」
と父ちゃんに話したそうです。
  
3日に行った時に伯母さんの庭に咲いていた
スイセンです。
伯母さんが飼っていた金魚は生きていたそうで
葬儀が終わり次第、我家に移してやりたいと
思ってます。伯母さんの頑張る姿をまだまだブログで
アップしたいと思いましたがそれは出来なくなりました。
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今年最初の伯母さんの家へ行く

2010年01月03日 | 介護
お正月も三が日が終わる今日、父ちゃんは一人暮らしの
伯母さんの家に行く。
「正月に何を食べているか」それより「生きているか」
心配なので、お節料理を少し持って
朝から出かけました。ギズモがお見送り。
 
で、夕方帰ってきて、伯母さんは
「元気元気」だったそうで、庭のほうから
室内を覗いたらいないので気になったけど、
裏のほうで洗濯機の音が聞こえ洗濯をして
いて、自分で干し物をしてた。
たいしたものです。
 
節料理は喜んでくれたようで父ちゃんが
作った松前漬の中の数の子を食べて
「数の子食べるなんて何年ぶりだろう
(そんな事はない)」といって喜んで
食べたそうです。

父ちゃんが居ない間に弟ファミリーが年始の
挨拶に来る。子供達も大きくなってきては
いるものの大学卒業した兄は職が無い。
就職活動も今はしていないようで
思ったような仕事が無いらしい。
「今年は何とか仕事に就けるようガンバレ」と
皆で励ました。

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今年最後 伯母さんの家に行く

2009年12月28日 | 介護
今年最後の伯母さんの家訪問に父ちゃん朝から出かける。
で、伯母さんの具合は?
「元気だった」朝昼兼用のご飯を食べていたとの事で
クサヤを焼いて食べていたようで臭かった。それでも
 寿司を6個も食べた」そうな。
今日は保健婦さんが来てくれて血圧測定や健康状態を
聞いていったそうです。
 
血圧が高いので薬は「
飲んだ方がいいですよ」と保健婦さん。
伯母さんは
「めんどくさいから飲まない」と言ったそうです。
「100歳の婆さんに今更血圧がどうのこうのと言ってもなぁ」と
父ちゃんは思った。
「正月用の食べ物買ってこようか?」と聞いたら
「何もいらん」と答えたそうです。
この年になるとおめでたいなんて思わないのでしょう。
それも良しです。
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父ちゃん伯母さんの家に行く

2009年12月21日 | 介護
今日も朝から父ちゃんはおばさんの家に出かける。

先日、ケアセンターから緊急の電話で
「A(伯母)さんの具合が悪い」と連絡が入り、伯母さんの具合を
聞いたところ、本人は
「もう大丈夫」との事。
「涎(よだれ)が出てろれつが回らない」とヘルパーさん。医者に連絡したら
「すぐ救急車を呼んでください」といわれたそうな。
「Aさんは救急車なんか乗りませんよね」とヘルパーさん。
その通り。伯母さんは意識のあるうちは救急車なんてものに
「絶対乗らない」と父ちゃん。ろれつが回らないのは
入れ歯の具合が悪かったらしい。それで父ちゃんは今朝
早くに出かけました。行ってみると伯母さんは日の当たる
縁側で新聞を読んでいたそうな。まずは元気で良かった。
「昼は何を食べる?」と聞いたら
「やっぱり寿司かねぇ」との事で
買ってきた寿司を美味しそうにぱくぱく食べたそうです。

ついでに他の買い物も頼まれ、買って来て欲しい物のメモが書いてあった。

100歳の婆さんにしてはなかなかしっかりした字を書いている。
商店街まで坂道を上り下り約10分。買い物の重さ全部で
10kgくらいになる。父ちゃんご苦労様です

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父ちゃん伯母さんの所へ行く

2009年12月07日 | 介護
父ちゃん今日も伯母さんの家に行く。
娘(白い服)は出勤です。
いつもうなだれていくので
「頭を上げてシャッキリして」と言ったので
今日はちゃんと頭を上げていた。
「面白くも無い所に行くのだからうなだれて
 しまうわな」と父ちゃんの弁。
はい、ご苦労様です。


「伯母さんの具合は?」
「今日はあまり良くなかった」との事。それでも
「何か食べたいものは?」と聞いたら
「やっぱり寿司が食べたい」といったので、
寿司と果物を買ってお昼ご飯にした。
お寿司は7個ほど食べたそうでブドウもおいしいと
いいながら食べたそうです。結構な食欲です。
  
立ち上がるのに父ちゃんが手を貸そうとしたら
「いらん」と言ったそうで、自分でたって動いたそうです。
ヘルパーさんが来て
「風呂に入っているか?薬は飲んでいるか?」と
聞いたそうで、風呂は週に2,3回入っているとの事。
まずは清潔にしているようで良かった。
ヘルパーさんは
「薬はちゃんと飲まなきゃダメですよ」とは
いわなかったそうです。
「死にたいと思っていても死ねない100歳の
 婆さんに、いまさら薬をちゃんと飲めなんて
 いうのもおかしい」と父ちゃん。
「この人(父ちゃんの事)が良く面倒を見てくれて
 2ヶ月に一度来てくれる」と伯母さん
2ヶ月に一度じゃなくて一月に2回行っている。
カメラを向けたら
「面白くもないから笑えない」といったそうで
、面白いことも無くただ生きている、というのも
辛いものでしょう。
「又来てね」と言ったそうです。
今月は後1回行くようになるでしょう。

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伯母さんの家に行く

2009年11月25日 | 介護
父ちゃんは今日も伯母さんの家に行く

帰ってきたのが4時近く。それで
「伯母さんは元気だった?」に
「元気元気、今日はいつも以上に元気でお茶も
 入れてくれたし、二階の上り下りもしてた」との事 
寿司と果物(リンゴ バナナ 葡萄のレッドグレープ)
を買っていったら、寿司も葡萄も
「おいしいおいしい」といって食べたそうな。伯母さんは
「何でも話せる(話を聞く)あんた(父ちゃんの事)が
 来てくれるのだけが一番の楽しみ。又来てね」と
言っていたそうです。100歳にもなると妹弟も亡くなり、
親類縁者も遠くなり殆んど来ない。唯一甥っ子の父ちゃんが
面倒を看ている。と言うよりみなければならない。
それにしても100歳の一人暮らし偉いものです。

父ちゃんが帰りに買って来てくれたお土産「御座候」
関東だと「今川焼」

トップスの洋菓子よりこちらの方が私は好きです。
父ちゃん伯母さんのお見舞いご苦労様でした。
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父ちゃん伯母さんの家に行く

2009年11月09日 | 介護
いつものように伯母さんの家に行く父ちゃんの後姿。ご苦労様です。

伯母さんは元気でした。
10個入りのお寿司を買っていってあげたら8個平らげたそうです。
「凄い食欲ね」と言ったら
「食べた事を忘れたのじゃないかと心配になった」と父ちゃん
「庭のミカン(たくさん生っている)を採ってくれ」と言う
伯母さんにミカンを採ってあげた。いつもは
「持って帰れ」なんて言わない伯母さん、今日は
「全部持って帰れ」と言ったそうで
「全部は持ち帰れない」と言って大小のミカンを
半分お土産に持ち帰った。
「ケチな伯母さんにしては珍しい」と言う私に、
「物に対しての執着心が薄れてきたんだろう」と父ちゃん。
健忘症が激しくなってきているものの、医者に行くのは
血圧の薬を貰いに行くだけ。内臓は何処も悪くない。本人は
「まだまだ生きられそうだ」と言っていて、
こちらは執着心があるのかな。たまげる伯母さんです。
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