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注)teacupブログから移転の2022年5月以前の投稿には、文字コードの違いから多くの文字化けがあります。

賀茂4市町合併破綻

2009-05-30 21:50:00 | 日記
既に合併破綻はほぼ確実と伝えていたhttp://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/375.html
が、29日の松崎町議会での住民投票条例案否決で、これがさらに決定的となった。

個人的には住民投票すべき、ただし、正しい情報を公開して、という考えであるが、ことの経緯、すなわち、最初に強引な手法でいったが躓いて最後の希望という消極的理由での住民投票という流れ、がそれを許さない状況に至らしめたのが本事例である。

住民の声を聞く手段である住民投票に対する賛否は、その前提となる問題に加えて住民を二分する。
かつて、県議会が、住民投票条例に賛意を示し当選した知事の意向を無視し空港の住民投票条例案を否決したことから、少なくとも本県内では県議会が示した住民投票条例を否定する理論構築により、今後も議会側の意志貫徹の手段としてしか用いられないだろう。
住民投票で正しい判断ができるのかと言う疑念は、もちろん正しい。
しかし、住民投票は正しい判断を行うためのものと捉えるべきではない。
未来について、これが絶対正しいとか間違っているとかという判断は誰にもできない。
未知の事柄、人知の及ばない事柄、そういったものが我々の既存の左脳的思考を打ち砕くことは歴史的に見ても有り余るほどである。

住民投票は、あくまで真の「民意」を測るためのものである。
一人一人の個人が「こう決めた」と覚悟をしてその実現に向けて迷いや後悔なく全力を向けるのと同様、地域として、そこに住む住民が「民意」として「こう決めた」といえる意思を持つのも紛争の蒸し返しや後悔を避けるために必須のことなのである。

間接民主主義は直接民主主義の煩雑さを避けるための方便として用いられた手法であって、直接民主主義を否定する理由にはならないし、事実の秘匿の必要(国政における国防問題など)や利害関係者の隠蔽さえなければ一部の人間だけで決すべき理由は希薄である。
現にわが国の憲法(95条)にあっても、地方議会の承認という間接民主主義的手法でも十分にもかかわらず、特定の地方公共団体のみに適用される法律は住民投票で過半数の賛成を得て初めて効力を得るものとするなど例外的に直接民主主義を認めており、リコールなどの各種請求権の存在を考えれば、国に比較して直接民主主義が実現容易な地方自治にあってはこれ積極的に許容・評価してるものと解すべきであろう。

この激動の時代にあって、我々は実践的に民主主義のあり方を見つめ直すよい機会を得たといえる。
しかし、それが生かされるのか。それは私にもまったく読めない。

<参考>
「むしろ鶏口となるも、牛後となるなかれ」
http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/375.html
「もの言う議会「合併協の進め方は議会軽視、民主主義に反する」」
http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/362.html
「賀茂1市3町合併構想も破綻」
http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/151.html
「県の押し付け合併構想破綻」
http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/112.html
「鈴与の厚顔、県の傲慢」
http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/79.html
「上と合併?下と合併? 西伊豆町、東伊豆町」
http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/75.html
「南伊豆地区6市町合併は衰退への序曲」
http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/42.html#readmore
「合併しなければ・・・と県の脅し」
http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/47.html#readmore

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