★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

赤面逆上的混乱苦痛とともに、誤謬の訂正的発狂状態が起る(坂口安吾)

あまつかぜ

2018-05-13 23:13:11 | 映画


デビュー当時の雪村いづみが出ている映画「娘十六ジャズ祭り」というのがある。そのなかに――、教室で、雪村が周りの女子とすごいセンスの歌唱を「アバンチュ~ルをたのしみーた~いィ」と、繰り広げていたところ、狷介な女の先生がやってきて「何という醜態ですっ」「あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ おとめのすがた しばしとどめん 」と、かるたの詠み手みたいに言い、「こんなすばらしい詩歌の伝統があるのに」と説教する場面がある。

こういうところが、戦後の調子良さである。だいたいにおいて、授業前に騒いでいる生徒はもっと文字通り「何という醜態」の場合が多いわけであって、それを百人一首の中でも燦然と輝く上の和歌を比べたところで、あまつかぜの圧倒的勝利なのである。とわたくしは思うね……

しかし、古い上衣よさようなら、の時代であり、数年前に「第二芸術論」などもあったりして(俳句だけど)、和歌は敵にされやすかったのであろうか。いずれにせよ、理不尽な乗り越え方をすれば、バックラッシュが起こる。今じゃ、声に出したい何とやらで、俳句や短歌に限らず妙な抑揚をつけた読み方を覚えた生徒たちが国の文化を称揚する始末である。(そのくせ、そういう学生にかぎって、松尾芭蕉の作品を平家物語と答えたりする。基礎的な素養がないやつが国を愛するとか、気持ち悪すぎるわ)

正宗白鳥の「蟲の如く死ぬ」は昭和21年の作であるが、周りで次々に自殺者が出たりするなかで「私」は、「生き生きとしてゐるべし。健やかであるべし、若くあるべし」とおまじないのように繰り返す。「私は、われとわが心で繰り返した」と書いているところが、この作者らしくも思われるが、戦後映画の躁的なところも、案外、こういうおまじないだったのかもしれない。 
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