むかし、をとこ、いもうとのいとをかしげなりけるを、見をりて
とは伊勢物語第四十九段の書き出しである。このあとつづくやりとりが、本当の恋なのか遊びなのか、よく分からないが、その前とか後とかが気になってしかたないのが近代文学の学徒である。というわけで、
うら若み 寝よげに見ゆる 若草を 人のむすばむ ことをしぞ思ふ
とちょっかいを出した男には、妹が
「――あ、あんた、あたしが誘惑されると思ってるのね。失礼だわ。まさか……」
と、これは半分自分に言いきかせて、二階の脱衣室へ上って行った。そして、イヴニングを腰まで落して、素早くシュミーズに手を通していると、ラストの曲も終ったのか、ガヤガヤとダンサーがよって来た。
土曜日は、ダンサーの足も火のようにほてる。それほど疲れるのだが、しかし、大声で話ができるのはこの部屋だけだ。ことに今夜は茉莉の事件もある。シュミーズを頭にかぶったまま、喋っているダンサーもいた。
しかし、陽子はいつものように黙っていた。澄ましてるよと、言われてから、一層仲間入りをしなくなっていた。
黙々とコバルト色の無地のワンピースを着て、衿のボタン代りに丸紐をボウ(蝶結び)に結んでいると、上海帰りのルミが、
「殺生やわ、ほんまに……」と、遅れて上って来て、ペラペラひとり喋った。
――織田作之助「土曜夫人」
といった展開を配し、昔男のような恋の独占男を孤独に追いやりたい。