★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

赤面逆上的混乱苦痛とともに、誤謬の訂正的発狂状態が起る(坂口安吾)

Leck mich im Arsch!

2018-05-11 23:02:00 | 音楽


Leck mire den Arsch recht schön,
fein sauber lecke ihn,
fein sauber lecke, leck mire den Arsch.

Das ist ein fettigs Begehren,
nur gut mit Butter geschmiert,
den das Lecken der Braten
mein tagliches Thun.

Drei lecken mehr als Zweie,
nur her, machet die Prob'
und leckt, leckt, leckt.
Jeder leckt sein Arsch fur sich.

上はご存じモーツアルトが作曲した「俺のケツを舐めやがれ」である。第三連なんか、「2人よりも3人で舐めましょう。さてここでいっちょお試しだ。そーして、舐め~て舐め~て舐め~て。みんなはみんなのためにみんなのケツを舐めるんだ」とでも訳すのであろうか。

思うに、今問題になっている忖度改ざん問題というか、ケツ舐め問題なんか、一方的にケツ舐めをしているほうをケツなめしていない方が責め立てているように見えるが、これは、ここ10年ぐらいの積年の何とやらがあって――舐めるやつがいつも一緒で、舐められない人はいつも舐められないので、――頭に来る人が増えているのだ。ケツ舐めはお互い様だねえ、みたいな感覚が生じていれば、こうはならないはずなのである。

最近は、双方向性だとかウィンウィンとか言われてきた割には、そう言っているやつらのパワハラが酷くなるばかりで、――おそらく、ちゃんと喧嘩をしなくなったせいで、そういえば、ぎりぎりの交換条件みたいな考え方がほとんど消滅しているのだ。下っ端公務員は、もう本気のパブリックマインドを失っている。ボスざるがマウンティングをしすぎたせいだし、下は下でケツを舐める習慣が身につきすぎていたのだ。気づいたときには、人生の意味を失っていた。そりゃ、官僚制度もめちゃくちゃになるはずである。ウェーバーが言うように(言ってたかな?)、政治家もつられて気が狂う。野党の側は、今度は自分が舐められる立場に立ちたいから、パワハラ親父の口まねに近い形で居丈高になってしまう。相手もそりゃ舐めるのはいやだから嘘をついてでも抵抗する。

要するに、人間としての屑状態で何をやっても泥仕合だ。

たぶん、アメリカと北朝鮮(実際は、中国だと思うけど)は、交換条件をめぐって水面下でいろいろやっているはずである。そこで上手くいかない場合には、島国のケツ舐め人間関係の場合とは異なり、広義の意味で戦争になってしまうからである。最近は、トランプが周りの既得権益者から足を引っ張られているような気がするのであるが、彼が年寄りのあれで「あとはしらんわ、もうすぐ俺死ぬし」みたいな感じにならないことを祈るばかりだ。誰かがツイッター界隈で問題にしていたが、大学でもどこでも、引退間際の人はとんでもない改革(制度破壊)をやらかすことがある。完全な妄想であるが、金正恩は若いから、将来のことが心配でいつまで平穏な状態を保てるか計算しているのだと思う。これがよい方に転ぶ可能性をつくっている。

思うに、ここには社会主義と資本主義というまだ思想の対決の部分がちょっぴり残っているから、というのもあるのである。――私が思うに、日本の右翼も保守層も、大学にマルクス主義を勉強する興奮した跳ね上がり左翼学生がいなくなってから緊張感を失って堕落した。左側は勿論、ちゃんと勉強しなくなってカルチュラルスタディーズ入門とかジェンダー入門みたいなのでこれはいけると思っているからあかん。これじゃ昔のマルクス主義入門でマルキストぶっていた奴らより更にだめではないか(マルクス主義入門の方が難しいからな、実際)。昨日、小★実の『日本の知×人』(1969版)を読んだのだが、どうもここらあたりから緊張感が失われつつあった気がする。当時の左翼が小★の出現に「新手の右翼が出た」と思ったのも無理はない。インタナショナルな行動家のくせに思想が根本的にやや小物というか、要するに白樺派みたいなスケールの小ささを持っている。小★の強面の態度は、その裏返しであり、いまの若手のグローバル人材に薄めた左翼思想みたいな人が多いのを想起させる。とはいえ、まだ小★には、九条は死んでも守り抜くぜみたいな根性があった。しかし、それもなくなったリベラルには、本当はいったい何が残っているのであろう。わたくしも、人文学界隈の隅っこにいるから、いろいろな人ががんばっているのは知っているが、どうも、結局、何か人間的な確信がないのに、正義を歌いだすやつが多すぎる。

ともあれ――

政治は、「The Story of Little Black Sambo」の虎のバターみたいなものではかなろうか。ケツを囓っているうちに融解して平和が来るんじゃないかと思う。

Drei lecken mehr als Zweie,
nur her, machet die Prob'
und leckt, leckt, leckt.
Jeder leckt sein Arsch fur sich.

わたくしは、そんな面倒なことには関わりたくない。そのかわり、バターでパンケーキを焼きたいたちである。モーツアルトでいえば、第三連から第二連に逆行するべきなのである。

これは脂ぎっしゅな欲望だね
たっぷりバターを塗られ
オーブンで焼いた肉を啜るぜ
俺のいつもの日課さ

……ここまで言っといて何なのだが、この曲、モーツアルトではなく誰かが改竄いや、偽造いや、――偽作らしい。
『社会』 ジャンルのランキング
この記事についてブログを書く
« ユキちゃん | トップ | ラモーとか »
最近の画像もっと見る

音楽」カテゴリの最新記事