★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

赤面逆上的混乱苦痛とともに、誤謬の訂正的発狂状態が起る(坂口安吾)

対機説法の可能性

2018-05-17 23:22:39 | 文学


対機説法と言えば、『今昔物語集』の「比叡の山の僧、虚空蔵の助けに依りて智を得たる語」(巻十七、第三十三)が有名であろう。才能はあるのに、女ばっかり追いかけていた青年を、虚空蔵菩薩が絶世の美女に化けて「私と寝たいなら、法華経全部暗唱してこい」、「この仏典のここの解釈を答えよ」とか無理な要求をして、ついに彼を偉大な学僧になるまで教育してしまった話である。

だいたい、その女好きの青年も、途中でおかしいなと気付よ、と思うが、それはそれ、あまりに女性が美しすぎて、アクセル全開で勉強してしまったのである。

で、最後の最後で青年が気がつくと寂しい野っ原に転がされている。そして小僧さんがあらわれて「お前を化かしたのは狐や狸にあらず。あまりにお前さんが女好きなのでそうしたのだよ。これからもしっかり勉強してね」と言うので、ああ虚空蔵菩薩さまだったんだ、ありがたやー、というよい話になっている。

すごく美人の先生の授業を一生懸命受けていたらハーバードに入ってしまって、先生と一緒にアメリカに旅立とうと意を決して先生に告白しようとしたら、先生がいきなり仮面を外して「こんにちは、担任の渡邊史郎です。受験勉強お疲れ様でした」と言った、みたいな結末である。わけではない。渡邊史郎であったら、この女好き優等生、わたくしをぶん殴って終わりである。やはり虚空蔵菩薩が圧倒的にすごいという前提がなければこの話は機能しないのだ。

対機説法――現在でいえばいわゆる「個人に寄り添う系」であろうが、凡夫がやれるはずがないということであった。

水月観音みたいな美人像があまり日本にはないのが残念ですね……。悟りの境地というのはどこかしらエロティックが感じがするというのにね。
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