今さらの森友・加計学園問題と、大衆の知能

2017-08-31 02:59:17 | 時事
森友・加計問題の経緯を見てきて、わたしは、つくづく思ったことがありました。

森友・加計問題は、全容を理解するためには、そこそこのレベルの知能を必要とする、ということです。

森友・加計問題の両方とも、数年以上にわたる長い経緯があります。
その長い経緯のあいだに、誰が何をしたのか、を時系列的で理解することが、まず骨が折れる。
そして、それを理解したとしても、一つひとつの事実が、何を意味するのか?を理解することもまた、難しいようなのです。

そして、差別でもなんでもなく、単なる事実として、そこまでの知能を持っていない人が、日本には一定数いるのだ、ということです。
大衆、おそるべし。

例えば加計問題です。
ことの発端は10年以上前、九州での鳥インフルエンザ、狂牛病の騒動です。
そのとき愛媛県知事であった加戸さんは、四国への鳥インフル・狂牛病の上陸を阻止したいと考えます。
知事として当然の判断ですよね。
そのためには、畜産医が必要なわけですが、愛媛県が公務員として畜産医を募集しても、一人も採用できなかったわけです。
たったのひとりも!です。

加戸さんは、その理由として、獣医学部が関東に集中していて、そもそも西日本に獣医師が不足ぎみであることだと考えます。
全国の総数としての獣医師は足りているかもしれませんが、獣医学部が関東に局在してるために、獣医師も関東に局在してるわけですね。
しかも、その大半はペット専門医です。

そこで、加戸さんは文科省に訴えたわけです。
獣医学部の定員数を増やし、関西にも獣医に来てもらえるようにしてほしい、と。
獣医学部の定員数を増やすことは、文科省にしか権限がありません。愛媛県には、何の権限もありません。

また別の解決策として、愛媛県の公務員として畜産医を募集するときに、待遇を改善するというのも、方策の一つでしょう。
でも愛媛県だけが畜産医の大幅な待遇改善など、できるわけもありません。公務員の待遇は、各県で横並びなものですから。
これもまた、愛媛県の権限を超えた解決策です。

ここでのポイントは、文科省のような国レベルができることと、愛媛県のような地方自治体ができることは、まったく違う、ということです。
そこを混同していると、愛媛県がどうしても獣医学部を新設しなければならなかった理由がわかりません。

獣医学部の定員数を増やすことも、畜産医の待遇改善も、国レベルにしかできないこと。
そして、加戸知事の訴えを、文科省はけんもほろろにあしらいました。
相手にさえされなかった、と加戸知事は証言しています。

そこで加戸知事は、愛媛県に獣医を呼ぶために、愛媛県の持っている権限の範囲内で唯一可能な策として、愛媛への獣医学部の新設を考えたわけです。
そうすれば、教授として獣医師をよべるし、学生で愛媛に残ってくれる子もいるでしょう。

もとより、獣医学部を新設するために、必要な教授を揃えることは困難なのは、わかっていたことです。
学生にしても、集まるかもわかりません。
これは最善の解決策だったわけではなく、そのことは、加戸知事もよくわかっていたはずです。

でも最善の解決策は文科省にしか行えない。
そして文科省は、愛媛県の苦悩など一顧だにせず、永遠に解決に動くことはない、ということがわかった。

だから、苦肉の策とわかっていながら、困難な道のりとわかっていながら、愛媛県は獣医学部の新設という、たったひとつの可能な策に賭けたわけです。
それは可能性としてはわずかなものでした。
でも愛媛県には、他に取りうる方法がなかったのです。

他の解決策は全て文科省にしか権限がなく、文科省が動く見込みは、それこそゼロだったのですから。
ゼロではない、というほどのわずかな可能性に、愛媛県は賭けるしかなかったのです。

獣医学部新設が困難であったことは、愛媛県の呼びかけに、加計学園しか応じなかったことからも明らかです。
採算がとれるかもわからず、教授陣を揃えられるかもわからない案件に、他の学校法人は、ひとつも名乗りを上げてくれなかった。

また獣医学会は、愛媛県のこの獣医学部新設の動きに、真っ向から反対しました。
これこそが、文科省がそもそも獣医学部の定員数の増加に応じなかった理由です。
獣医学会が反対だから。
獣医学会が反対することを文科省が通したら、文科省の貴重な天下り先が減ってしまうから。

獣医学会が反対し、そのために文科省も岩盤規制を盾に、強固に獣医学部の新設を却下し続けました。
加戸知事と加計学園の、開学までの努力は、実現の見込みのかなり薄い、苦難の道のりだったでしょう。
その骨身の努力は、賛嘆こそすれ、けして非難されるものではないと思いませんか?

加戸知事や加計学園の目的は、愛媛県に畜産医を呼び、鳥インフルや狂牛病を防ぐという、真に県民の利益に叶うことなのですよ?

さらに、加戸知事は国際的な視野を持つ方ですから、今後、バイオテクノロジーが発展していくとき、畜産医が重要な役割を持つことをご存じでした。
豚の臓器を人間に移植する技術などに、畜産医は不可欠だからです。
アメリカ・ヨーロッパでは、その研究が先行していて、日本は遅れを取っています。
そのために加戸知事は、愛媛に新設する獣医学部は、バイオテクノロジーの拠点にしたいと構想していました。
そうすれば、これは愛媛県だけでなく、日本全体の国益にもなるからです。
このもっともな構想のどこに、非難されなければならない点があるのでしょうか?

非難されるべきは、ただひたすら天下りのためだけに、愛媛県のまっとうな願いを却下し、愛媛県に畜産医を増やすための解決策を、なにひとつ行わなかった文科省ではありませんか?
そのことを重々知っていながら、偽りの答弁をした前川事務次官ではありませんか?

また、これらの10年にわたる経緯から、安倍総理が関与する余地がないことは、明らかではありませんか?
加計学園が、愛媛県の獣医学部新設に手を挙げたのは、今よりずっと何年も前の話なのです。
それも愛媛県が、獣医学部を新設してくれる法人を探して奔走していたころ、たまたま職員のひとりが、加計学園の関係者と知り合いだったため、応募してくれることになったというのが発端です。

ですから、加計学園ありきではなく、加戸知事が証言したように、加計学園しかなかった、というのが正しい表現です。
そして、愛媛県と加計学園は、孤立無援の中、二人三脚で大学認可のための努力をしてきたのです。
それのどこが、賄賂や便益を計ったことになるのでしょうか?
一体どこが?
愛媛県も加計学園もけなげで、わたしはちょっと涙が出そうなくらいです。

そして、そんなごくローカルな案件のどこに、安倍総理が関与したというのでしょう。

けれど、これらのことを理解できる人は、驚いたことに、あまり多くないようです。
国会答弁を聞けば、明らかなことだとおもうのですが。
国会答弁を聞いても、加戸知事の証言を聞いても、理解できないようなのです。

戦慄。
あらためて、大衆おそるべし、、、。

なんか、これでも理解できない人たちに、話しかけたり、説明したりって、無駄なんじゃないかって思ってしまいます。
わたしだったら、速攻で諦めます。

それでも、政治家は、そんな人たちを相手に、永遠に説明し続けねばならない。
ほんとうに、ほんとうに、ごくろうなことです、、、。


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狂おしいほど

2017-08-26 01:28:40 | 日記
わたしは、ご皇室が好きで、天皇陛下が好きで、日本の古い文化が好きで。
第二次大戦前の日本は、それらの価値をみんな知っていて、あたりまえのこととして大切にしている国だった。
たとえば、遺された古い映像などで、戦前の日本人が、ご皇室や神社や、古い習慣を大切にしているさまを見ると、狂おしいほどいとおしい、と思う。

それは郷愁なんてものを越えて、かつて日本はこんな国だったのに、どうして、といういきどおりのような思いや。
これこそが本当の日本人の姿なんだ、と、誇らしく思い。
でももはや、この日本は失われてしまったのだ、という喪失感。
そんな感情が入り混じって、狂おしく、いとおしく。
たまらない思いがします。

わたしにとって、「この世界の片隅に」は、かつての日本海軍の在りし日の姿を見せてくれた映画でした。

「この世界の片隅に」は、呉市が舞台だから、呉の人たちは、日本海軍を大切にしている。
ヤマトをはじめとして、呉の海に浮かぶ日本の軍艦を誇らしいと思っているし、それがとても自然なこととして描かれている。
そのことがたまらなく胸に迫った。
国を守る人を誇りに思い、大切にしていた時代。

それから、日本海軍と自衛隊の、あまりにも大きな扱いの落差を、あらためて思い起こさせた。
戦後の日本で、日陰者として扱われ、存在すらほとんど忘れられてきた自衛隊。
かつて日本人が世界に誇った日本海軍との、この落差は、なんなのだろうか。
いかに負けた国、負けた軍隊であっても、こんな扱いの差が、あってよいものなのか。

わたしはどんなに、かつての日本がいとおしいことか!
日本は世界にたった一つ残った古代国家で。
ご皇室という、世界にたった一つの無上の宝を抱いている国で。
天皇陛下は、御身に変えて日本を護ってくださっていて。
そんな国を祖国として生まれたなら、国を愛することの何が悪いのでしょう。
国を守りたいと思って、何が悪いのでしょう。

わたしには、リベラル左翼は理解できません。










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日蝕、アメリカの不穏な気配

2017-08-22 15:42:32 | 時事
日本時間の8/21深夜から、8/22未明にかけて、にアメリカで日蝕があったそうですね。
全米で観測できたようです。

わたしは昨日(8/21)、朝から理由もなく具合が悪くて、一日中、ベットで倒れてました。
今日の朝、すうっとラクになり、ふだんの体調に戻りました。

わたしはもともと、精神不安定なヤツなので、不定期に体調不良になるのですが、ときどき、自分の内的なことが原因ではなく、外界の影響による体調不良かなあ、ということがあります。

それは、日本にとってのなにかの節目のとき。
たとえば、日蝕やお盆、節分などです。
また、日本列島に不穏な何かが重苦しく溜まっている感じがするとき。
そんなときは、季節外れの台風や雷が来ます。それが去ると、まるでウソのように清々しい朝が来て、体調も軽くなります。
雨と風、カミナリの祓いは、すごいものだなあ、と実感します。

まさに、この日本を守ってくださっている神々のはたらきですね。
神々も戦ってらっしゃって、たいへんなんだと思います。
もしかしたら、いまの日本は国防的に岐路にありますから、日本を守る攻防に疲れはてて、神々はボロボロかもしれません。
かみさまにもいろいろおられて、たいていは、きっと、万能ではないのだと、わたしは思います。

天照太御神でも、願ってもできないことが、きっとおありでしょう。
たとえば、地球の人類を滅亡させたくないとお思いになったとしても、人類がダメダメの不出来な子でしたら、天照太御神でも、救うことはできないのでしょう。

そう思うと、かみさまをわずかでもお助けしたい、と思います。
ミジンコパワーですが、、、(*´ω`*)

今回の日蝕は、アメリカの先行きに暗雲をもたらすようです。
アメリカの最大の脅威は、中国より、政権の不安定さより、自然災害でしょう。
アメリカは、日本と違い、自然災害に油断しきってますから。
大災害が起きたとき、トランプ政権は保てるのか、それとも、前代未聞の大統領リコールがあるのか・・・。

それは日本の防衛にもきっと影響するのでしょう・・・。
アジアの大国が、米国と開戦に踏み切るとしたら、たしかに、アメリカが弱体化する、あるいは、したようにみえる、ことが必要です。
いまの中国は、絶頂期に向かって駆け上がっているところです。
まさに登り龍ですね。
中国人は経済大国、軍事大国として自信を深め、日本なんてもはやアウトオブ眼中で、「オワコン」としてバカにしていますし、アメリカもなにするものぞ、と思い始めているように思います。

特に軍部です。
中国人は、これまで西欧と日本に踏みつけにされ続けた恨みが溜まっていますし、それが、日本もアメリカも越えたという自信を持ち始めたとき。
このおごりが、戦争を呼ぶのでしょう・・・。

こころが不安に駆られます。
でも、焦ってもミジンコにはなにもできませんし。
静観ですね。
そして、日本を守るために、やはり、氏神参拝ですね。
わたしはつい、サボりがちなんですが・・・。

しかしながら、外界の影響を受けて倒れているなんて、ほんとにまだまだだ、の思います。
わたしは、ほんとに不出来者で、牛歩の歩み。
ちっとも進歩しません(;ω;)








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蘇民将来の注連縄に

2017-08-20 03:28:52 | 日記
うちの玄関の外に、蘇民将来の注連縄をかざってます。
伊勢地方に行くと、民家の玄関にたいていかざってありますよね。
アレと同じものです。
宮忠さんで買いました。

注連縄を玄関に置くとすがすがしくて、帰ってきて目に入るたび嬉しくなり、「ただいま〜、今日も帰ったよーん♫」と注連縄に声をかけてました。

それがですね、最近なんかすがすがしさが消えて、やーな感じがすると思って、よく見たらカビてました。
それもけっこうな繁殖ぶり。

コンチクショー!

この夏の湿気は異常ですよね。
うちの玄関、建物の構造上、日光がほとんど当たらないんですよ。
おまけに一階なので、湿気が多いし、こもりやすいしで。

伊勢地方では、蘇民将来の注連縄は、ボロボロになっても一年中架け替えないんですよね。
じゃあ、やっぱりこのままにしとくのがいいのかな・・・。

でもカビてるものを置いとくのって、嫌な感じしますよねえ。
自宅に帰ってきたときのたのしみが、ザンネンなことになってしまい。
ちびっとがっかり。
o(`ω´ )o










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終戦記念日、永遠の平和×2

2017-08-18 02:05:27 | 日記
皇紀2677年、平成29年8月15日。
72回目の終戦記念日が過ぎました。

72年。
長いのか、短いのか。
よくわかりません。
その間に日本がどれくらい変わったかを思えば、とても長い年月のように思い。
でも、あれから1世紀も経っていない、と考えると、ほんのすぐそこの出来事であるようにも思えます。

テレビの戦争ドキュメンタリーを見、戦争経験者の記事を読み、わたしは相変わらず泣いていました。
なにしろすぐ泣くので、靖国神社で、木を見ても看板を見ても涙ぐんでる女がいたら、わたしかもしれません。

あのとき、戦場に行った日本人たち。
どんな思いであったのか。
もしそれが自分であったなら、何を思ったか。

人の思いは千差万別。イヤイヤ行った人もいるでしょう。勇んで行った人もいるでしょう。
わたしは、わたしであったなら、多分、この時代に生まれた運命と思い、受け入れようとしただろう、と思うようになりました。
この気持ちを説明するのは、なかなかむつかしい。

死ぬのは怖いし、生きていたい。
自分の家で、平穏に今まで通りに暮らしていきたい。
親を悲しませるのもつらい。
大したことではないけれど、やりたいこともある。
自分ひとりが戦場に行ったところで、どれほどのことができるか。
けれど、日本の国を守りたい。天皇陛下をお守りしたい。
それはひいては、ふるさとと家族を守ることになる。
そのために、いま自分ができることは、戦場に行くこと。それが、この時代に生まれた運命なんだろう。
ならば、どれほど役に立つかわからないけれど、自分なりに最善を尽くそう、と。

わたしであれば、そう考えたんじゃないかと思います。

それでも、あの戦争で逝った人たちのさまざまなエピソードを聞けば、わたしはただただかなしくて、時間を越えて抱きしめたい、と思います。


「日本のいちばん長い日」という映画がありますね。
日本政府がポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏をすると決めた日のことを描いた映画です。
1967年に岡本喜八監督が映画にし、2015年にリメイク版も作成されました。
わたしは、旧版・新版の両方とも観ています。

1945年8月15日は、たしかに、2600年間もある日本の歴史で、はじまって以来の、最も長い日だったかもしれません。

昭和天皇と、総理大臣・鈴木貫太郎は、すぐにも降伏を受け入れるべきだと考えていて、艦隊がほぼ全滅し、事実上、崩壊していた海軍も降伏に傾いている。
でも、陸軍は降伏を受け入れられなくて、日本本土にまだ兵力を残していることもあり、本土決戦を主張している。
その葛藤が、天皇陛下もご臨席された、長い長い会議を通じて描かれます。

陸軍大臣の阿南惟幾が、正確なセリフはうろ覚えなんですが、
「日本軍はこれまで一度も負けたことがないのだ。戦地で戦っている軍人たちに、ふさわしい負け方を用意してやらねばならん。」
という意味のことを言ってました。

おのれの負けを受け入れることは、こんなにも困難なのですよね。
まして、日本は明治に日本軍が創設されてから一度も負けたことがなく、不敗を信じていたんですから。
勝ち続けて、驕り育っていた虚栄心が、どうしても負けを認めたくない。
わたしは、わがこととして、身にしみてわかります。

でも、政府首脳がそうやって降伏を決断できないでいるあいだに、戦陣で日本軍人が命を散らし、本土空襲で市民が死に、原爆が二発落とされる。
何も知らない、何の決定権もない市民だけが、大量に死んでいく。

あの戦争にまつわることは、さまざまな意味を持ち、ひどく複雑で、わたしには、簡単に断じることができません。
終戦記念日が近づくと、わたしは、知恵を絞って、軍部に無条件降伏を認めさせた鈴木貫太郎首相の言葉を、思い出します。

鈴木首相は、亡くなる間際に「永遠の平和、永遠の平和」と二度繰り返し言って、亡くなったそうです。

鈴木首相は、二度と、 日本人があのようなむごい死に方をすることがないように、と、本当に願っていたのでしょう。
本土空襲で焼け死ぬ人、戦場で散っていった若いいのち、あの戦争がもたらした悲惨な死を目の当たりにして、かつ、国の最高権力者であったわけですから、自責を込めた、こころからの願いであったのでしょう。

永遠の平和。
本当に、そんな世界になるならば、どれほど良いでしょう。
それは遠い、あまりに遠い夢です。
現実は、日本には戦争をしたい人はいないのに、周辺国から戦争を仕掛けられている。
日本の防衛のために、家族を守るために、日本人は再び戦わざるを得なくなるのでしょう。
再び戦争で日本軍人が死ぬのでしょう。

日本が戦争をしない、と決意したところで、他国はそうは思ってないのですから、他国から仕掛けられる戦争をなくすことはできない。

あの戦争で逝った人たちを想って泣きながら、このさき再び、日本のために命を散らす人たちのことを思います。















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