思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

公と公共の分離を柱とする「公共哲学」への批判①ー荒井達夫と武田康弘

2009-06-28 | メール・往復書簡
以下は、「金泰昌さんの公共哲学批判ー公と公共の分離」への荒井達夫さんのコメントと、わたしの返信コメントです。
(10000字を超えてしまい、一度に出せないので、二回に分けて載せます。)


金泰昌さんの思想について3 (荒井達夫)
2009-06-20 08:20:05

 日本国憲法の制定に深く関わり、さらに第3代の人事院総裁を務めた故佐藤達夫氏は、次のように述べています。
 「昭和22年新憲法の実施とともに、公務員は〝天皇の官吏″から〝全体の奉仕者″となり、その結果、公務員制度についても根本的改革が行なわれました。」(「人事院創立15周年にあたって」『人事院月報』昭和38年12月号)
 この佐藤氏の見解は、現在のすべての公務員の立脚点を明らかにしていると言えますが、それは日本国憲法下の国民一般の理解を前提とするものです。
 「主権は国民に帰属しているが、天皇に寄託され、行使される」、「市民の公共に反する政府の公も認める」という金さんの思想は、これに真っ向から反すると言わざるを得ません。
 この点について、公共哲学の関係者の間で徹底的に議論していただきたいと思います。



公と公共について (荒井達夫)
2009-06-21 12:12:39

 公・私・公共三元論者は、「公」と「公共」は明確に意味が異なっており、常にそれを意識しなければならないと主張していますが、これがそもそもの間違いの原因と思います。
 例えば、国家公務員法第96条は、「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務しなければならない。」と規定していますが、この規定を三元論では説明できません。国家公務員は「市民の公共」とは異なる「官の公」を追求する存在である、というのが、三元論者の主張ですから、それに従えば、同条は「公共の利益」ではなく「公の利益」と規定されているはずだからです。
 次の警察法の規定も、例にあげることができます。
(この法律の目的)
第1条 この法律は、個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持するため、民主的理念を基調とする警察の管理と運営を保障し、且つ、能率的にその任務を遂行するに足る警察の組織を定めることを目的とする。
 警察の目的は、「公共の安全」と規定されているのです。また、ここで「公共の安全」と書こうと、「公の安全」と書こうと、意味は同じです。
 このような立法例は、他にもいろいろあります。つまり、「公」か「公共」かという議論自体が、現実とかけ離れており、ナンセンスと言うほかないのです。
------------------------------------------------

タケセン(武田康弘)

わが国における「戦前レジーム」の発生源は、明治時代前半に、自由民権運動を徹底して取り締まった明治政府(山県有朋ら)が、天皇主権の大日本帝国憲法の下で、市民的な公共性を抑え、天皇制国家=「公」に従う臣民としての【公民教育】を、小学校を中心に徹底させたところにある、これは誰も異論を挟めない事実です。

その名残りを、戦後も「官」が引きずってきた現実(それを象徴するのがキャリアシステムであり、そのシステムを支える想念が「東大病」です)が、公共問題を分かりにくくさせているのです。

端的には、有罪率が100パーセント近い検察と司法との癒着関係は、わが国を除き、独裁国家以外にはありませんが、警察や検察の閉鎖的で独善的な組織の実態は、明治以来の旧態依然とした「官」のありようを象徴するものです。冤罪事件が日常的に起きますが(月刊「冤罪ファイル」を参照)、誰も処分されず、足利事件で「異例」の陳謝が行われても、冤罪の被害者の方が深々と頭を下げてしまう現実を見ても分かるように、わが国では依然として「公」と呼ばれてきた「官」が、市民の上位にあるわけです。これが現実です。

だからこそ、公と公共の区分けを要請するような思想(金泰昌さんの公共哲学)は、今後、わが国をその内実において、市民主権の民主主義国家にしていくための「障害」にしかならないのです。「官」は、その仕事の内容も組織運営のありようも、わたしたち市民が考える公共性=ふつうの市民の良識に合わせなければならず、もしそうしないのなら、その存在自体が民主主義の原理に反するわけですから、認められないのです。

武田康弘
---------------------------------
ジャンル:
ウェブログ
コメント (1)   この記事についてブログを書く
« ソニーのデジタル一眼・製造... | トップ | 公と公共の分離を柱とする「... »
最近の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
奈良県問題を再考願う。 (早川公朗)
2010-09-19 16:40:30
  初めまして宜しくお願い申し上げます。
私は、奈良県に在住して居ります障害者ですが当方の問題で、公文書偽造行使での有印、無印公文書に纏わる刑事告発、検察庁、審査会、民事調停での不調を経験していますがこれ等の事案で正しい者か御意見を賜りたく、お願いします。
つまり、既に情報公開中でありますので、l考察戴きたい。
 
 インターネツト検索で、毎日新聞専門電子掲示板で公開していますので検証願いたいと思います。
 よろしくお願いします。

  平成22年9月19日
 奈良県北葛城郡広陵町馬見北3-7-18
         早川公朗(71歳)         でんわ0745-55-5312ファツクス共。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

メール・往復書簡」カテゴリの最新記事