シニア世代の恋愛作法(白浜 渚のブログ)

シニア恋愛小説作家によるエッセイ集です
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波(5)

2016年03月02日 00時52分54秒 | シニアの恋
波(5)

上岡綾乃はパートの仕事に慣れるに従い親しい仲間も出来た。全日勤務の浅井順子は新入りの綾乃に何かと親切にしてくれた。不用意な間違いを犯し若い上司に手ひどく叱られた時など
「私もそうだったのよ。」
と慰め、丁寧に教えてくれたものだ。順子は綾乃より八歳も若いが、夫がリストラにあって現在求職中だという。順子は根っから明るいタイプで綾乃は自分が落ち込んでいる時などに彼女の笑顔に救われることが多かった。

〈今更仕事なんて無理かな。生活に困るわけでもないし、夫が言うようにやめたほうが夫婦関係もうまくいくだろうし・・・〉
慣れない仕事でつまずき落ち込んでいるとそんな思いが頭をもたげる。しかし負けん気の強い綾乃にしてみれば自分で始めたことを途中でやめてしまうのは更に悔しかった。ましてあまり会話もなく一日中不機嫌な夫と過ごすことを考えると気が重い。

夫と知り合った頃、真面目でおどおどしていた新入社員の上岡良樹をお姉さん気取りで世話を焼いていた頃が思い出された。高校を出てしばらく家事を助けてから入社し経理に配属されて四年目になる綾乃にとって、都内の私立大学を出てきた新入の良樹は「可愛い」弟のような存在だった。学校の成績は良かったらしく、自信満々で入ってきた彼が、仕事のトラブルでみるみる落ち込んでしまうのを見ると思わず母性本能がくすぐられたものだった。

真面目で着実に仕事を覚えて良樹は次第に職場でも頭角を現してきた。二人は恋に落ちたが職場では同性の視線が厳しく、目をかけてくれた上司の世話で結婚し、それを機に綾乃は退職した。

浅井順子は全日勤務なので休憩時間と綾乃の上がる時間が合った日に一緒にスーパーのランチコーナーで昼食を食べながら話し合うことがあった。その時順子のバッグの中で呼び出し音が鳴った。
「ごめんなさい、電話が掛かってきちゃって。あら主人からだわ。」
順子がバッグからスマホを出して電話を受ける。
「もしもし・・・、えぇーっ、良かったぁ。今夜はお祝いね。・・・じゃあね。」
「主人の再就職が決まったんですって。一安心だわ。」
順子の笑顔がまぶしい。
「浅井さんあなたスマホやってるの。すごいわね。」
「すごくなんかないですよ。上岡さんは違うんですか?」
「私はガラケーよ。使い方も分んないもの。年寄りには無理よ。」
「覚えちゃえば意外と簡単ですよ。便利で結構ハマりますよ。」
「若い人はいいわね。私なんか頭が固いから無理よ。夫は前からやってたみたいだけど。」
「そんなことありませんよ。ご主人とラインでもしたら楽しいんじゃなしいかな。」
「うちはダメよ。」
綾乃は〈うちの夫はゴルフとパソコンしか関心が無いんだから。〉と言おうとして言葉を呑んだ。


次回のテーマは   「波(6)」 です。



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