津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

書状を読む(十) 江戸の辻切

2012-05-29 18:08:32 | 歴史

 寛永六年、江戸に在る三齋から忠利(熱海にて湯治治療)に宛てた書状である。
江戸に於ける辻切事件に係る件である。武江年表には「今年より武家かた辻番を置かる。端々に於いて辻斬ありし故とぞ。」とある。
家光弟・忠長ではないかとされるが、東大史料編纂所による解説によるとそれは寛永八年の事とされる。
            http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/publication/syoho/09/pub_kinsei-hosokawa-04.html

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七月十六日書状(759)
   (前略)
    其元昼夜さかいなく辻切在之ニ付 町々ニ御番被仰付 大小名屋敷ニも番屋誘 昼夜
  番を被付置之由 案外之儀候 我々弓之者罷上候て承候ヘハ常之辻切にて無之様ニ聞之
  候 加様ニ番なとすハり候は 手柄ニ猶々切可申候哉 如何様辻切之申付て在之様ニ思ひ
  なされ申候 絶言語候事

七月十六日書状(762)
  追而申候 辻切ノ儀ニ付うた殿(酒井忠世)へそうようノるすいとも御よひ候て 此あんもんのこ
  とく御申ハたしの由申候て 我々るすい共よりもたせ越申候 此丸でんの所々ノもんごんめ
  つらしき儀候 これハ事之外之分別有へき事かと存候 其元にてハなにとかとりさた申候や
  あまりニふしん成事共にて候 じひつにて御返事可給候 已上

                    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%BB%E7%95%AA

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