津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

齊護卿遺事 ・・ 2

2010-01-30 09:08:22 | 歴史
一、■力殊に勝れおはしませり、然れども、自ら誇らせらるゝ事なし、たま/\御酒まいり
   たる興にまかせられ、御心おかせ給ふ者も侍らぬおり、碁盤これはよのつねよりは厚く重しの片脚を
   とりて、御目の上にあまたゝびさし上げなどし給ふに、聊勞し給ふ御気色おはしまさ
   ず、或時綱利君の御肩入弓とて、普通にこえたる大弓を御側にたて置せられしを、近侍
   の若輩等引き試んとするに、面を皺め體をふるはしても、■のあたりまでも引得ず、そ
   れも再度とはなし得ぬを、君には何の御利器いれ給ふともなく、七度八度つゞけざまに
   引しをらせ給ふ、此弓の事は、重賢君にもいとたやすく引かせ給ひしを、唐僧が見て驚
   きまつりしといふ事、同君の御遺事にも載られたり、又或時西洋銃の鐡丸、廻り尺もあ
   るべきを、近侍の若輩頭上にさゝげむとするに、皆膝をかため、腰をすゑ、一身の力をき
   はめても、えあげざるを御覧じて、それこゝにとのたまひて、肩衣めしながら、御片手も
   て十回ばかり指あげ給ふに、いさゝか勞し給ふ有様おはしまさゞりけり、かゝれば凡
   そ普通の者の力ニ十人がほどはかねさせ給ひぬらむとこそおしはかり奉りぬれ
一、御馬めし給ふに、かりそめにも、御形をくづし給ふ事おはしまさず、手綱とり給ふ手も
   と厳にぞおはしましける、いつの年の初にか、御乗初の日、関東馬に涼風と名づけられ
   しをめし給はんとあり、此馬はいと能く足かきもこゝろきかぬさまの風情なれば、御
   馬役どもゝ、こはおかせ給ひて、他のこそはと申上しかど、たゞその涼風索出でよとの

   たまふゆゑに、止事をえず奉るしに、責め給ふにつけて、足なみ常にかはり、あはれよき
   御馬かなと見奉るほどなりしかば、御馬役のともがらも、皆我を折て感じ奉りぬとなん
一、御心やりには、養禽盆植をも愛し給ふといへども、必ず珍禽奇類の價貴き物を求め給
   はず、只世に有りふれたる物のみにして、鳥は雛を生育せしめ給ふを慰とはせられぬ、
   草木の盆を朝夕に移し置せらるゝ中にも、殊に重きは手づからなし給す事常なりけり
一、御中年より、菊を愛でおぼし立てさせ給ひ、近侍の中、それらの事心得たる者に命せて、江
   戸にては、平井新田の別業にうゑさせられ、花の時、御園にうつさしめ給ひ、其種を御國
   の御園にもうゑしめ給ひけり、かゝれども、聊も費なからむことにぞ心を用ひけられ
   る、結ひ立るませ竹も、年々に取りかへさせられず、古きをかこひて、足らざるをのみ補は
   せらる、花の銘しるさせらるゝ木札も、新に作らしめたまはず、不用になりぬる文箱や
   うの物のそこなはれたるなどもて、つくらしめ給ふ、玩物に費をかけさせ給はざる御
   心もちひは、偏に重賢君の跡にしたがはせ給ふなりけり
一、江戸御往來のをりにも、轎のうちに小さき花瓶をおかせられ、時々の花を折りとり、さ
   し給ひて、慰とせられぬ、ある時、中国路にて、歩侍の中より、君のかく花をめでさせらる

   るを伺い知りて、山櫻のやゝ大きなる枝を折り來て奉りしかば、こはいかに心得ぬ事
   をしつるかな、是は花を愛するにてはなくして、花にあだしつるなりとて、御心にかな
   はせられざりき
一、御襲封の初より、政事に怠らせ給はず、言路を開き、温厚寛裕をもて侍せらるゝにより
   仕うまつる者も、言を盡し易かりけり、常に忿恚の色をあらはしたまはず、たま/\御
   旨に怍ふ事ありても、其後は元に變らせ給ふ事なかりきが、かゝれば、下よりも怨み奉る
   事あらず、殊に監察の言を納れ給へり、たとひ義定せしめ給ひしことを變させ給ふ事
   などのあるは、監察の言によらせ給へるなり
一、重臣を侍せらるゝこと、きはめて優におはしましき、政事の間を得させられては、月花
   のをりにふれて、奥殿に莚を設け、又は水前寺或は川尻の漁舟等に召供せられ、ことに
   江戸にては、遠情を慰め給ふみ心にや、一入にいたはり興をつくさしめ給ひ、石小田新
   田にては、放鷹釣魚をも許したまひけりき
一、江戸のゆきかひはさらなり、いづくへわたらせ給ふにも、御供つかふまつれるものど
   もの勞をいたはらせらるゝ御心ふかくおはしましけり、夏のいとあつき日にも、乗り物
   のうちにて、扇ならし給はず、冬のいみじう寒きにも、御手を爐にあて給はず、煙草をも
   めさゞりけり、さりとて、火爐煙草の具奉らざるにはあらず、こは御供に立ぬる上下

   ものども、さる字すべきならねば、御身のみ安らかにおがしまさじとの御心づかひな
   るべし、漁猟のをりとても、志かなり、厳寒の節、筒網取りあつかひぬる近侍の勞をおぼし
   めしては、御自らもいさゝか御手などあたゝめ給ふ事なく、御網の時は屢、御手を水に
   ひたさせ給ふ、また江戸往來の長途にては、外様のものにも、程ゝによりて詞かけ給ひ、
   年久しく仕へ奉れるには、特に名を呼ばせられて、勞を慰め給ふ事おはしましぬ、又新
   役の者には、其程に應ぜられ、御用命じ給ひ、とにかくに勤めくるしまぬ様にとの御心
   づかひおはしましぬ、江戸はさらなり、いづかたにても、公家方を初め、幕府の権家等に
   御行逢の振合等おろそかならざる御事にて、すべて役々の職掌を心限りに盡さしめ
   給へりしかば、いづれも能く差はまりてつかへ奉りぬ、是等の事は、御供方にて、年久し
   くつかへ奉りし人々の話なり
一、或時、江戸にて、妙解院に御参詣ありしに、院主あるじして、のどかに御物語どもあり
   しかば、御歸りは夜になりむ、さて御側の衆より、御乗物は玄関の上にかきあげさせよ、
   そこより直にめし給はんとの事なりしに、その事つかさどれる松田覺兵衛思へらく、
   是は必ず君の御心にはあらじ、大かた院主の心いれなるべし、さりながら、いかで此寺
   にいらせ給ひて、禮儀欫せ給ふ事おはしまさんやとて、うべなはずして、例のまゝのぞ
   つかふまつりける、かくて御乗物ちかく御供に立ち侍りしに、御詞かけさせたまひて、

   夜もふけぬ、いかにこうじたらむ、寺詣の歸さには、少し似つかはしからねど、眞夜中な
   れば、苦しからじ、このごろ獲つる鳬あり、それ賜ひてん、必ずあらはに禮など申すに及
   ばぬぞと宣ひ、御歸館のうへにて、其鳥を下し賜はりぬ、こは寺にて御乗物の事を志ろ
   しめして、御心に叶はせ給ひての事ならむと、藕に思ひ奉り、いかともかたじけなかりけ
   る事なりきと、覺兵衛申しぬ
一、冬のいみじう寒き日の御猟に、獲させ給ひし鳥の、河中また井手にも落入りたるを取
   上がんとて、御供の者ども、水にひたり入れるを、御心ぐるしうぞ思し召ける、或時、白
   河筋なる薄場といへる所にて打とめ給へる雁の、水中にながれ行くを、向の岸にあり
   ける農夫が取上げ奉らんとて、河中に渡り入るを御覧じて、あれをとゞめよとのたまふ
   により、聲々によばひけれども、きこえずや有けん、股の上まで水にひたりて、其雁をと
   りえてけり、いかにこゞえもしつらん、何ぞとらせよかしとのたまふにより、御取次役
   奉りぬといらへ奉れども、猶御心おちゑ給はぬ御気色にて、たゆたはせ給ふにより、竹
   筒に銭を入れて、河越しに投げ與へけるを見給ひて、其所たゝせられけり
一、つかふまつれるものども、職事につき、おもはざる過ち出来ぬるを、あながちに咎め
   らるゝ事おはしまさず、大かたは御ゆるし蒙りぬれば、かへりて後をつゝしむの心ふ
   かゝりけり、御飼禽などの尤も愛し給ふをあやまちて籠をもぬけしめ、其外御慰の具
   取あつかふとて、損ひなしゝを、かしこまり申上げぬれば、予が慰の物なるを、あやまち
   したりとて、侍共がいたくかしこまりなんは、中々に心いたきわざなりとぞのたまひ
   ける、夏の日いみじくあつきをり、御櫛つかふまつれる者の汗出て拭ひあへず、一滴御
   衣の上におとしかけぬ、あなかしこしとて、上司もてかしこまり申上げしに、暑きをり
   汗出でぬるは、あたりまへの事なり、殊にくしけづるは、骨折る事なれば、汗出でなん、そ
   の汗いだすまじきと心せば、髪結はん事かたかるべし、汗の出るを心になかけそとの
   たまひけり
  
  
  
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