津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■今日の買い物107円

2021-06-27 19:04:40 | 徒然

 今日の散歩は昼食後となった。朝の曇りがちのときに出かければよかったが、雑用で午前中の時間を費やしてしまった。
ホームセンターを覗いてみたいということもあって、太陽が照り付ける中出かけることにした。
帰りに観葉植物をながめていたら、「ホテイアオイ」が並んでいた。新鮮という形容は当たらないかもしれないが、元気がよさそうである。
いつものごとく、散歩の折わがポケットには500円入っているから、手をつっこんで確認したうえに一つ購入。
107円という何とも中途半端な値段である。
江津湖あたりへ出かければ、採取できるのだろうがこちらの方が手っ取り早くて良い。
わが愛する13匹のメダカ君のためにである。すこしビオトープがにぎやかになった。

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■御恵贈御礼「家系研究・第71号」

2021-06-27 18:26:14 | 書籍・読書

                

 家系研究協議会様から「家系研究・第71号」をご恵贈たまわった。厚く御礼申し上げる。
いつもながら、会員の皆様の熱い研究成果が頁に満載されている。
今回は特に真野信治様の「消えゆく甲斐逸見一族」を特に興味深く拝見した。それは、細川家には若狭衆といわれる多くの方が仕官されているからである。
特に細川忠興・忠利のもとで重臣となった沢村大学などは、逸見家の存続に心血を注いだ人物である。
事がかなわわず、細川家のN氏の足軽となりのち功名をたて、10,000石を拝領することになる。以降家老職を輩出する家格となった。
会員の皆様のさらなるご研究を楽しみにしている。感謝・・・

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■ガラシャの血

2021-06-27 08:28:02 | 歴史

 ガラシャ夫人の血を引く方々は、忠興とガラシャの間に生まれた、嫡男・忠隆、二男・興秋、三男・忠利の男子三名、女性は前野景定室・長である。
興秋は父・忠興により切腹を命ぜられた。長の夫・前野景定も秀吉から秀次の事件に関係する人物として切腹させられている。
忠隆は長男なれど、奥方が前田利家女であり、ガラシャの自害の際共にしなかったとして忠興の怒りを買い廃嫡された。
三男忠利が嫡男となり、ガラシャの血は光尚→綱利→宣紀→宗孝→重賢→治年とつながったが、宇土支藩から齊茲が入ることにより途絶えることになった。
宣紀は新田藩初代の利重(綱利弟)の二男だが、新田藩は男系が明治に至っているからガラシャの血も受け継がれているだろう。
なんといっても正統は忠隆の内膳家の家系である。またこれらの家系の女性たちの婚姻によりガラシャの血を引く家も結構あるのだろう。これはなかなか追跡しがたい。

 先にこちらは明智の血をひかれるAAさまから、大阪みなと中央病院長 (大阪大学名誉教授)・細川 亙先生の講演記録が掲載された同病院の記事のご紹介があった。
御礼を申し上げるとともに、当ブログでもご紹介させていただく。
講演記録にもあるように、細川 亙先生は内膳家の嫡流ともいうべき血を引いておられるから、まぎれもないガラシャのDNAを受け継いでおられる。ご一読を願うものである。

                 波瀾万丈細川ガラシャの生きた戦国時代

 ちなみに、細川護熙様にも回りまわってガラシャの血が流れていることを、ある関係者からご教示いただいたことがある。

コメント (2)
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