津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■散歩道を替えてみました

2020-04-24 15:37:35 | 徒然

                                   
 今日は散歩に出て、対面からの人を避けるように歩いていたらこの道に誘われました。
木々の緑が太陽の光を受けて本当に爽やかです。写真の奥は高校野球の名門雲本工業高校の北門の方面です。
背中側は、自衛隊健軍駐屯地の西門に至ります。右手が錦ヶ丘中学、左手は錦ヶ丘公園という位置関係です。
左手のテニスコートは閉鎖されていて、周辺をボランティアで掃除をする方々が見えるくらいで、人出はありません。

                                   
 公園の中にある「裸婦像」日差しを受けて暖かそうです。
後ろの建物が、先にお話しした、地下18メートルの所をシールドで数キロ掘削する前進基地、防音仕様らしく全く音は聞こえません。
公園は数組、幼い子供たちがお母さんに連れられて元気にはしゃぎ回っていましたが、熊本市ではここ一週間ばかり毎日一人ずつ感染者が増えています。皆さん大いに気を付けましょう。

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■祈る・疫病退散

2020-04-24 13:21:34 | 熊本

 

                   

         厚労省のコロナウイルス感染拡大ストップを呼びかけるキャラクター・アマビエ

    

            肥後国海中毎夜光物出ル  所之役人行
            見るニ、づの如く者現ス私は海中に住アマビヱト申
            者也 當年より六ヶ年之間諸国豊作也 併
            病流行早々私シ写シ人々ニ見せ候柄と
            申て海中へ入けり 右写シ役人より江戸
            申来ル写也
                   弘化三年四月中旬

 コロナ禍はまさに「激烈の難病」である。これを写して、懐中していると御利益があるかもしれない。
私は隙に任せてスケッチを試みている。(トレースでは御利益は半減しそうだから・・・)あなたも如何ですか・・・

コメント (2)
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■細川小倉藩(210)寛永四年・日帳(五月朔日~ニ日)

2020-04-24 08:57:01 | 細川家譜

                      (寛永四年五月)朔日~ニ日  

         |
         |    朔日  加来二郎兵衛
         |
召籠シ蔵奉行ノ算 |一、被 召籠置候御蔵奉行衆手前之御算用、今日ゟ申付候、吟味人ハ西沢文右衛門・高田角左衛門・
用ヲ始ム     |  町市丞・瀬崎猪右衛門、算用聞ハ山田善兵衛・野田喜兵衛ニ、手伝四人申付、聞せ候、但、坂根
吟味人  算用聞 |       (倉)
番人外様鉄炮十人 |  後ノ御矢念ニて仕せ候、出入又ハ御番として、外様の御鉄炮衆十人申付候事、
         |                                (皆川)
算用ニ墨ノ磨屑新 |一、右ノ御さん用ニ付、墨ノすりくづ七つ、新キ筆弐対相渡候、帋ハ治アゟ可被請取由、申渡候事、
キ筆紙ヲ渡ス   |
         |一、加藤新兵衛むすめ、中津郡馬場村ニ縁ニ付置候へ共、難産にて果申通、今朝申来候間、登城致用
女子死亡ノ忌   |                                        (服忌令)  
服忌令ニハ十日  |  捨候、いミのほとをも御吟味被成、御さしづ次第ニ登城可仕由、一郎兵衛を以被申候、則服記れ
         |  うを見申候ヘハ、十日之いとまニて候、其段申渡候事、              (様か)
蔵奉行三人ノ算用 |一、御蔵奉行藤吉用忠右衛門・坪井五郎大夫・藤田弥兵衛御算用、手伝四人ノ内、二人ハ外殿御鉄炮
吟味  片手打ナ |  衆、弐人ハ御側弓不破角丞与同与河口猪右衛門両人申付候、内猪右衛門御役儀かたてうちなる被
ル仕儀トノ申分ハ |  仰付様ノ由申候儀、不聞通かたく申渡候事、
聞カズ      |
         
         |
         |    ニ日  山崎伝左衛門
         |
         |      (南条元信室、細川興秋女)
鍋かねノ端午ノ帷 |一、京都ゟ御なべ殿・御かね殿端午之御かたひら御単物被調下候ヲ、大坂ゟ御小早船頭河村喜左衛
子帯       |           (筑紫重門室、細川幸隆女)
         |  門持下り候を、則御内衆をよひ、相渡候事
         |                        御なべ殿御内(ママ)
請取未署名    |    右、御単物御帷子・御帯物三つ宛、慥請取申候、
         |                        御かね様御内(ママ)
宇佐宮ノ御祓箱  |一、宇佐ノ宮成掃部、御祓箱を以持参被仕候事、
         |              〃
蔵奉行三人ノ算用 |一、御蔵奉行衆手前御算用、今日ゟ極申候、御奉行ハ高田角左衛門・西沢文右衛門尉・瀬崎猪右衛門
吟味ノ奉行    |  尉・町市丞此衆也、                            からむし
小倉町屋根葺職ノ |一、吉田少右衛門尉登城被仕、被申候ハ、当町ノやねふき仕候もの、先度当町ニて町人之をぬすミ
盗人走ル     |  申候、内証ニてきひしくせんさく仕候ヘハ、かのぬす人はしり申候、女房・母・むすめ壱人、合
妻子入牢     |  三人すて置、はしり申候、此中ハ、かの盗人しへんもとり可申儀も可有御座哉と存候而、右ノ妻
         |                               刑死した罪人の女房や女子で、役所や奥向きなどで使役される人
上り者トナル   |  子とも籠者申付置候へとも、于今もとり不申候、此妻子之儀ハ、上りものニ被可申候間、いつか
         |  たへ渡可申候哉、渡所被仰聞候ハヽ、渡可申由被申候間、皆川治ア丞と申談、重而此方ゟ様子可
         |  申入由、申渡候事、
蔵奉行之算用吟味 |一、吉用・坪井・藤田御算用之儀、昨日ハ坂根後ノ矢倉ニて可申付と申候へ共、御番ノ御鉄炮衆なと
質部屋ノ土壇ニ仮   |                           (壇)     (仮)         
設シテ行ナウ         |  もあまた入申候、万事勝手悪敷候ニ付、しちへやニ土段ニ座をかりニこしらへ、彼所にて、今日
番ハ不要     |  ゟ御算用申付候、御鉄炮衆十人ハ不入分ニ候事、
         |        (掛)   (鍵)
吉用忠右衛門ノ掛 |一、吉用忠右衛門かけ硯ノかき改候時、此方ニ取置候を、町市丞ニ相渡候事、又此方へ被戻候而、硯
硯ノ鍵  硯ノ段 |  ノ段ニ入置候也、
日向ニテノ新造舟 |一、日向ニて被 仰付候御船三艘、今日廻申候、御船頭ハ広曽太郎右衛門、其外弐人名しれ不申候、
廻漕  松阪ノ建 |  荷物ハ松坂ノたてくつミ来候事、
具ヲ積来ル    |

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■志方半兵衛言上之覚・釈文‐ 23(原文292分)

2020-04-24 07:17:06 | 細川家譜

29         何共御手たてをハ不被仰出候 左門殿被仰候ハ今
          一責セめ候て城をのり落可申と被仰候ヘハ伊豆殿
          被仰候 左様の手だてハ悪敷候とかく城之廻りニ
          らちをゆひ飯米せめニ可被成との御内談ハ御
          座候よしニ候へ共未何共被仰出候事
         一伊豆殿へ立允様ゟ人をも被遣御音信も
          被成候事
           御意之由ニ而
         一伊豆殿御馳走ニ井関長左衛門・下村傳蔵参居
          御用共承申候 御風呂舟も着舟仕候へ共未ふろへハ
          不被成御入候 此等之趣宜預御披露候以上
              正月八日      志方半兵衛
              諏方猪兵衛殿
        12/29着書状に対する返書  
          十二月廿九日之 御書昨日八日ニ嶋原様御陣所ニ

          謹候而致頂戴候
         一原之城十二月廿日之城せめニ落不申上は様子
          をかへ責申候は城落去仕事も可在之候又
          長引申事も可在之候此段知申間敷セ被
          仰下候如御諚元旦ニ責申候へ共乗きりセ不申候

                              
                                参考:湯舟(風呂舟

                            

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