札幌のクリスチャン鍼灸師

札幌市中央区山鼻地域、石山通沿い側で、脈診流による経絡治療専門の鍼灸院をしています。

パレスチナ問題が良く分かるかも(ラジオ番組紹介)

2018-01-20 15:31:56 | その他諸宗教
昨年の9月16日に
『ラジオ番組 シリーズ「イスラームという生き方」』
としてラジオ番組を紹介しました。
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52487838.html
ユダヤ教徒とイスラム教徒の対立は、イスラム教が成立した頃から起こっている様にと、間違った思い込みをしている人はけして少なくありません。
両者間の対立は第一次世界大戦後、さらに表面化したのが第二次世界大戦後です。
また、パレスチナ人の中には、キリスト教徒も少なくありません。
そういう事からも、今回の番組はパレスチナ問題に関して分かりやすいと思います。
トランプ米大統領が、「エルサレムがイスラエルの首都」発言をしただけに、タイムリーかもしれません。
私はこの前の日曜日に聴きましたが、明日21日日曜日夕方6時半から、再放送されます。
 
(↓以下は、昨年の9月16日に書いたものと殆ど同じ内容です。)

イスラームに対して分かりやすい内容です。
正しくイスラームを理解する意味からも、有意義です。
番組出演者は、家族で長らくエジプトで生活していた様です。
娘さんの麻李亜さんの話も、若い女性の立場からという事からも、興味深いです。
 
(↓以下
http://www4.nhk.or.jp/kokoro/22/
から引用です。)
「イスラームという生き方」
「宗教の時間」では、シリーズ「イスラームという生き方」(全12回)を放送しています。
放送は、4月から来年3月まで、毎月第2日曜です。
出演:小杉泰(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授、
同付属ハダーリー・イスラーム文明研究センター長)
小杉麻李亜(立命館大学授業担当講師)
■ラジオ第2放送 放送日 第2日曜 午前8時30分~9時
再放送 第3日曜 午後6時30分~7時

(中略。)
 
第10回?現代の争いはどう生まれたか
放送??1月14日(日)
再放送?1月21日(日)

(↑以上
http://www4.nhk.or.jp/kokoro/22/
からの引用です。)




天理教が街頭で布教演説 (10月20日のTwitterの纏め)

2017-11-06 16:44:41 | その他諸宗教
(以下、10月20日のTwitterからです。↓)

午前中所要で出ていたのだけど、10時過ぎ南1条西11丁目、電車通と石山通の信号付近、セブンイレブンのあたりで、天理教の男性何人かで大きな声で布教していた。
最初選挙の演説かと思ったけど.
「私達の体は神様からお借りしているのです・・・・それだけに私はこの様に健康で大きな声で話も出来ます・・・・おや様は・・・・・」
などと離していた。
信号が青に変わって電車通を渡り北洋銀行に行って、帰りそこをもう一度通ったが、もう彼らは居なかった。
自称宗教ウオッチャーとしては、もう少し聴いてみたかった。笑)
 
(↑以上、10月20日のTwitterです。)
 
これまでもしばしば、中央区役所の付近で、信者さんが拍子木をたたいて歌いながら歩いている時に、すれ違った事があります。
また、地下鉄11丁目の出口付近で、この様に布教演説をしている事があるというレスポンスもありました。
札幌市中央区南8条西11丁目に、道内の天理教教会を統括していると思われる、「
天理教北海道教務支庁」という所が在るみたいで、そこから近い事もあるのかもしれません。
http://www.mapion.co.jp/phonebook/M10018/01101/20130047494/
自称宗教ウオッチャーとしては、興味深かったです。
まぁ、興味のない人にとっては、どうでもいい事なのでしょうけどね。(笑)
というか、正直このところブログをアップする頻度が少ないので、あまり内容があるとは思えないけど、ちょっと書いてみました。



ラジオ番組 シリーズ「イスラームという生き方」

2017-09-16 20:11:04 | その他諸宗教
イスラームに対して分かりやすい内容です。
正しくイスラームを理解する意味からも、有意義です。
番組出演者は、家族で長らくエジプトで生活していた様です。
娘さんの麻李亜さんの話も、若い女性の立場からという事からも、興味深いです。
 
(↓以下
http://www4.nhk.or.jp/kokoro/22/
から引用です。)
「イスラームという生き方」
「宗教の時間」では、シリーズ「イスラームという生き方」(全12回)を放送しています。
放送は、4月から来年3月まで、毎月第2日曜です。
出演:小杉泰(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授、
同付属ハダーリー・イスラーム文明研究センター長)
小杉麻李亜(立命館大学授業担当講師)
■ラジオ第2放送 放送日 第2日曜 午前8時30分~9時
再放送 第3日曜 午後6時30分~7時

(中略。)

第6回 ハラール食品を食べる
放送  9月10日(日)
再放送 9月17日(日)
(↑以上
http://www4.nhk.or.jp/kokoro/22/
からの引用です。)




天理教の前を通りかかったら太鼓の音が

2016-10-03 18:19:45 | その他諸宗教
昨日札幌は天気も良く、24.7℃まで気温が上がったとか・・・・・。
北海道内でもオホーツク海方面では、26℃以上の地域もああったとからしいです。
朝教会へも歩いて行き、帰りも歩き、うちから比較的近いラーメン屋に初めて入り、そこでラーメンを食べました。
そして一度帰ったのですが、こんな天気のいい日はもったいないと思い、ぶらぶら当ても無く散歩をしました。
まぁこれまでならゆっくり野球中継を聴いていた事でしょうが、われらが北海道日本ハムファイターズ、めでたくパリーグ優勝となりましたからね。
という事で、なんだかんだ午後3時半近くに帰ってきたかと思います。
携帯電話の万歩計は、1万4千5百歩ぐらいまでになりました。
片道40分、うちから教会まで往復しても、7千歩にもなりません。
その散歩中、南11条西12丁目の天理教の前を通りかかると、太鼓の音が聞こえてきました。
前にもそこを通りかかったら、太鼓と拍子木の音が聞こえてきた事もありました。
なんとなく興味を引き、その建物の横の通に入ると音が聞きやすく、ちょっとだけ立ち止まって聞いてしまいました。
なんだかCDか何か、雅楽の管楽器に合わせてたたいている感じでした。
しかし残念ながら、1分ほどで止まってしまいました。
その後そこを立ち去り、また数10分してからそこを通りましたが、その時は聞こえませんでした。
ネットで調べると、そこは天理教山鼻分教会
http://townpage.goo.ne.jp/shopdetail.php?matomeid=KN0100060500045202
という事らしいです。
時々中央区役所に行った時など、区役所の近く、石山通の歩道上で、天理教の信者と思われる男性信者が数人で、拍子木をたたきながら歌っている事に出くわす事があります。
区役所は中央区南3条西11丁目で、天理教の北海道教区教務支庁が、中央区南8条西11丁目
http://tenrikyo-hk.com/index.php?FrontPage
という事らしいです。
宗教ウォッチャーとして、あるいは音楽好きとして、天理教の宗教音楽をゆっくり聴いてみたいとも思いました。
2012年2月20日にも書いた様に、一度天理教の葬儀に行った事はありましたけどね。
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52384898.html
まぁ、これでもクリスチャンとしての自分の感覚ですが・・・・・。
私は原理主義キリスト教徒とは違い、お互いを認めつつ、他宗教の人達との対話を積極的にしたいと思っています。



初めて天理教の葬儀に参列

2012-02-20 18:08:00 | その他諸宗教
先週知り合いが逝去され、葬儀に参列しました。
天理教式の葬儀でした。
私にとっては初めてで、儀礼など一緒に参列した人に教えてもらいながらでした。
雅楽の流れから始まり、天理教の聖職者とでもいうのでしょうか、その方が唱える「祝詞」ののような感じで、なんとなく全体的に神道の雰囲気を感じさせました。
「神道の雰囲気」といっては、信者の方にお叱りを受けるでしょうか?
失礼がありましたら、お赦し下さい。
もちろん仏教式ではないので、焼香はありません。
裁断の前に出て行き、一人一人玉串を捧げるという感じでした。
後で調べてみると、「玉串奉献」というそうです。
その時に礼をして拍手を音をたてないように4回します。
一緒に参列した人も、先の人達がやっているものを見て、私に教えてくれた漢字なのですが、今一私としても要領がつかめませんでした。
さて、原理主義キリスト教徒にありがちですが、他の宗教式の葬儀に参列した時、仏教式なら、「クリスチャンは焼香をしてはならない」みたいなことを言う人が珍しくありません。
それがクリスチャンとしての証だとまで言う人も、少なからずいます。
私は一々その場で自分がクリスチャンであることを説明するのが面倒なこともあり、そのまま流れで焼香をします。
今回の天理教式の玉串奉献の時も、そのような感覚です。
そもそも葬儀の場は、自分がクリスチャンであることを証する場ではないはず・・・・。
極端な排他的原理主義者の中には、「悪霊が付く」などと平気で言ったりもします。
その人の信仰はその程度で、悪霊が付くほどのものなのでしょうか?
もちろん、他宗教を悪霊呼ばわりするつもりは私にはありませんが・・・・。
意外とそのような人には、親しくしているのはクリスチャンだけだったりかもしれませんね。
というか、今回つくづく感じましたが、他宗教の儀式をどうしてもやりたくないならば、それはそれで理解出来ますが、親しくさせていただいた人の葬儀の場で、あえて無理してまでそのような選択をする感覚が、私には考えられませんでした。
マザー・テレサも、身寄りのない人達の遺体をその人達の宗教儀式にのっとって葬ったということは、よく知られています。
なお、天理教式の葬儀については、↓
http://www.geocities.jp/osamu_fk/tenrikyo/sougi.html
↑こちらが参考になります。
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