札幌のクリスチャン鍼灸師

札幌市中央区山鼻地域、石山通沿い側で、脈診流による経絡治療専門の鍼灸院をしています。

番組紹介 NHKラジオ 宗教の時間 シリーズ「物語としての旧約聖書」

2018-08-11 17:59:41 | キリスト教
これは4月15日に書いたものと、殆ど同じ内容です。
 
NHKラジオ第2放送「宗教の時間」。
以下↓
http://www4.nhk.or.jp/kokoro/26/
からです。)
 
シリーズ「物語としての旧約聖書」
ラジオ第2「宗教の時間」では、2018年度、シリーズ「物語としての旧約聖書」(全12回)を放送します。
放送は、4月から来年3月まで、毎月第2日曜です。
出演:月本昭男(上智大学特任教授)
■ラジオ第2 放送日 第2日曜 午前8時30分~9時
再放送 第3日曜 午後6時30分~7時
*放送日時は変更、休止の場合がありますので、番組案内にご注意ください。
第1回 天地創造人間と自然の調和を願って
放送 4月8日(日)
再放送 4月15日(日)
第2回 エデンの園人は塵から造られ塵に帰る
放送 5月13日(日)
再放送 5月20日(日)
第3回 カインの末裔都市文明への批判的視座
放送 6月10日(日)
再放送 6月17日(日)
第4回 大洪水物語の現代的意味
放送 7月8日(日)
再放送 7月15日(日)
第5回 アブラハムおそれとおののきのなかで
放送 8月12日(日)
再放送 8月19日(日)
第6回 ヤコブとその子ら目に見えない神の摂理
放送 9月9日(日)
再放送 9月16日(日)
 
(↑以上
http://www4.nhk.or.jp/kokoro/26/
からです。)
これまで再放送も含めて欠かさず聴いています。
繰り返しになりますが、私自身は興味深いと感じてても、「物語としての旧約聖書」とある様に、原理主義といいますか、逐語霊感説の聖書解釈をするクリスチャンは、受け入れがたい内容でしょうね。
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番組紹介 NHKラジオ 宗教の時間 シリーズ「物語としての旧約聖書」

2018-04-14 19:22:31 | キリスト教
NHKラジオ第2放送「宗教の時間」。
以下↓
http://www4.nhk.or.jp/kokoro/26/
からです。)
 
シリーズ「物語としての旧約聖書」
ラジオ第2「宗教の時間」では、2018年度、シリーズ「物語としての旧約聖書」(全12回)を放送します。
放送は、4月から来年3月まで、毎月第2日曜です。
出演:月本昭男(上智大学特任教授)
■ラジオ第2 放送日 第2日曜 午前8時30分~9時
再放送 第3日曜 午後6時30分~7時
*放送日時は変更、休止の場合がありますので、番組案内にご注意ください。
第1回 天地創造人間と自然の調和を願って
放送 4月8日(日)
再放送 4月15日(日)
第2回 エデンの園人は塵から造られ塵に帰る
放送 5月13日(日)
再放送 5月20日(日)
第3回 カインの末裔都市文明への批判的視座
放送 6月10日(日)
再放送 6月17日(日)
第4回 大洪水物語の現代的意味
放送 7月8日(日)
再放送 7月15日(日)
第5回 アブラハムおそれとおののきのなかで
放送 8月12日(日)
再放送 8月19日(日)
第6回 ヤコブとその子ら目に見えない神の摂理
放送 9月9日(日)
再放送 9月16日(日)
 
(↑以上
http://www4.nhk.or.jp/kokoro/26/
からです。)
この前の日曜日、私も聴きました。
そこで思ったのですが、私自身は興味深いと感じてても、「物語としての旧約聖書」とある様に、原理主義といいますか、逐語霊感説の聖書解釈をするクリスチャンは、受け入れがたい内容でしょうね。
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キリスト教教派間の溝

2017-10-31 23:59:59 | キリスト教
今日のキリスト教、特にプロテスタント内の教派間の溝は、地域性や年代によって、少しずつ変わってきているように感じます。
私は1990年代半ばから10年ちょっと、通っていた自分の教会に留まりつつも、聖霊運動に片足突っ込んでいました。
当時の私の印象として、1990年代ぐらいまでは、聖霊派と非聖霊派間に、はっきりした溝が在りました
聖霊派の人達が「非聖霊派」の事を、「福音派」と呼んでいたほどです。
もちろん非聖霊派=福音派ではないのですが、当時私も知らず知らずにその様な意味合いで使っていた事もないでもないです。
それがリバイバルミッションが全盛期の頃、そして聖霊運動の「第三の波」の存在が目立ってきました。
その後は福音派と聖霊派がお互い接近し合ってますが、それらの教派は「逐語霊感説」という聖書解釈で纏まれるのかもしれませんが、やはり当然リベラル派からしてみれば、逐語霊間説は受け入れがたいので、そこにまた溝が出来てしまっているというのが、私の印象です。
数年前札幌で、フランクリン・グラハムを呼んで、超教派で集会が行われました。
決起集会が行われていた頃、うちの教会に関係者がレーナ・マリアを伴ってアピールに来ましたが、自分としては違和感があったし、うちの教会がその集会に曲がりなりにも関わったのに対して、私はかなりの躓きになってしまいました。
2013年10月6日の記事、コメントも含めて参考にしてください。
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52385006.html
この事で、私は8ヶ月ほど教会に行かなかったほどです。
案の定といいますか、うちの教会員がフランクリン・グラハムがどのような人物なのか知らないでその集会に行き、違和感を感じて帰ってきました。
やはり、リベラルな立場とファンダメンタルな立場では、纏まりようがないというのが、私の率直な感覚です。
とはいえ、纏まる事が出来なくても、お互い足の引っ張り合いはすべきではないでしょうね。
カルト化した教会は、また別な話しですが・・・・。
今では私もそれらの違いをそれなりに理解しているので、ファンダメンタルなクリスチャンの人達と議論するつもりもないし、ネット上においても、わざわざそこに出向いていちゃもんをつける事もしません。
リベラルな人達が集う所に、ファンダメンタルな立場の人が現れて議論をしてきたりすれば、当然激しい言い争いにもなるでしょうし、また逆もありです。
それだけに、たまにありますが、私のこのブログに反論するコメントが書き込まれれば、それを排除はしないものの、それ相応に私の立場は表明します。
相手が何時までも反論してきて終わりが見えないようだと、私のブログでなく他でやるよううながしますし、実際そういうこともありました。
立場の違うクリスチャンに対して、普段真面目そうな、女性であれば、普段優しそうな姉妹が、いきなりヒステリックになるなんて事もしばしば見られます。
はなはだしいものになれば、お互い悪魔・サタン呼ばわりです。
意外とその様な人は、自分の信仰に自信が無い、だから人に指摘されると揺らいでしまうのかもしれません。
ヨハネ 21章
21節: ペテロはこの弟子を見て、イエスに言った、「主よ、この人はどうなのですか」。
22節: イエスは彼に言われた、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい」。
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思い起こせば今日はバプテスマ記念日

2017-09-21 19:57:45 | キリスト教
ふと思い起こせば、今日9月21日、1986年のこの日、バプテスマ(洗礼)を受けた事を思い出しました。
あの日は雨模様でその時期にしては気温が低かった様に記憶しています。
バプテスト教会では基本的に「洗礼」とは言わず、「バプテスマ」といい、全身を水に沈める「浸礼」です。
例外は別として、バプテスト教会は額に水を垂らす「滴礼」ではありません。
バプテストリーの水もぬるま湯ではなかっただけに、ちょっと冷たかった様に記憶しています。
その後、一時期は聖霊運動に片足を突っ込んでいた事もありましたが、何とかそのまま今も、札幌バプテスト教会に留まっています。
まぁ、けっこうさぼって、数ヶ月間教会に行かないなんていう事も、しばしばありますけどね。
それに、クリスチャンになったからとて、特別自分の人格が変わったという訳でもないですしね。
元を正せば、10代の頃は、無宗教でした。
実際口先だけの無宗教ではなく、迷信や占い、民間信仰、心霊現象などなど否定してました。
そこがよく見られる口先だけの自称無宗教という人達とは全く違う事を、自信を持って言えます。
という事で、例年ならこの日を思い起こす事なく、日が経ってから思い出すのが殆どでしたが、今日たまたまふと思い出しました。
本来ならバプテスマを決心するまでのいきさつを詳しく書くべきなのかもしれませんが、詳しく書くとなると、何日もかかってしまいそうなので、とりあえず思うままざっと書いてみました。
もし暇でしたら、7月11日に書いた
「私のキリスト教信仰と聖霊運動との関係」
をあわせて読んでいただければ、少しはその事が分かるかと思います。
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52484108.html




「韓国はなぜキリスト教国になったか」を読みました

2017-08-29 19:02:27 | キリスト教
「韓国はなぜキリスト教国になったか」
鈴木崇巨著
(春秋社 
2012年9月発行)
を読みました。
本の内容の紹介として、

いまや人口の4割近くをキリスト教徒が占める韓国。そうなるまでの過程には、日本が深い関わりを持っている。信仰にもとづく韓国人の精神性と行動の原理を、クリスチャンの視点から解き明かす。

と、ありました。
この著者は、日本基督教団の牧師です。
元々在日大韓基督教会で受洗したという事もあるのか、韓国に重い入りが多い様で、戦前戦中の歴史観がかなり左寄りである事が、どうも私には引っかかりました。
まぁ、歴史観もいろいろな角度から見る方向が変われば違ってくる事は、よく私も言っている事ですし、まして私としても、日本が朝鮮半島を支配していた事を、美化するつもりはないですけどね。
その点五階無くお願いします。
それでも、韓国のキリスト教史を知る意味では、私としても有意義な本でした。
また、近年では韓国がキリスト教国である事を、もっと一般に認識されるべきという事は、そのとおりだとも思いました。
ただ、不祥事牧師の事を無批判に取り上げている事には、どうも納得出来ないという事が、私の正直な思いです。
確かに、チョ・ヨンギの存在を無くして韓国のキリスト教会を語られない存在なのかもしれませんが(P143)、
前にも取り上げた様に、東日本大震災に対して「神様の警告」という発言は、非難されて当然です。
http://blog.livedoor.jp/shinqroom/archives/52384796.html
また、有罪判決も確定してます。
http://maranatha.exblog.jp/25805753/
その他、以前から不倫・重婚のスキャンダルも言われていますし、神学的問題も指摘されてもいます。
http://maranatha.exblog.jp/21438898/
2012年に出版されていただけに、有罪判決はその後の事だけに、まぁしかたがないにしても、最低限この様な事を付け加えてチョ・ヨンギを取り上げるのであれば問題ないかと思いますが、一言も触れられていません。
また、刑事裁判では無罪だったものの、セクハラ・パワハラなどで民事では敗訴となっている、日本在住の韓国人牧師、ビュン・ジェイチャンの書籍も引用しています。(P167)
もちろんそれらのスキャンダルについては全く触れられていません。
http://mordecai.jp/
その他、韓国教会に対する日本の教会側からの批判、勧告教会の異端問題に関しても、もっと取り上げるべきだと、私は感じました。
他にも思うところがありましたが、これらが印象的な事です。
いずれにしても韓国教会を持ち上げ過ぎ、それがこの本に対する率直な私の感想です。
最後に一応付け加えておきますが、私としても韓国の日本に対する政治姿勢に対しては批判的な思いもありますが、韓国人全てが反日ではなく、親日の韓国人もいる事を知っています。
また、韓国キリスト教会の全てを否定するものでもありません。
その事も書きたいのですが、長くなるのでまたそれは別の機会にします。