【公式】死神紫郎ホームページ

2018年より死神改め、死神紫郎(読み:しにがみ しろう)に改名。ギター弾き歌手。

6・29演目紹介

2011-06-30 21:39:21 | お知らせ
ご来場、誠に。

演目

ギター弾き語り

1、いびつの美学
2、水を飲んでも眠れやしない(新曲)
3、病は伝染る
4、夢からさめない夢
5、なにやってんだ
6、床擦れの姿煮
7、出生拒否中絶歌


新曲をやった。

組織・園長氏のここ最近の深化たるや凄まじく。
長らく疎遠になっていた人は一度見てみると良い。

妖精達、上質下品で素晴らしく。
アイデアとセンスを昇華するだけの技術の高さにうっとり。


次回、7月8日。
死神企画19弾、無善寺にて。


次回公演のお知らせ

2011-06-27 00:00:00 | お知らせ

次回公演のご案内


6月29日(水)
東高円寺二万電圧

開場18時30分
開演19時

前売1500円+飲物代
当日1800円+飲物代

※予約無しでも死神指名で前売り扱い

他の出演

妖精達
組織暴力幼稚園
popp in bladder

死神の出番は3番目

演目はギター弾き語り。
新曲やります。

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習い事マニアの真似事のすすめ、一瞬。

2011-06-26 00:00:00 | 声明文
私は4月に4つの習い事(勉強会のようなものも含め)に参加した。
どれも未経験のものだ。

・体操
・非哲学講座
・ホットヨガ
・三上寛氏の詩学校

興味を持ったらなんでもやってみようと思った。
三日坊主でもやるとやらぬでは雲泥の差だ。

やってみたいをやってみるに変えるにはただ一つ、
「行動」しかない。

三日坊主を笑うやつは何もしないゼロ日坊主だ。

兎に角は私は変わりたかった。
私は身体的、
思考的体力とセンスを鍛えたかった。

バンドならメンバーを交代するなり、
増やすなり減らすなりすれば、
音楽的化学反応の質を変えることは容易だが、
ソロの場合そうはいかない。

なんせメンバーの変更のしようがないのだから。
演るか辞めるかしかないのだから。

生きるか死ぬかしかないのだから。

手前の中で多角的に化学反応を起こさなければ、
なにも変わりはしない。

私は私以外の何者でもないからだ。

私には経験が不足している。
あらゆる点からそう思う。

ならばすれば良い。

というわけでまず、
脱力を極める体操の教室に行ってみたのだが、
退屈というか、
私の求めているもと何か違ったので1回で辞めた。

次に中島義道氏の非哲学塾に参加した。
とても面白かったが、
今後の時間の都合がうまく合わず断念。
(自分の好きな作家に直接質問し、
直接回答してもらえる機会などそう滅多にない。
貴重な時間だった。)

そしてもう一丁、ホットヨガ。

公演にも病気にも強い体作りを目的に選んでみた。
ご婦人、OLのお稽古程度なら、
この貧弱な私でもついていけるだろうと踏んだのが甘かった。

40度湿度55%の糞蒸し暑い低温サウナの如し部屋で、
1時間半にも及ぶ奇妙なポーズの連続は、
予想以上にしんどかったカルカッタ。

ズボンもシャツも浴槽に浸かったかの如しシャバダバで、
1回目のお稽古終了後、
私は戦いに破れたダルシムのように成り果てた。

もう駄目だ、きつい、疲れた、帰ろう。
とマットに寝そべり呼吸を整えていると、
ウーンと天井の巨大扇風機が回転しはじめした。

ゆるゆるとした風が茹で上がった身体を包み込む。

・・・

はっ。

これか!

皆はこれを目指して耐えてきたのかっ!

なんたる爽快感。

・・・

身体が徐々に落ち着きを取り戻す。

体の腐りきったドロドロを汗で押し流したような、
得たいの知れない汚れを排出したような、
そんな気分、充実感。

体が喜んでいる。

続けてみよう。

そう思った。

のんびりと。

飽きてしまうまで。

(初めは合っても、
後から合わないということは多々ある。
私は知っている。)


「好き」に理由がないように、
「嫌い」に理由もない、道理。

(「好き」の理由も「嫌い」の理由も、
後から付け加えられるものだ。

人は漠然とした好意に基づきそれ好いて、
漠然とした嫌悪に基づきそれを嫌うのだ。

「漠然とした」を
「生理的」に置き換えるとより分かりやすい。

食べ物だって土地だって人間だってそうだ。)


体が喜んでいるか否か。

心が喜んでいるか否か。

そういう感覚に素直でありたい、
あろう、あらねばならない。



追記

三上寛氏の詩学校も継続中。

頗る楽しい。

詞ではなく「詩」。

猛烈にのめり込んでいる。

この詩学校のことは思うことが多すぎるので、
今はまだ書ききれない。

ので、また時期がきたら書こうと思う。


電気喰うな!

2011-06-19 00:00:00 | 声明文
私は斉藤和義が嫌いだ。

今の今まで、
「ずっと好きだったんだぜ~」などという、
同窓会で会った昔の女に対する、
軽ーい恋愛ソングを歌っていたくせに、
(チャラチャラした日和見ソングばかり歌っていたくせに)
震災後突然、反原発ソング。

なんだろう、この違和感。

突然、ロッカーぶってるというか。
突然、反逆者ぶってるというか。
随分と都合のいいやつだなと思う。

こんな精神がロックなのか?
馬鹿馬鹿しい。

日頃から原発で作られた電気を使いまくって
「ずっと好きだったんだぜ~」
と日和っていたくせに。

一般人よりも電気にお世話になってきたくせに。

斉藤和義は反原発ソングを配信したらしいが、
東京電力の電気使ってやってたならなんの説得力もない。

斉藤一義のやっていることは、

ソープ嬢と性交しながら、
「若いのにまったくけしかん!
親が泣くぞ!
なんでこんな仕事してるんだ!」
と真面目に説教するオヤジと変わらない。

というか、まんま同じ。

東京電力のみをやり玉にあげてを批判するやつは電気を使うな。
一切だ。
それが筋ってもんだ。

反原発バンド野郎は電気を使ってライブをするな。

自己批判精神に著しく欠如した幼稚な喚きだ。


これは東京電力「だけ」の問題、責任ではない。
国「だけ」の責任ではない。
「私」を含む日本人全員の責任、問題だ。
日本人全員の危機感の問題だ。

私も今回の事故が起こるまで、
原発がこれほど危険だなんて思ってもみなかった。
原発はクリーンで安全だと思っていた。

現代の科学技術ならば、
日本の高度な技術ならば安全だと甘く考えていた、
誤信していた。

だが、自然の力は恐るべきものだった。

どんな屈強な人間も、
どんな高度な科学も易々と破壊し、
飲み込んだ。

私はこの時、
東電に対する怒りより、
私を含む国民全体の認識が甘かったと何より痛感した。

きっと大丈夫が駄目だったのだ。

民主国家と言えぬ植民地国家の「考えない」
人任せの政治の結果と言わずしてなんと言おう。

震災前から必死に反原発を訴えてきた人は正しかった。
東京電力を批判する権利、価値がある。

だが私のようにヘーキじゃねぇの?
とろくに頭も使わず、
垂れ流された情報を鵜呑みにし続けてきた人に、
東京電力を批判する権利などないのだ。
。(※現在東京電力の指示により避難している人々は別。
今まさに「直接的」被害を受けているのだから。)

私は東京電力と同類の精神だったのだ。

悲しい事実だ。

悲しい現実だ。


だが今回の地震で、
原発は危険だということが証明された。

誰の目にも明らかになった。


それでもなお新たに原発を作るという者が居る。


断言する。


そいつは正真正銘の馬鹿もしくはキチガイであると。






破滅への一歩、だがそれは快楽を伴う。

2011-06-12 00:00:00 | 声明文
5月3日無善寺公演のあと、
私は微弱な違和を覚えていた。

エレキの弾き語り、
イマイチこうなんか違う、と。

違和をわずかにでも嗅ぎとったならば、
それは正しく撲殺しなければならない。

こういう粒々した違和を放っておくと
後々酷い目に遭うのだ。

私は知っている。

行動はすぐに起こせ。

というわけで翌5月4日、
理想の音、
楽器を求めて中古屋を散々と巡り、
1本のアコースティックギターを購入した。

金がないなら、組めばよい。

え?ローンですよ。

人生で始めてのローン。

少しばかりびびった。

というかカードを長年持っていながら、
一度も使ったことがなく、
カードを渡したあと、
サインをすることすら知らなかった。

(たったこれだけの契約で大丈夫なのか?
と不安にもなった。)

リボルビング払い?
意味が分からず狼狽えて、
親切な店員氏に説明を受けて、
うんうん相づちを打ったが意味が分からず、
とりあえずそれにして、
(※のちにリボルビング払いを勉強、
ヤクザな金利のため2回払いに変更。)

店頭で1円も支払わずに
ギターを「貰った」ような気分になり、
それから徐々に万引きをしてきたような、
得体の知れぬ巨大な罪悪を抱えたような気分になり店を出た。
(私は今、1円も払わずして新たなギターを手にしたのだ!)

帰り道、ギターを手にした喜びと、
先の万引きの心境と、
今後の貧困生活の想像が渾然一体となり、
軽い放心状態に成り、

「私は破滅の道を歩むのだ。
自らの芸に私は滅ぶのだ。
それもまた運命。悪くない。」

そのような事を頭の中で何度も呟いた。
(※高々6万円のギターです。
でも私には大金です。
独演者は全ての金銭を一人で賄わねばならぬのです。
それもまた運命。
いちいち大袈裟なのはご愛嬌。)

でもこれこそ正しい金の使い方なのだ。

こういう所でケチケチしてはいけない。

自分の生き甲斐、
愛情を注げるものに対しては、
惜しみ無く使うべきなのだ、金は。

しばらくはおかずが1品減るだろう、
おやつはカントリーマーム、
かりんとうから食パンにジャムを塗ったやつに格下げだ。

それでもいい。

手前の命を一瞬でもいい、
激しく燃え上がらせてくれるものならば、
少々無理をしてでも買うべきだ。

後悔するのもまた勉強。
失敗は忘れない。

とは言うものの、
根っからのケチの人や、
いつまでもグズグズ考えてしまって決められない、
という人も居るだろう。
(つまり私なのだが。)

そういう人に最近編み出した、
購入するか否かを十分考えながらも
割りと早く決断できる方法をご紹介しよう。


私は悩み考える時間を1時間1000円と考える。

30分かけて298円の焼き肉のタレを買うか迷うなら、
買ってしまおうと。
24時間(1日2時間悩んだとして12日間)かけて、
29800円の機材を買うか迷っているなら買ってしまおうと。

それだけ時間を悩むくらい
欲しいのだからもう思い切ろうと。

もうそこまで来たら
必要なのだと考えようというわけだ。

これが果たして正解なのか私は知らない。

だが今のところ「私は」これでうまくいっている。





正解なんか死んでも分かりっこない