【公式】死神紫郎ホームページ

2018年より死神改め、死神紫郎(読み:しにがみ しろう)に改名。ギター弾き歌手。

講義録 ただ、「私は」不快なのです。

2011-04-24 00:00:00 | 声明文
つい先日、
私は丸の内線の事務室に出向いた。

車掌のアナウンスに度々、
いやかなりの頻度で不快を感じていたからだ。

少々我慢したがどこをどう考えてもおかしいのだ。

「駆け込み乗車はおやめください。」
駆け込み乗車をする者があった場合、
こう車掌は注意をする。

これはよくある話だが、
丸の内線の車掌は、
明らかにイライラした様子で
舌打ち+やや怒鳴るように
「駆け込み乗車はおやめくださーい。
いつまでたっても出発できませんよー。」
とストレスをアナウンス越しに
全乗客に対しぶつけてくるのだ。

毎朝同じ時間に利用しているから、
その特定の運転手だけかもしれないが、
その日の気分でイライラをぶつけられては
たまったものではない。

というわけで私は駅事務室に出向いた。

事務員の男に、
私は車内アナウンスに対して疑問があり、
是非ご一考願いたいことがあると告げると、
「うわあ、キチガイクレーマーがきたあ」
というニコニコ笑顔の裏にある
明らかな「拒絶」を瞬時にかぎとった。
が、
私は冷静にかつ順序立てて根気よく説明し、
具体的代案を提示した。

たしかに駆け込み乗車をするやつは
悪いことには違いないが、
私は無実であり一切の罪、
非がないにも関わらず
一方的にストレスをぶつけられている。

車内アナウンスというのは、
対個人に対してではなく
そこに居る全員に対して向けられる放送、
すなわち「公共性」を伴っている。

車掌の気分次第でストレスを
我々にぶつけないで欲しい。

駆け込み乗車をするやつは悪いが私は悪くない。

また、
「駆け込み乗車はおやめください」
というアナウンスには
何万回言ったところでなんの抑止力もない。

具体的代案を挙げるなら、
挟まれたやつはそのまま放置する。

挟まれたまま運行し、
体の半分車内、
体の半分外という恐怖を体験させてやれば良い。

怪我をしても因果応報とする。

責任を問われても駆け込み乗車をした方が悪い、
こちらは悪くありませんと毅然としていれば良い。

それでもし電車側が悪いというなら、
飛び込み自殺の場合だって電車側が悪くなるはず。

飛び込み自殺で電車の方が悪いなんて
聞いたことがない。

自殺に失敗して怪我をした場合保険はおりない。

何故なら手前が積極的に怪我をしているから。

それと同じ理屈で、
駆け込み乗車をするやつは
積極的に怪我をしようとしているわけだから
そのまま放置して、
実際に怪我をしたり、
死んだりすれば良い。

そして電車側はその事実を淡々と、
「駆け込み乗車するとこうなります」
と人々に告知する。

エスカレーターの巻き込み事故だって、
怪我人が出て初めて皆注意するようになった。

皆、実感がないだけ。

ならば実感させてやれば良い。

まずは実感させてみてはどうでしょうか?

と提案した。

するとニコニコ駅事務員は、
「車内アナウンスをもっと穏やかにするよう、
運転手に注意します。
ご不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。」

と回答した。

私の真意はまるで通じていなかったが、
これ以上食い下がることなく帰宅した。
(私は業務妨害をしにきたわけではない。)

これはあくまで私個人の不快であり、
乗客全員の不快ではないことを知っている。

ただ、「私は」不快なのだ、
ということを駅側に伝えたかったのだ。

収穫。

相手は他人。

他人に自分の考え、
気持ちを言葉で正確に伝える、
これがとても難しい。

肉体と精神を伴う、
それが言葉の難しさなのかもしれない。

「じゃあお前にできるのか?」という論理のずるさ。

2011-04-17 00:00:00 | 声明文
私に降りかかる批判を
簡単に潰すズルいことはやめようと思う。

例えば誰かが私の活動を批判したとしよう。

今までなら私は、
じゃあ手前一人で作って
手前一人で歌ってみろ、
一人で舞台に立ってみろ、
できもしねぇくせに批判すんなと、
批判を頭から粉砕してきた。

しかしよくよく考えるにこの論理、
非常にずるい。

こういう相手の言論を奪い、
簡単に潰す方法はよくない。

相手はもはや何も言えなくなってしまう。

例えば総理に、
もうアメリカに媚びるのやめろと批判した場合に、
総理が、
じゃあ手前が総理になって言ってみろ!
日米首脳会談でもうお前らにはもう媚びないと言ってみろ!
総理になる能力もねぇくせに批判すんな!
と一喝、
そんなことを言われたら
誰も何も言えなくなってしまうばかりか、
批判の本質も何も見えないままうやむやになってしまう。

「じゃあお前にできるのか?」
で片付けてしまうこのズルさ。

良くない。

飛行機が墜落して運転に対しこの下手くそ!
と罵っても、

え?じゃああなたに飛行機運転でできます?
あなたの脳味噌じゃ試験も合格できないんじゃないですか?
私より飛行機の運転下手なくせに批判しないでくださいよ。

という具合に、
「じゃあお前にできるのか?」
というある種逆ギレ的な論理は、
自らが傷つくのを恐れるがゆえの逃避、
言論封じに過ない。

以前書いた声明文で、
スポーツを観戦しながら批判する者を罵った回があるが、
それとこれとはまた話が違う。

今回は対個人に直接向けられた批判、
批判される側がその場で
反論できるような状況において、
ど頭から批判を粉砕して逃避するのは
止そうと言っているのだ。

一度批判を受け止めてみよ。

そして気づき改めるも良し、
反論するも良し。

「じゃあお前にできるのか?」
という論理はあまりに卑怯だ。

一見、鉄壁の論理のようだが、
その内は実に脆い。

脆いからこそ威嚇しながら
逃避しなければならないのだ。

薄々突っつかれるんじゃないかと
思っていたところを突かれて焦り、
伝家の宝刀
「じゃあお前にできるのか?」
を振りかざす。

なんて卑怯なのだろう。

そしてなんて弱いのだろう。

批判に対し、
「じゃあお前にできるのか?」
という回答は回答ではない!

もう少し頭を使って
言葉と思考のセンスを養え!

と、私は私に対して思った、夜。

第2回単独公演後記

2011-04-10 00:00:00 | 声明文
3月27日単独公演終了。

震災以降予約のキャンセルが10件以上相次ぎ、
大変に残念、無念ではあったが、
予告通り決行した。

(他の公演が軒並み中止、
延期であったが私はそういうことがしたくなかった。
1本の公演とはそういう重みがあると思っている。

この異常な娯楽・贅沢自粛ムードにも窮屈感、
強烈な違和を感じていた。)

3月の震災以降なんだか慌ただしく、
追い込み練習がまともにできず悶々としたが、
昨年の単独公演より高い質のものができたという実感がある。

無駄な緊張をすることなく
私が1年間積み重ねてきたこが披露できた。

曲調のバリエーションも意図的に増やした。

動員は去年より少なく、
30人強。
だが、こんな状況の中30人以上集まってくれたのだから、
有難いことこの上ない。

厚く御礼申し上げます。

そして今回実験的にカンパ(金銭・物)
いずれも可という精算方法を取ったが、
終演後、箱を覗くと実に様々なものが入っており、
大変に愉快であった。

金銭もたくさん入っていたが、
それ以上に物がたくさん入っていた。

死神を見にくる人というのは実にユニークで、
また声明文をよく読んでいるのだなあと思った。

靖国神社の御守り、靖国神社ゴーフレット、
自作のCD、安部公房の本、
チョコ菓子多数
(贅沢なミルフィーユパイや、
チョコクランチのいちご味のやつ、
ウイスキーが少し入ったやつなど)、
ジャケットが素敵なレトルトカレー、
ペットボトルの水、
シナモン味のビスケット、
見たことのない銘柄のコーヒー豆、
チェルシー(飴)、
シックなデザインのおたま、
笑える位大量のホカロン、
お手紙、
格好良い帽子、
格好良い古着の詰め合わせ、
(どれもサイズがぴったり、
柄も私のイメージして選んでくれたとのこと)、
CD(歌手死神宣言に伴い、
是非聞いて欲しいという歌心たっぷりのセレクトCD。)
などなど。

たくさんのカンパをありがとうございました。

万が一手で持ち帰りきれない場合を想定して、
空き段ボール持参していったが、
使うことになるとは思わなかった。

有難い。

また来年あたり性懲りもなくやるのでしょう。

内心また単独公演の重荷を背負うのは嫌だなあ、
しんどいなあ、
怖いなあと思う気持ちもあるのだが、
それ以上にそういう怠け腐った根性はとっとと潰せ、
叩き潰せともう一人の私が言うのでやるのでしょう。

なにより私の生き甲斐が
この活動くらいしかないのですから。

できなくなったその時が、
私の「死」なのでしょう。


また来週。


4月2日公演終了 演目紹介

2011-04-03 22:19:46 | お知らせ
高円寺無力無善寺 曇ケ原企画終了。

気持ちよく歌えた。

対バンも面白かった。

特に殺生に絶望、
知らない曲ばかりだったが、
オリジナリティ、
テクニックどの切り口から見ても凄い。
抜群の安定感、説得力「だけ」じゃない。
強烈な個性「だけ」じゃない。
全員歌えるバンドって素晴らしい。
凄く好きだ。

4月2日(土)演目

エレキ弾き語り

1、人間団子
2、真夜中の台所
3、なにやってんだ
4、床擦れの姿煮
5、いびつの美学
6、狂気の正気
7、出生拒否中絶歌


終演後、ぐゎらん堂ドラムのあを忌氏と
同デザイン色違いのスカジャンを着ていることが判明した。

人の「必ず」と「大丈夫」ほどあてにならないものはない。

2011-04-03 00:00:00 | 声明文
先月3月5日池袋手刀の公演翌日、
朝一の新幹線で祖父の見舞いに行った。

なんだか危なっかしい状態だから
元気づけてやってほしいと
母に頼まれ見舞いに同行したのだ。

場所は愛知県岡崎市、
近からず遠からず、
かれこれ4、5年振りの再開だ。

以前は孫である私が来るというだけで、
最寄駅でカメラを持って待ち構え、
改札で私の姿を認めるや人目もはばからず、
大声で名を呼び、
手を振り、
シャッターを切るなどする旺盛な祖父であったが、
今日はやはり居ない。

会う前から叔父に、
以前の祖父の姿はないから
覚悟しておいて欲しいと釘を刺された。

それでもやはり、
白髪オールバックにでっぷりとした体格で
豪快に祖母と叔母をこき使い、
孫に溺愛する姿しか想像できない。

祖父の家に着いたが、
どうも慌ただしい。

叔母に客間に通されしばし待機していたが、
雰囲気から察するに面会すらも難しい状況らしい。

母に様子を見てきてもらったが
今日の体調は特に最悪らしい。

詳しく話を聞くと、
私の訪問を何日も前から楽しみにしており、
少しでも長くお喋りをしたり、
健在なところを見せたかったらしく、
当日朝に気合いを入れて、
より効くと処方された新しい薬を飲んだら、
それがまるで体に合わなかったらしい。

せつない。

見舞いもできぬのに
鰻重をご馳走になる。

祖父の近況を聞くと、
目に生気がなくひどく痩せ細っており、
周りのことのほとんどが自力でできないらしい。

が、弱々しいながらも
以前と同じように祖母と叔母をこきつかい、
周囲の言うことなんかもまるで聞かないらしい。

さすが頑固者だ。
その頑固さがあればしばらくは大丈夫に違いない。
と無根拠な大丈夫で自らを落ち着かせ、
祖母と叔母に、
「また来ますんで」
と言い帰り支度をし始めたところ、
叔父から今なら少し話せるかもしれないと声がかかる。

じゃあ挨拶だけでもと寝室に行くと、
私の知っている祖父の半分サイズの祖父が
薄暗い部屋で床に伏して居た。

小さい頃私の兄に、
「りんごをちびちび食べてんじゃない」
と叱り飛ばすなどした豪快な祖父の面影はなかった。

私の顔を認めるや、
しきりに名を呼び、
声にならない声で泣きはじめた。

祖父が泣いているところを初めてみた。

私が近づくとよろよろと手を差し出し、
病人とは思えぬほどの強い力で手を握りしめてきた。

もう片方の手で、私の顔の輪郭、
存在を確かめるように触り続けた。

何を言ってるかよく分からない。

少し伸びたひげが気になっているようだ。

どうしたらよいのか分からず
手を強く握り返し、
不器用に腕や頬や額擦ったりしつつ、
またしても平静を装い、
深刻な表情にならないよう、
「大丈夫、大丈夫だよ」
とヘラヘラし、
日ごろの毒舌はどこへやら
孫らしく振る舞い、

私が今年で28歳になることや、
今日ご馳走になった鰻重は旨かったとか、
今日は仕事が休みだとか、
土産に茶を持ってきたから
落ち着いたら叔母に淹れてもらうといいとか、

それと一応祖母と叔母の言うことは
聞かなきゃ駄目だと忠告したが
それだけ聞こえないふりをされた。

5分ほど話すなどしたが、
電車の時間は無情にも迫る。

心苦しいが、
もう帰らないといけないと告げる。

祖父は全身で悲しみを滲ませ、
またしても声にならない声で泣きはじめた。

なんとも居たたまれない気持ちになる。

私は最後の最後に、
また近いうち必ず見舞い行くから大丈夫。
必ず行くから。
来月か再来月あたり。
これで最後じゃないんだからさ。
また会い行くから大丈夫、大丈夫だよ。
またね。

と言い祖父の家を出た。

そしてその2週間後、
「必ず」は叶わぬことになった。
「大丈夫」は駄目であった。


土産に持っていった茶は封が切られていなかった。


葬儀の前日叔母に、
「きっと飲みたかったでしょうから」
と促され茶を棺に入れた。

飲みやすいか分らないが、
顔の横に置いた。

火葬前、皆で棺を花で一杯にした。
私は腰元や足元にしか花を置かなかった。

「最後に顔を見せてあげて」
と叔母に頼まれ、
祖父の顔の目の前まで行ったが、
腰元や足元ばかり見ていた。

それが精一杯だった。


顔を見るのが辛かった。


人間の必ずは必ずではなく、
大丈夫とは自らを落ち着かせるための大丈夫。

人との約束はできうる限り果たしておきたい、
そう強く思った。