【公式】死神紫郎ホームページ

2018年より死神改め、死神紫郎(読み:しにがみ しろう)に改名。ギター弾き歌手。

悪の中に偽善と善、鬼や道化が同居す。

2009-12-27 00:00:00 | 声明文


年の瀬。

真夜中のごみ捨て場。

キョロキョロと周囲を気にしつつ、
重量感のあるビニル袋をドサッと投げ、
足早に去る男。

怪しい、怪しい。
犯罪めいてる。

その男の正体とは?


何を隠そうこの私。


夜な夜な、泣く泣く、
過去に制作した、
不良在庫の音源・映像の類
(苦労に苦労を重ねて作った、
努力の結晶、我が分身、
我が命の大量の売れ残り)
を廃棄していたのだ。

全くCDというのは厄介なもので、
ケース、円盤本体、
ジャケット、歌詞カードなど、
様々なパーツ、素材で構成されており、
新品ならば更にビニル包装がなされている。

つまり、燃える・燃えないごみが一体化している。
それがCDなのだ。

そしてそれらを捨てる場合、
燃える・燃えないを分けるようにと、
自治体より指令がでているため、
これらを分別しなければならない。

1枚1枚、また1枚。
1枚1枚、1枚、1枚。
老婆は一日にしてならず。


馬鹿野郎。
いい加減にしやがれ。

もうやめだ。
やめだ。
やめてやる。

何が社会だ自治体だ。
社会の掟、自治体の掟、
世界の掟を破ってやる。

人間が生きていること自体、
環境破壊、生態系破壊なんだよ、馬鹿野郎。
偽善エコロジストめ。
自殺こそ本物のエコロジーと知れ。
産業こそ、人類の生存こそが、
全ての破壊の始まりと知れ、痴れ者。
役人よ、エコ自殺を推奨し、
美しい地球を目指そうじゃないか。
そうだ、それがいい、畜生。

と自棄になり、
パッケージごと全て、
燃えないごみ袋にぶちこんでやった。

燃えないごみ袋にいれたのは、
燃えるごみと燃えないごみの面積、
重量の比率を考えたときに、
どちらかというと、
燃えないごみの方が多い気がしたからという、
私の最後の良心からだ。

最後のやさしさだ。

と、思いきって捨てにゆくが、

うしろめたさ、
飴のようにへばりつき、
帰宅後変な汗が出る。

悪の中に偽善と善、
鬼や道化が同居す。

一つ肉の下。



そして唐突に、
今年一年私に親切にしてくださった方々、
ありがとうございました。
私に不親切にしてくださった方々、
一生忘れません。

良いお年を。







堕落と怠惰のオンリーワン。

2009-12-20 00:00:00 | 声明文
ある新興宗教が日本全土に広まっている。

池田大失敗作率いるオウム学会よりも、
根深く侵食を続けるその名も、
世界に一つだけの花三法行。

まあその教義を要約すれば、

人はみんな綺麗で、
もともと特別なオンリーワンだから、
努力しないで、
そう、頑張らないでいいんだよ、
みんな十分個性的さ、へいへい、
だから人と比べることなんかしないで、
優劣つけないで皆で仲良く、
十分輝いてるんだから僕達はね、
そうそうそのままでいいんだよ、
だからもういっそ、
民主主義も貨幣経済も放棄して、
パンツ一枚までみんなで共有し合い、
物々交換による、
嗚呼、競争無き平等な社会を!
ああ神よ!ああ大地よ!
そうさ僕らは世界に一つだけ花でございます、
ははあっ!

という塩梅だ。
後半は拡大解釈にしても、
偽善、悪質極まりわりない宗教だ。

これはあれか、
共産党の後押しで作られた歌なんじゃないんか?

きっとそうだ。
そうにちがいない。

スポンサーが共産党。

作者も薬中の槙原だから、
共産党員の可能性も高いが、
あまり不誠実な歌に寒気がする。

もともと特別なオンリーワンなどない。

人々が皆、
金太郎飴のようにしか見えないのは私だけか?

「唯一無二」は、
一切の努力なしに得られるものなのか?

(私自身も、まだ大衆の中に埋もれる、
「一大衆」という存在に過ぎないが、
少なくともそこからの脱却、
独立を目指し、努力し続けている。)

ああいう奴等になりたくないと、
比べ、優劣をつけ、
ああはななりたくない、
死んでもなりたくないと蔑むことで、
成長してきた私にとって信じられない。

で、もともと特別なオンリーワンってことは、
他と「比べて」、
どれとも似ていない、
突出した魅力があるって言っているわけで、
ってつまり既に比べてんじゃないか。

不誠実だ。

他人と比べ、
優劣をつけて分かったこと、
つまり自分の強み、
優れている点は、
競争によって判明したんじゃないのか?

自分の弱さも、
競争によって判明したんじゃないのか?

それをば善をまとって、
比べるなと言う。

人の事を陰で悪く言う、
密教僧の女くらい破綻している。
(詳しいことを知りたい人は。
2009年7月21日掲載分の声明文を読んでみてください。)


もうその不誠実さに腹が立って仕方ない。
で、それを信ずる人々にも腹が立って仕方ない。

自己という存在は、
他人がいるから成り立っているわけで、
他人という存在なくして自己はないのだ。

他人と比べて、
自らの駄目をどんどん炙り出し、
悩んで戦ってみる。

他人と比べて、
強みとなる部分があれば、
どんどん水をやって伸ばしまくる。

そうやって、
人間を強くしていくことが表立っては許されない。

で、大衆の大部分であろう信者たちは、
こういうことを私が口にしただけで、
全くしょうがないなー素直じゃないなー、
といった風情でやんわり潰しにかかる。

そのやんわりと諭す感じが、
今度は隣人愛みたいな雰囲気で気味が悪い。

大人も子供も努力しないでオンリーワン。
布団にくるまったままでもオンリーワン。

堕落と怠惰のオンリーワン。


アホか。


戦う側と笑う側

2009-12-13 00:00:00 | 声明文

あれ嫌い、これ嫌いと、
そういう否定的なものばかり書いているが、

もちろん好きなものだってある。

その一つにあげられるのは、
甘いものだ。

特にいもけんぴ、かりん糖、
甘納豆、饅頭、最中、
カステラ、そういう類いの甘いやつだ。

毎日何かしら口に運んでいる。

しかし、近年のあの甘いものの類いを、
「スイーツ」という言い方が鼻についてならない。

甘いものをなんとか体裁よく、
格好良くしようとスイーツ、
スイーツ、スイーツ、スイーツ。
スイーツ、スイーツ、スイーツ。

スイーツ男子、
やめてくれよ本当オカマ野郎。

女子もスイーツなんて言い方したって無駄、
太るもんは太るんだから。

太っちゃーうと、
どんなに可愛く食べて、
おどけてみせても食い過ぎれば太る、
現実を見ろ。

言い方かえたってデブの源、
太りたくなければ怠けるな、
食ってもその分動けば勝手減るよ。

こっちは食っても食っても痩せる、
毎日が自動ダイエットだ。

創作に収入の半分近くを毎月ぶちこみ、
歌って叩いて踊って、
あいた時間はそのことばかり考え、
悶々とする。

すると、ほら、勝手に減る。

と言いますか、
受動的な趣味、
頭を使わない趣味しかないから、
怠惰な肉体になるんじゃないだろうか?
(大食いが趣味の人は別です、
たくさん食べることが趣味、
美学なのだから、
むしろ堂々とすべきです。)

ってスイーツの話しはもう釈迦にして、
話しはこっち、受動的な趣味、
頭を使わない趣味についてに切り替えよう。

ってのはつまり、
与えられたものを、
垂れ流されるものを、
なんの努力もなしに、
ボサーっと楽しむだけならば、
猿でもできるだろう。

ほら例えば、
犬や猫だってテレビを見ることができるし、
物心つく前の赤子だって、
テレビは見られる、楽しめる。
居間で寝転がったまま楽しめる。
努力をしないで、
一歩も歩かずに楽しめる。

完全受け身、惰性の趣味。

野球やらサッカー、ボクシングの応援。
戦っているのは手前ではない。
選手だ。

負けたからと非難する権利など、
こたつで怠け腐った外道ごときに、
垂れる権利などない。

(「応援」をするならば、
劣勢のときにこそ、
負けているときこそ、
するべきだと思う。)

二度言う、戦っているのは選手だ。


努力し、プレッシャーに耐え、
血を流し苦しんでいるのは選手だ。

負けて気に入らないなら、
手前が選手になって戦ってみろ。
そこまでダメ出し、
批判をするなら、
実際に選手になって、
勝ってみろ、
やってみたら良い。

どうせ勝てないけど。

その努力すらしない、できない、
できるのは口だけの評論、
批判、高みの見物、アホか。

腐れ外道はどこどこに負けた勝ったで、
憤り、やじり、怒り、だめだとのたまい、
勝てば官軍、歓喜し、全く馬鹿らしい。

どこまで踊らせれてんだ。

私はそういう人種が嫌いです。

と、また嫌いの話になる。



でなんでこんな展開になってしまったのか?
と問われれば、
6年愛聴し続け、
私を何度となく救い、
鼓舞し続けてくれている、
中島みゆきの「ファイト!」
という曲を聞きながら文を作っていたからであり、


ファイト!戦う君の歌を
闘わない奴等が笑うだろう

ファイト!冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ


というサビの詞が大きく起因している。

年内最後の公演です。

2009-12-08 00:00:00 | お知らせ

小岩ブッシュバッシュにて、
欠落というバンドの企画に出ます。

出演時間は20分とやや短いですが、
時間の長短にも、
「一切」左右されない、
全身全霊の舞台お見せします。


これが年内最後です。


以下詳細



12月12日(土)
小岩ブッシュバッシュ
欠落企画

「-生殺与奪GIG vol.1-」

開場18時
開演18時30分

前売1500円+飲代

他の出演

欠落
SETE STAR SEPT
KAMISORI
NK6
BROB

死神の出番は、3番目。
(19時30分から19時50分まで)

ご予約は、
こちらからお願い致します。
12月12日(土)当日の16時まで受け付けています。

是非、お越しください。


手前は私でなし、私は手前でなし(続き)

2009-12-06 00:00:00 | 声明文
先週の続き


慌てて玄関にまわると、
ガス栓が見事に開け放たれ、
シューシュー音を立て、
武蔵野市指定の大きなビニール袋に、
何故かぐるぐるくるまりながら、
白目を向いて口をあけた我が友人が、
呻きながら倒れていた。

血の気が引いた。

(もしこの敷地内で、
私でなくとも隣の住人が、
煙草の一本でも吸ったら、
確実に爆死するなと思った。

あ、ちなみに煙草は1年半前にやめました。
あんな物質など、
「精神」で勝負をかける、
私には不必要なのです。
酒、煙草がなくても、
十分人生を楽しむことができるのです。
そこまで弱くはないのです。
堕落していないのです。
詳しくは今年の4月4日に記述あり。
で、脱線したから話を戻す。)

まずはガス栓を締めることが先決なのに、
本人を玄関の外に引きずり出し、
新鮮な空気を吸わせなければと焦ってしまい、
恐怖でがくがくになりながら、
おえおえむせながら、
玄関までひっぱり、
ようやく元栓、
元栓だと気づき、
元栓を閉めた。

人生ではじめて119を押し、
救急車を呼ぶと、
その男の意識が回復するも、
即半狂乱になり、
こちらはなんとか落ち着かせようと、
顔を数発叩いてみたが、
まるで効いてくれない。

救急車に同乗し、
隊員にことのいきさつを説明し、
病院での検査にも付き添い、
まあ無事が確認され、
さてこれでようやく帰れるのかと思いきや、

助けてやった側なのに、
警察からは犯人扱いのしつこい取り調べを受け、
何回も何回も同じ説明をし、
やっとこさ解放され、
ふと時計を見れば、もはや夕刻。

まずは一息つかなければと、
夕日が差し込む巨大病院の、
全面ガラス張りのすけすけの休憩室で、
不自然な形の椅子に腰かけると、
目が回るほどの空腹に襲われ、
ああ何か腹にいれなければと、
よろよろ立ち上がり、
病気の臭いをむんむんさせた人々に混じって、
無料の茶を汲んできたが、
まずくてまずくてたまらなかった。
そして、青ざめた。

昼にしていた大事な約束を思い出した。


腹わたが煮えた。

もう遅かった。

後で悔やむが後悔か、

畜生、教訓、嗚呼、畜生。

あの邪魔さえ入らなければ。

あの邪魔さえ。

嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼。
嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼。
嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼。
嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼。
嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼。
嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼。

(私は決して綺麗な人間ではないので、
そういうことを平気で思ってしまうのです。)







私も貴方も、
刻々と死に向かって生きている。

そのわずかな時間を、
生への執念がない人間に、
邪魔されたくないのだ。

悪いがそいつは足枷だ。
義理や恩がいくらあろうと、
足枷は勇気を持ってはずすべきだ。

世間は薄情、非情、不道徳、
不義理、不人情、
人間じゃねぇと私を批判するだろう。

それでも、足枷は足枷だ。
外す。

私は真剣に生きている人間で、
偽善ボランティア、
きちがい精神科医ではないのだから。


足枷は人それぞれ絶対に違う。
(簡単に外れるもの、外れないもの、
目に見えるもの、見えないもの、
気づくもの、気づかないもの、
各種存在している。)

何かおかしいと思うときは、
何かがおかしいのだ。

おかしいから外す、
悪しからず。


*声明文にコメントできないと、
連絡がくることがあるのですが、
全くその通りです。
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あなたが思うより、
丁寧なお返事をすると思います。