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2018年より死神改め、死神紫郎(読み:しにがみ しろう)に改名。ギター弾き歌手。

今年の目標は生きること

2013-01-13 22:48:56 | 声明文
このところ、諸々に疲労困憊、
調子というか体調を崩している。
実にヤワな作りである。

我が心身は虚勢というものでできている。

実際の強さや勢いでなく、
正真正銘のハッタリ、
つまり自らの弱さを骨の髄まで噛み締めた私は
精神的"ツッパリ"なのだ。

ツッパるということは
「無理をする」ということだ。

私はこんなはずじゃない、と。

弱い自分を強く見せるため
に命懸けで自己抵抗し、
自己肯定することだ。

最近テストの夢ばかり見る。

もう7年も前に卒業した
大学の単位が足らず留年する夢だ。

4年間、
モラトリアムニートとして
申し訳程度にしか学校に行かず、
親の仕送りを食い潰し
ろくに働きもせず
昼過ぎに起きて近所をぷらぷらしたり、
バンドやったりしていたが、

テストの10日位前からは法律の教科書をどかん、
コタツに積み上げ、
全科目を一気読みしアタマに叩き込んでいた。

(当然こんな即席では良をもらえるわけもなく、
合格ギリギリの可を綱渡りしていた。)

その学費を無駄にさせた負い目なのだろうか。

夢の中で卒業できずにいる。

中島らもが、学校の卒業は真の意味で卒業ではない、
真の卒業とは、
自分が馬鹿だということに気づき、知ることだ、
というようなことをエッセイに書いていたが、
現実の単位は私を卒業させてくれても、
夢の中の学校は
どうやらまだ私を卒業させてくれないらしい。
人生は苦行のようである。

閑話休題。

歌おうとしても力が沸かずぐったりな状態にも関わらず、
だが何かを表現したいという気持ちが根底でふつふつ仕方なく、
鉛筆なら持てる、
と再び三上寛詩学校に参加した。

久々の参加にも関わらず寛さんは、
私の詩の特徴、
弱点を覚えていてくれた。

テーマは
「ワンセンテンス長めの詩、題は自由」
短く鋭利な言葉をブスブスやるのが得意な私にとって
持久力と粘りの要求。

集中力のない私にはなかなかキツいテーマ。

2時間で1詩と半。
粘って粘って書いた。
書き終えて講評をもらったらグッタリである。

日頃から一日一詩なるべく書くようにしているが、
最近では腹這いになって
「一日一詩書きゃとりあえずいいだろ?」
という姿勢で書いていた。

1~5行の短い詩をぺぺって書いてこれがオレだ、
オレは短い言葉で十分表現できるんだ!
という押尾学のような
甘く怠惰な姿勢を見破られていたのだろうか。

聞かないとなんだか気持ちが悪いので、
「詩、最近腹這いになって書いてました。」
と告白したところ、

「詩でラクしちゃ駄目だな。
詩は鉛筆と原稿用紙さえあれば書けるだろ?
緊張感な、緊張感。」

と言われ、
氏の口癖ともいうべきこの緊張感という言葉が、
改めて我が心に突き刺さる。

人、物、空間どれと対峙するときにでも
氏が求めるのは緊張感。

ピンと張られたような糸のような美しい緊張感だ。

緊張感というと緊張してしまいそうだが、
私の解釈では緊張の「張」、
すなわち"ハリ"だと思っている。

"ハリ"はないより
あったほうがいいなという具合に。

今はなんだか静かに、ただただ静かに
詩が書きたい気持ちである。

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